社長就任式
社長就任式は、ホテルの一角のパーティスペースで、ささやかに行われた。社員はもちろんのこと、得意先の企業やメーカー、会計士など関係者も招いていた。
父の話では、有限会社ハマテツは、また経営困難に陥ってるそうだ。父の意見に、叔父と兄が反対することも多くなり、僕に助けを求めたという訳だ。
正直言って僕は、大学時代も成績優秀だったし語学堪能だったから就職口にも困らないだろうと考えていた。社員30名前後の会社を引き継ぐつもりは全く無かったのだが、万能計算機の出した答えに従うしかなかった。僕は、僕が行う人事に口を出さない事を条件に、社長になるのを承諾した。
父と兄は、相当もめたらしい。当然だ。兄は当たり前のように社長になるはずだったのに、いきなり6歳年下の弟にその座を奪われ、愉快なはずがなかった。その兄は今、パーティ会場の片隅でうつむいている。
乾杯の音頭で立食が始まり、パーティも和やかなムードで始まった。普段あまり、このような機会は無いらしく、仕事の情報交換なども行われているようだ。
僕も匂わないお酒を飲みながら、どうもと、頭に手を当てる振りをして、万能計算機をフル回転させていた。
その時だった。
兄がいきなり僕の前に立ちはだかって
「おい、お前なんで社長の話、引き受けた?俺の気持ちはわかってただろ?」
と言った。
僕は、まさか万能計算機の指示に従いましたと言う訳にもいかず、黙っていると、
「まただんまりか。気色悪い奴だな。お前は昔からそうだ。何考えてやがる。」
と顔を近づけ、
「今からでも遅くない、俺に社長の座を譲れ。」
とおどしてきた。
僕にはそれが、まるでモニターの中で起こっている出来事のようにしか捉えられず、兄の怒りも気持ちも僕自身に全く伝わらなかった。僕は兄をチラッと見返し、
「それは出来ない。大体、社長になれないのは、自分が散々遊んできたせいじゃないのか?」
と言った。その言葉を聞いた途端、兄は激昂した。目は怒りのあまり血走り、顔は怒りと酒酔いのせいか真っ赤だった。半分よだれを垂らしながら、
「何だと?この野郎!」
と言って僕に殴りかかってきた。
「キャー」
近くにいる人の悲鳴が聞こえる。
と、兄の右ストレートが僕の頬にジャストミートした。その瞬間、当たった感じはしないのに、圧力と同時にすごい痛みを感じた。初めての感覚だった。僕は仰向けに吹っ飛びながら、ああロボットに痛覚もあげれば良かった、とぼんやり考えた。(きっと拒否されたけど)
パーティ会場は騒然となった。
「社長、大丈夫ですか?」
と駒野さんら数名が駆け寄ってくる。
兄は周りに取り押さえられながら息巻いていた。
「こんな会社辞めてやる!俺は独立するからな!今に覚えてろ、お前なんか弟でも何でもない!」
そう言いながら、兄は外に連れ出されていった。
僕は起き上がると、スピーチのマイクの前に立った。
「皆様、お見苦しい所をお見せして大変失礼いたしました。不安になる方もいらっしゃるかと思いますが、どうかご安心ください。有限会社ハマテツは、このように身内にも厳しく、働く人々に対して平等に接していける会社でございます。クリーンな事業を行っていく上で血縁者も他人も関係ございません。時にはぶつかって、このように頬がアンパンのように膨れ上がることもございます。」
ドッと笑い声が起こる。
「それでも前に進んでいける信頼できる会社、スムーズ、スマート、スマイルの3Sを企業理念にかかげ、今後とも邁進していきたいと思っております。何卒、どうかこれからも有限会社ハマテツをよろしくお願いいたします!」
そう言ってお辞儀をすると、今度は力強い拍手が聞こえてきた。
こうして僕の社長としてのライフステージが始まったのだった。




