一話 内乱前夜
はじめまして、銅藍です! このページを開いていただきありがとうございます!
剣聖……もとは剣の道を極めた人間がそのように呼ばれていた。もう数世紀も前の話だけど。そのあと剣が人を殺さない時代が一旦やってきて、殺しは銃火器に取って代わられた。それも百年ほどして今度は爆弾やらガスやらミサイルやらの殺戮兵器に取って代わられた。そのころの剣聖という言葉はきっと歴史上のシンボルになっていたことだろうな。
しかし開星暦542年、西暦にして2765年現在はそれらの歴史がまるで逆流したかのように剣の時代が舞い戻っていた。かくいうこの私、レイラ・ハインリッヒの腰にも軍刀が差してある。休日にまで帯刀しなきゃいけないなんて、不便だわほんと。カフェでコーヒーを飲むのに剣がいる道理なんて、どんな哲学者に聞いても答えられないわ。
「ご注文は?」
「ええと……じゃあモナザコーヒーと、それからパンケーキを」
「ミルクはお付けしますか?」
「ええお願いします、たっぷりと。それからシュガーもお願いします」
「かしこまりました。ところで……お客様は軍人さんでいらっしゃいますか?」
店員の彼女は私の腰の軍刀を見て言った。
「ええ、まあそんなところです」
「わぁ……すごいです、尊敬しちゃいます。私と同じくらいの歳で……」
確かに店員さんは私と変わらないくらいの年齢、二十いくかいかないかくらいだ。
「あ! 申し訳ありませんお引止めして。どうぞお好きな席におかけになってお待ちください」
私はテラスを選んで、外向きの席に腰かけた。ありとあらゆる技術が惑星を埋め尽くしてもう6世紀は経とうというのに、このモナズという星は一面の麦畑が広がって、麦の穂先の一本一本が青空を突き上げている。ああ、これだから田舎は好きだな。しかも、こういう田舎はいまだに人間と話すことができる。都会の星はアンドロイドの店員しかいない所ばかりだ。あんなところにずっといては、いつか自分もアンドロイドになってしまいそう。
ほどなくすればこの席にモナズ名産のコーヒーにそれからパンケーキも届くだろうからこの星は私の味覚までもを楽しませてくれるに違いない。ああ、なんていい休日なんだ……
「おいっ! なにをやってるんだ!」
……なによ、こののんびりした惑星に似つかわしくない叫び声は。
「おい、やめてくれ! お前ら、どの星の人間だ!?」
「ああ? どの星でもねえよ。いいから大人しくある石すべて袋に詰めろ。かさばるもんは駄目だぞ? できるだけ小さくて、高けえもんを入れるんだよ」
馬鹿みたいに大声を出していたから、場所はすぐに分かったし、もうそこに着いた。宝飾店と強盗、人類が地球に閉じこもっていたころからのお決まりだ。私の職務上、こういう状況はたとえ非番でも放ってはおけない。
「おい、そこのむさい男ども。わざわざ私の休暇中にこんなことをしないでもらえるかな?」
「ん? なんか言ったか、金髪のお嬢ちゃん」
一斉にこちらに振り返った男どもはそろって私を見てにやついている。
「だから、私の休暇を邪魔すんなっていってるんだよクソ男どもが」
「おいおい、命知らずな勇気が報われるのは絵本の中だけだぜ、お嬢ちゃん」
「そうかしら? でも、ちんけな強盗が逃げおおせないのは絵本もリアルも同じだわ」
「はぁ?」
……カチッ ……スパンッ!!
「「「……!!」」」
あーあ、休暇だっていうのに、ついに剣を抜いてしまった。
「う、うわぁぁぁ! 腕が! 腕がぁ!」
「なんだ今のは!」
「おい、全く見えなかったぞ、今何した? 剣を抜いたのか?」
「ぐうぅぅっ! 抜いたに決まってんだろ! じゃなきゃ、なんで俺の腕はそこに転がってるんだよ!」
脅かすつもりだったんだけど、素人強盗はやっぱりトロいし脆い。スパッといってしまった。落とした右腕の前で、斬られた男はうずくまり悶えている。
「……おい、あの剣、鞘についてる蛇の紋章、その女、剣聖じゃないか!! 剣聖・ハインリッヒだ!」
おや、こんなショボい強盗も私のことは知ってるんだ……
いつの間にか宝飾店の店主やヤジウマはみなどこかに避難してしまったようで、宝飾店には私と強盗どもだけが残っていた。
「なんでこんなクソ田舎に剣聖がいるんだよ!」
強盗どもはうろたえてしまって、さっきまでの威勢はまったくない。略奪しようとしていた宝石はみんな床にこぼれている。
「帝国に六人しかいないってのに、そのうちの一人とこんなところで会うだなんて!」
「ええ、あなたたち、私に会えるって結構ラッキーなことなのよ? 感謝して、ついでにさっさと観念して。私は早く休暇の続きを楽しみたいの」
……シュッシュッシュッシュッ!!!! カランカランカラン……
「「「……!!」」」
ひとまず持っていた短剣やら斧やらは、刃物の部分をすべて切り落とさせてもらった。これで大人しく縄につくか、帰ってくれたらいいのだけど。
ただの棒きれになった自分の得物を見た強盗どもは青ざめたまま黙ってしまった。困ったわ。そういうのが一番困るんだけど。なんか言ってくれないと。
「……いくら剣聖でも、これならどうだっ!!」
右腕を落とされた男はまだあるほうの腕を胸元に差し込んでなにかを抜き出した。
「おい!」
「やめろ! そんなことしたら……」
「うるさいっ!! このまま引き下がれるかよ!」
見れば左手には拳銃。
「待ちなさい! あなた、正気なの!?」
やけを起こしたわね!
「うるさいっ! これで死ね!」
……カチッ……
……ドゴォォォォォォォォン!!!!
「……ゴホッゴホッ……」
煙が晴れるまで一分はかかったかしら。すごい爆発だったわね。
あーあ、もう散々な休日だわ。ススで顔が汚れちゃったし、髪もちょっと傷んだかも。服はもう駄目ね。全く……ふざけてる。
銃なんて今どきまともな神経があれば使わない。どれだけ田舎の星であっても、空気にはサルフィ粒子が充満している。このなかで火薬や核なんていう旧時代の兵器を使えば、その場でたちまち爆発、盛大な自殺をしてしまうことになる。
それだから強盗は全員、宝石ともども炭になってしまった。私は体そのものは無傷、剣聖なのだから当然だ。一般人がいなくてよかった。店が汚れたピザ窯のようになってしまったのは気の毒だけど……。
ともかく、あとのことはこの星の警察が何とかしてくれることだろう。とにかく邪魔が入って中断していた優雅な休日に早く戻らねば。
私は、すっかり冷めてしまったコーヒーとパンケーキが待っているだろうカフェに向かった。