鬼社長
就任式の後、兄と叔父は、会社を去っていった。元々、万能計算機の指示に従い、辞めてもらうつもりだったので、僕にとっては都合が良かった。
その他の人事も、万能計算機をもとに、得する人間は残し、損する人間はもちろんのこと、あまり得しない人間も、どんどん退職を促した。
若社長の突然の采配に、皆、戸惑いを隠せないようだったが、命令には従ってもらった。しかるべき退職金などの支払いをすると、みな無言で去っていった。就任時の約束があったので、父も、口出ししてこなかった。
代わりに新しい人材を求め、一人一人面談していった。
万能計算機は、写真や映像には反応しなかったから、僕が直接会って万能計算機を弾く必要があったのだ。
だが、従業員30人前後の先行きも不安な企業に、いい人材はおろか、面接希望者さえ、ほとんど来なかった。
僕は、事業計画を立てることにした。
どうにかして、経営を上向きにしなければならない。
再びマッスルを起動することを考えた。
そのために、人目につかない広いスペースを確保する必要があった。
社長就任と共に、父が社長室を譲ってくれたため、僕はそこに寝泊まりするようになっていた。社長室と言っても、立派なものではなく、プレハブに毛が生えたような小屋だったが、倉庫に隣接しているため、僕にとっては都合が良かった。そこに内線が入るように工事して、必要な時だけ連絡をしてもらうようにした。
その社長室に直通している、倉庫の一角を隔離して、立ち入り禁止区域とし、マッスルを人目につかないように起動させることにした。
そして______
久しぶりにマッスルと、ご対面した。
あれから、もう10年がたっていた。
僕はその間、一度もマッスルを起動させていない。
兄を警戒したせいもあり、マッスルを起動させることは僕にとってハイリスクだったからだ。
10年たってもマッスルは、色あせることなく、周りの景色にもなじまず、相変わらず銀色に輝いていた。
マッスルが教えてくれた、あのサイトは、まだ存在していた。
僕はスマホでアクセスして、ロボットキーを入力する。
起動してくれればいいが・・・。
マッスルの丸みの部分に手をやる。
なかなか反応しなかったが、しばらくすると、薄ぼんやりと光がともりだし、マッスルは、のろのろと動きだした。
「やった!」
マッスルは、うろうろと何かを探しているようだった。
「そうだった」
僕は思い出して、電気ストーブを引っ張り出し、電源を入れてやった。
マッスルは、砂漠で水を発見したかの如く、動き出し、丸みの部分を電気ストーブに、ぴっとりとくっつけた。
マッスルが元気になると、僕はさっそく指令を出した。
材料は廃材や瓦礫の山だ。
何を作りますか?と聞かれ
”鉄 塊 1㎏”
と入力する。
その後、材料の置いてある範囲も指定した。
マッスルは、早速動き出し、廃材や瓦礫から、鉄だけを抜き出した。そこから発熱し、鉄を、まるで粘土のように柔らかくすると、親指と人差し指でつまんで、残りの3本の指を器用に使い、丁寧に四角い鉄の塊を作り上げた。
「よし、上出来だ。」
僕はマッスルの仕事に満足した。
僕の考えはこうだ。
マッスルの特性を生かし、廃材や瓦礫から、金属資材を抜き出す。
鉄・銅・アルミ・ステンレスやニッケルなどの金属資材だ。
それを企業に安値で売り、利益を出すのだ。
そう、一般に言う、金属資材のリサイクル業を考えていた。
初めは、マッスルに何か新しい商品を作り出してもらうことも考えたが、販売した後に発生する、メンテナンスなどの人間の負担を考えると、あまり現実的ではなかった。
それにマッスルが高等技術で生み出した商品について、うまく説明する自信も僕には無かった。子供の頃のように、だんまりで誤魔化す事は出来ない。あの頃の経験は、僕の記憶に深く刻まれていた。
僕は、本格的にリサイクル業に乗り出した。
どんなにリサイクル不可と言われるようなものでも、金属が混じっていれば回収した。僕が回収した瓦礫の山をマッスルが次々と金属資材へ変えていってくれた。
それを売りさばく。
企業は通常より安値で、質のいい金属に飛びついた。
僕は言語能力(有能な若社長バージョン)で大手企業を相手に、次々と契約していった。
何しろ人件費がかからない。
マッスル様様だった。
材料費も、ほとんどかからないので、利益だけが、右肩上がりで上昇していった。
景気がいい会社には、さまざまな話が入ってくる。投資の話や新しいサイドビジネスの話、はたまた宗教の勧誘まで、毎日たくさんの人が僕の元に訪れた。
僕は万能計算機に従い、得する話はどんどん投資し、必要であればグループ企業として傘下においた。その采配は、決して失敗することはなく、ビジネスは次々と成功を収めていった。
こうして有限会社ハマテツは、株式会社ハマテツとなり、グループ会社を持つ大手企業へと、急成長していった。
僕は敷地に自社ビルを建設し、本社とした。
倉庫もマッスル仕様に立て直し、地下にスペースを設けた。
倉庫の1Fに、リサイクルの元となる、廃材や瓦礫を運び入れ、スイッチを押すと、そのまま床が下がり、地下へ移動する。
地下はマッスルの作業スペースとなっていた。
マッスルの作業が終わると、生まれ変わった金属資材が1Fにまた移動する仕組みだった。
僕は万能計算機の指示に従い、マッスルの存在に気づかれないよう工夫した。そのおかげで、マッスルの存在には気づかれなかったが、代わりに「社長は地下で大勢の人を低賃金労働させてる」だの、「地下に大勢の奴隷がいる」だの、いろいろな噂が飛び交った。
でも立ち入り検査が、例え入っても、マッスルさえいなければ、地下スペースはただの作業場でしかなかった。
万能計算機に従い、切り捨てられた人達や解雇された人たちは、僕を「鬼社長」だの「冷血人間」などと呼んだが、人にどう思われようが何ともなかった。
なにせ僕には、傷つく心が無い。
30歳になった時、僕にお見合いの話があった。
僕は、候補の女性2人と、お見合いした。
1人は、どちらかと言うと好みのタイプの女性だったが、万能計算機の出した答えは、もう1人の地味な女性と結婚する事だった。
最終的に選択を迫られて、僕は、もう一人の地味な女性と結婚した。
余計なことを言わず、家庭をしっかり守ってくれる、大人しい女性だった。僕たちは、ほとんど話すこともなく、表向きだけの夫婦だった。僕は仕事に明け暮れて、家に帰ることも、ほとんどなかったが、妻に対して悪いとも何とも思わなかった。
40代に入って、しばらくたった頃だった。
僕は相変わらず、いろんな人と向かい合って、万能計算機を弾くのが趣味のようになっていた。その日もいろいろな人と面談し、損得勘定をしていた。
面談が終わり、大手企業との会食で出かけようと車庫に入る。
何となく、いつもと違う風景に見えたが、急いでいたので、構わずアルファロメオの運転席に滑り込む。
エンジンをかけようとした、その時だった。
「社長!ダメです!」
駒野さんだった。
鼻を抑えながら、すごい形相で僕に向かって叫んでいる。
何事かとドアを開けた僕に、駒野さんが言った。
「社長!ガソリンです!」
僕は一瞬、訳が分からなかったが、
「ああ、そうか」
と、つぶやきながら、駒野さんのおでこにある、つぶつぶの汗を見ていた。




