ロボットと人間
「もし良かったら君の臭覚を僕にくれないか?」
彼はそう言うと、ジャングルジムから飛び降りた。
僕はたじろいだ。
夕暮れ時、いつも通り、公園でひとりのはずだった。
どこの学校の子だろう・・・。見ない顔だった。僕と同じ年くらいに見える。
僕は暇なので彼の話を聞いてみることにした。
「実は僕ロボットなんだ。」
彼はロボットの真似をしているのか口以外の表情をピクリとも動かさずに言った。
「へえ~」
いきなりのロボット説に僕の口から出る言葉はその二文字しかなかった。
「信じてないよね?」
彼は当然だと言うように、その整った顔を上下に揺らし頷いた。
「ま、まあ・・どこからどう見ても人間だけど?さっきジャングルジムからジャンプしてたし?」
僕はロボットごっこに付き合わなきゃいけないのかと、少し後悔していた。
「間違いなくロボットだよ、ほら。」
彼はそう言うと服をめくって見せた。
___本当に、ロボットだった!
彼のプラスチック製と思われる皮膚の中には、血管の代わりに細い電気コードのようなものが何本も重なっていた。そのコードや細かい金属のすきまから向こう側の景色が見えている。僕は信じられないものを目の当たりにし、何度も何度も瞬きをしたが、どうやら現実のようだった。
「信じてもらえたかな?」
そう言って彼は服をなおした。
「あ、ああ」
吸いこんだ息を吐けずに、僕はやっと答えた。
それにしてもよくできている。人間にしか見えない。これならクラスに交じってても絶対わからない気がする。
「という訳で、良かったら君の臭覚を僕にくれないか?」
「は?」
「臭覚さ!人間は僕たちと違って匂いを嗅ぐことができるだろう?ロボットにはそんな能力は無い。僕は一度でいいから、いろんなものの匂いを嗅いでみたいんだ。」
状況さえ飲み込めてない僕に向かって突拍子もないことを言う。
「そんなの困るよ。」
そもそも臭覚なんて、人にあげれる訳がないじゃないか、と突っ込みを入れたくなる。彼を見てAI産業もここまで来たかと感動していたのに、内心がっかりした。
「もちろんタダとは言わないよ、代わりに僕の超合金の骨を上げるよ。恐ろしいほど頑丈だよ。」
彼は本気なのだろうか?ふざけているようには見えなかった。
「超合金の骨?いや、そもそも臭覚なんてもの、あげられる訳ないじゃないか。」
やっと僕がそう言うと、彼は「ああ、それなら大丈夫さ」と早口に説明をし始めた。専門用語と英語の羅列に僕は訳が分からなくなり、だんだん面倒くさくなってきた。
「わかったよ、、説明はもういいよ。でも君に臭覚をあげたら、僕が匂いを嗅げなくなっちゃうじゃないか。」
僕がそう言うと、彼は
「まあね、、もちろん使っている人から臭覚を取り上げたら申し訳なく思う。でも君は臭覚を持っているけど全然使っていないじゃないか。そんな使わないもの持っていたって仕方がないだろう?」
既にリサーチ済みなのだろうか・・?そんな事を言う。
確かにそうだった・・。臭覚なんてものは普段意識して使っていないが僕は匂いになんか全く興味が持てなかった。周りの物がどんな匂いを発していようと、そんな事はどうでもよかった。僕の中で匂いとは臭いか臭くないかのどちらかだけだった。
「どうだい?悪い話じゃないだろ?」
ロボットはそう言ってから、超合金について説明をし始めた。もちろん僕には理解不能だったが。
僕は考えた。確かにロボットの言う通り、僕は臭覚なんて使っていない。臭い匂いなら嗅がない方がいいし、別に無くてもいいか・・それに超合金の骨をもしもらえたら、いじめられたって怖くない・・仕返しだって出来るかもしれないし。
僕はロボットに臭覚をあげることにした。
「わかったよ。君に僕の臭覚をあげるよ。その代わり君の超合金の骨をもらうよ」
僕がそう言うと彼は顔をばたつかせ、ゆっくりと笑顔になった。こうゆうところはロボットだなと少し思った。
「もちろんだよ。ありがとう~ついでにと言ってはおかしいけど、、出来れば君の触覚ももらえないかな?」
「しょ、しょっかく?しょっかくって何だい?」
「触った時の感触だよ。物とか人に触れた時に感じる、あの感覚さ。ロボットにはそれが無いんだよ。硬いか柔らかいか認識するだけさ。でも人間にはたくさんの触覚を味わえる能力があるじゃないか。ざらざら、ふかふか、しっとり、べたべた、そんな感覚が味わえるなんて考えただけでも楽しそうだ。ぜひ君のその能力を僕にくれないか?」
次から次へと訳わからない要求をしてくる。ついでに空気を読める能力もあげようか?と言いたくなった。
「なるほど~触覚かあ~確かに君たちロボットには無さそうだね。でも君に上げたら僕の触覚が無くなってしまうじゃないか。」
半分棒読みで答えてみたが、彼には通じなかった。
「もちろん!タダにとは言わないよ。その代わり僕の言語能力をあげるよ。英語、日本語、ドイツ語、フランス語、中国語など120ヶ国の言語が話せるようになる。君は勉強も何もしないで瞬時にこれらすべての言葉が話せるようになるんだ。それだけじゃない、日本語ひとつにとってもビジネス風から方言に至るまで、そのシチュエーションに合わせて使い分ける事が出来るんだ。ちなみに今君に向かって話しているのは「初めて会った友達風バージョン」さ。どうだい?いいだろう?」
僕にセールストークをしてくる。「初めて会った友達風バージョン」というか「出来るセールスマンの営業トークバージョン」なのではと思う。なんで彼はこんなに一生懸命なのだろう・・?
「へえ~?120ヶ国語?そりゃ、すごいね。それだけあれば万能だね。だけど、、」
僕は戸惑いを見せたが、やはり彼には通じなかった。
「それに、そもそも君は触覚なんて使っていないじゃないか。何かに触れてみたいなんて思ったことないだろう?」
とまるでわかったようなことを言う。
でも確かにそうだった。僕にとって、何かに触れるという感覚はまるで無かった。ましてや、触れてみたいなんて思ったこともない。日本人だから握手する習慣なんて無いし、友達とふざけあったりすることも嫌いだ。ここしばらく人間や動物と触れ合った記憶は皆無に等しかった。物に対してもそうだ。触れるという感覚ではなく、必要だから持ったりつかんだり、必要が無くなれば手から離すだけ。何かに触れてみたいと思ったり、感触を確かめてみたいと思った事なんか、今まで一度もなかった。
「使っていないものを持っているくらいなら、使えるものと交換した方がいいかと思うよ。」
今度は、まるでタイミングを計ったかのようにロボットがダメ押ししてくる。
でも確かにロボットの言うとおりだった。必要ないものを持っているくらいなら、たくさんの言語を話せる方がはるかに魅力的だ。
僕はロボットに僕の触覚をあげることにした。
「わかったよ。僕の触覚を君にあげるよ。その代わり君の言語能力を僕にくれるね。」
「もちろんだとも!これでお互いHappyだね!ただ・・・」
そう言うと彼は上目使いの顔になった。
「ただ・・・何だい?」
「僕にはもう1つだけ欲しい物があるんだ。」
「まだあるのかい?」
「もちろん!これで最後さ。実を言うとね、、これは僕が一番欲しいものなんだ」
「へえ~それは何だい?」
「人間の心さ。」
「心?」
「そう、僕はね、人間が持っている心が欲しいんだよ。心があれば、魂が震えるような音楽と出会ったり、素敵な女の子と恋だってできるじゃないか。ロボットにはそれが無いんだよ。だから君が持っている心を僕に譲ってくれないか?」
とんでもない要求をしてくる。いくらなんでも図々しい、、そろそろ日が暮れて薄暗くなっている。僕は帰りたくなってきたが、ロボットの迫りくる迫力に身動きができずにいた。
「いくら何でも心なんて大事なもの、あげられる訳ないじゃないか!」
僕はやっとの思いで言い返した。
「なぜ大切だと思うんだい?第一君の心は全く動いていないじゃないか。最近、心動かされる出来事の一つでもあったかい?無いだろう?そんなもの持っていたって仕方がないじゃないか。まあ、ただね、いくら不要なものでも心を手放すのは君にとっても大変なことだと思うから、もちろん代わりに今回は特別なものをあげるよ。」
と言って彼は近づいてくる。
「万能計算機さ。これはね、ただの計算機じゃないんだ。人生で君が出くわす出来事や人間に対して瞬時に損得を計算してくれるのさ。この人間と付き合うことは自分にとって損か得か、この人生の分かれ道どっちに進んだら成功するのかしないのか、何でも正確に計算してくれる。これさえあれば君の人生、勝ったも同然!勝ち組ってやつさ。どうだい?欲しいだろう?」
僕はロボットの言葉の意味を考えていた、、僕の心は動いていない、、確かにいちいちロボットの言うとおりだった。僕は心震える出来事に出会った事なんて一度も無い。ていうか、毎日同じことの繰り返しで本当に本当に退屈で面白くなかった。どこへ行っても何をしてても、どんな人と出会っても全くつまらなかった。楽しく生きる方法を教えてくれる人なんて僕にはいなかった。ロボットの万能計算機があれば少しは楽しくなるだろうか?でも・・・」
「さすがに迷っているようだね。無理もないさ!そしたら今回は特別におまけをつけてあげるよ。」
いつのまにかロボットの顔が僕のすぐ真横にあった。
「僕の左手さ。この左手はね、どんな機械でも作れてしまうんだよ。パソコンからスマートフォン、家電製品からゲーム機だって作れちゃう。どんなプログラムも自由自在!大量生産だって可能だよ!!」
そんなすごいもの欲しくない訳なかった。それがあれば今僕が一番欲しいゲームソフトだって作れそうだ。それどころか新しい機械を作って大金持ちになる事だって夢じゃない。迷っているのが馬鹿らしくなった。考えるのも面倒くさくなった。
僕はロボットに僕の心をあげることにした。
そして、僕は心を失った・・・。