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第89話 『脱獄へ向けて』

参上! 怪盗イタッチ




第89話

『脱獄へ向けて』



 イタッチの監獄での生活が始まった。朝は4時半にサイレンの音と共に起床。各自の部屋の清掃を行ったのちに点呼を行う。


「おぅ、新人。テメェがあの噂の怪盗か?」


 点呼が行われている中、イタッチが牢屋の前で立っていると右隣の牢屋の囚人が話しかけてくる。

 目つきの悪い虎で額にはバツマークの傷がついている。


「さぁな」


 イタッチが抵抗に返すと、虎はつまらなそうに唾を吐く。


「カッコつけんなよ、カスが。どんだけ有名になろうと捕まりゃ終わりなんだよ」


 虎がそう呟くと、虎のさらに右の牢屋の囚人が反応する。エビの囚人で虎と同様に目つきが怖い。しかし、幼さもあり、他の囚人よりも少し若そうだ。


「そうだなァ、虎のおっさんもいろいろ有名だったらしいけど、捕まれば終わりだよな。いっつも俺は何百人も倒したって威張ってるけどなァ」


「テメェ、若造……」


 虎とエビが睨み合い、今にも殴り合いを始めそうな雰囲気だ。そんな二人の様子を見て、イタッチの左の牢屋のナマコの老人がため息を吐く。


「やれやれ、ここの牢は血の気の多い連中が多くて嫌だのう。新人やぁ、お主に忠告しておくことがあるぞ」


「なんだ、爺さん?」


 ナマコの老人は向かいの牢屋の囚人を指差す。そこには3メートルを超える巨体を持つ、ワニの囚人がいた。


「アヤツには目をつけられんほうがいい。アヤツはコンドウと言って、元強盗団のリーダーだ。力も凄いがアヤツの厄介なところは看守に見つからずに気に食わないやつを痛ぶるということだ」


 強盗団のコンドウはイタッチも聞いたことがあった。5年ほど前に宝石店を中心に襲っていた強盗団であり、多くの被害を出していた。

 コンドウには6人の仲間がいた。しかし、その仲間は活動中に行方不明になり、最終的に残ったのはコンドウだけであった。それは原因は様々だが、仲間割れの他に情報漏洩を防ぐためもあったらしい。いまだに彼の仲間の遺体は見つかっておらず、コンドウがそれだけ隠密に長けているということだ。


「もう何人も囚人が被害にあっておる。目立ちすぎないように気をつけるんだよぉ」


「ああ、サンキューな。爺さん」


 イタッチは老人に礼を言うと、自身の牢屋に入り仕事の準備を始めた。



 囚人達の労働は室内と外の二つがある。イタッチは外の方を選び、釣竿と網を使って魚を捕まえていた。


「よぉ、新人。テメェもこっちを選んだのか?」


 魚を釣り上げていると先程話しかけてきた虎の囚人がまた話しかけてきた。彼もここで作業をしているようで、隣で釣竿を海に垂らす。


「元怪盗さんよ、あんた名前は?」


「俺はイタッチだ。アンタは?」


「俺はブービルだ。しっかし、お互い運がないよなァ、こんな監獄に捕まっちまうなんてなァ」


「そうなのか?」


「そりゃそうよ、ここは誰も逃げ出せない無敗の監獄だ。俺の昔は脱獄を考えたが諦めたさ」


「そうか。なら、期待しときな」


「ん? 何をだ?」


「俺が初の脱獄者になってやるよ」


 作業が終わると昼休憩だ。多くの囚人がいるため、フロアごとに分かれて食堂を順番に使用していく。

 イタッチの50人で同時に食事を行う。フロアのメンバーが一緒のため、ブービルとコンドウ、そしてナマコの老人も食事の時は同じであった。


 今日の食事はコッペパンにサラダにチーズとハムを乗せたものと、コーンスープだった。監獄となっている船には小さいスペースだが、農業や畜産を行なっているエリアもあり、一部の食材はそこで採れたものだ。

 しかし、自給自足ができているというわけではなく、3日に一回は食料や日用品を乗せた補給船がやってくる。補給船が来たのは昨日のことのようで、船が来るまではまだ後2日ある。


 食事に使う食器はプラスチック製のものであり、食事は行えるが強度は弱いものになっている。理由はこれを凶器として使ったり、脱獄の道具とされないようにするためだ。


「えぇ〜っと、夜はなんじゃろなァ」


 隣に座るナマコの老人がテーブルの下に置かれた献立表を見る。テーブルの下には月毎の献立が書かれたメニュー表があり、それで大体のメニューがわかる。

 天候や物価で変更されることはあるが、殆どは変わらないらしい。夜と明日の朝ははカレーで、昼はこんにゃくスープとベーコンが出るらしい。


「おお、そうだったの。明後日の昼は待ち望んできた豆腐じゃ。やっと好物が食べられるのぉ」


 ナマコの老人は明後日の豆腐が楽しみのようで肩を揺らす。


「のぉ、新人さんや、お主は何が好きなんかの?」


「俺か? 俺は卵かな。特に目玉焼きが好きだな」


「ほほぉ、目玉焼きかァ、何をかけるんかの?」


「醤油かな。まぁ、気分で変えるけどな」


「醤油かァ、あぁ、醤油をかけた豆腐が早く食べたくなる……。嫌いなものはなんだい?」


「嫌いか〜、にんにくだな」



 昼休憩が終わると午後の労働があり、午前と同じように作業を行う。今日は午後の方が魚の捕獲量が多く、今月でいちばんの漁獲量になったらしい。


 作業が終わる頃、道具を片付けていると、少し離れた場所で大笑いする声が聞こえてくる。


「ガホホホホッ!!!! どうよ、俺様の腕前は!」


「流石はコンドウの兄貴でやんすね!!」


 どうやらコンドウが取り巻きの仲間に捕獲量を自慢しているようだ。

 コンドウは自身が釣り上げた魚の量が一番多いと自慢しているが、正確には殆どはコンドウが捕まえた魚ではない。

 近くにいた囚人を脅して奪い取った魚を自分の捕獲量として報告しただけである。

 看守もコンドウの行動には勘付いてはいるが、証拠を得ることができていないため、コンドウを問い詰めることができないでいる。


 作業の後は夕食とシャワーを行う。

 シャワー室も数の都合で順番に行なっており、シャワーの最中も看守が見張っている。中でも風呂の番人と言われているシャワー室の看守のガイモー。葉っぱを咥えたコアラの看守であるが、彼が目を光らせて監視している。

 洗いが足りていなかったり、流し忘れがあると怒鳴り散らされて、ガイモーの冷水シャワーを浴びせられる。


 自身の牢に戻ったイタッチは、ベッドに横になりながら計画を考える。

 牢屋や労働場所、食堂などの移動時には皆に必ず目隠しがつけられる。理由としてはどの場所にどの施設があるのかを覚えられないようにするためだろう。

 労働時に道具を調達するというのは不可能だ。労働場所の出入り口では必ず、金属探知を行なっており、不審な物を運んでいればすぐにバレてしまう。


 イタッチは現在来ているシマ模様の服を見る。この服は監獄にやってきた時に支給されたものだ。安い物なのか糸が細い。これを使って脱獄も難しい。


「ん〜、まぁだいたいは分かった。明日が決行日だな」


 イタッチは計画を整えると、傷の痛みを感じながらゆっくりと休んだ。




 翌日、イタッチは昨日と同じように午前を過ごした。

 そして昼休憩の食事中、イタッチが動いた。


「気に入らないな。飯が不味くなる……ッ!!」


 イタッチは立ち上がると、食べ終わった食器をひっくり返して向かいの席に向けて投げた。

 イタッチの投げた食器が向かいの席に座るコンドウの頭に被さり、帽子のようになる。


「お、おい、新人……何やってんだ!?」


 皆がイタッチの姿に目を丸くして動揺する。


「テメェ……よくも俺様に…………」


 イタッチに食器を被らされたコンドウが身体をプルプルと震わせて、顔を真っ赤に染め上げる。

 囚人達はそんなコンドウの姿に怯えて、そっと距離をとるように離れる。


「この俺様に喧嘩売ってんのかァァァァァ!!!!」


 コンドウは立ち上がると、イタッチの胸ぐらを掴んだ。


「ああ、アンタの食べ方が汚くてな、一緒に食べてると気分が悪くなるぜ」


「俺様の食べ方に文句をつけようってんのか? 良い度胸だなッ!!!!」


 コンドウはイタッチに顔を近づけて威嚇する。しかし、イタッチは顔色ひとつ変えずにコンドウの手を払い除けた。


「口しかないのか、三下。テメェの巨大はただの見せかけか? 木偶の坊!!!!」


「んだとぉ、ぶっ潰してやる、新入り!!!!」


 コンドウはテーブルに手をかけると持ち上げる。横長のテーブルで縦に9人ほど並んで食事できる程度に大きなテーブルだ。

 そんなテーブルを軽々と持ち上げると、イタッチに向けて投げつけた。


 イタッチは膝を曲げて姿勢を低くして簡単に避ける。後ろで他の囚人がテーブルにぶっ飛ばされて悲鳴を上げている中、イタッチは余裕の表情でコンドウと向かい合う。


「口と腕力だけか」


「んだと……テメェらも手伝え、コイツを袋叩きにするぞ!!」


 コンドウは近くにいた部下を呼んで手伝うように命令する。コンドウの部下の囚人も揃い、イタッチと睨み合う。

 イタッチは服の裾を破き、ニヤリと微笑んだ。


「全員同時でも良いぜ。ぶっ飛ばしてやるよ!!」




 ⭐︎⭐︎⭐︎



 イタッチのコンドウ達の騒ぎを聞きつけ、看守達が来た頃にはコンドウとその部下達は倒されていた。

 イタッチの服がボロボロになり、軽い怪我を負っていたが、マンデリン戦の怪我の方が大きかった。


 コンドウ達は医療室送りとなり、イタッチは独房へと入れられることになった。普通の牢屋と違い、独房は他の囚人からも隔離された個室であり、薄暗い部屋となっている。

 昼から独房に入れられ、午後の作業はすることなく夜になった。夕食は食堂のメンバーと違い、パンを投げ渡されるだけでまともなご飯を食べさせてもらえない。


 日が完全に沈んだ頃、イタッチは動いた。


「さてと、そろそろ行くか」


 イタッチは立ち上がると、ボロボロになった服を見る。破けている部分もあるが、これは計画的に破ったものだ。

 服から糸が飛びていても違和感がなく、疑われなくするのが目的だ。


 イタッチは破けた服の糸を引っ張る。すると、その糸の一本が扉の先へと続いていた。


 この監獄では目隠しをして移動させられる。そのため脱獄をしたとしても道が分からないため、目的地に向かうのは困難だ。

 そのためイタッチは服の糸を食堂のテーブルに引っ掛けておいたのである。そうすることで意図を辿れば、食堂まで迷わずに行くことができるのだ。


 しかし、何もしないで糸を伸ばせば、服が小さくなり看守にバレてしまう。だから、喧嘩をすることで服を破く理由を作ったのだ。

 さらには食堂で暴れたため、糸が伸びていてもゴミが落ちているだけと勘違いされる。


「コイツを辿れば食堂まで行ける。そうすればそこは職員エリアだ」


 食堂は看守達も使っている。基本的に囚人の行動範囲は囚人のエリアのみであるが、食堂だけは共同のエリアなのである。

 そこであれば、手錠の鍵と折り紙を見つけられるはずだ。


「後はこの独房から出ないとな」


 イタッチは口に含んでいたものを吐き出す。それは昼に食べたこんにゃくだ。このこんにゃくは月光を両面に浴びせると毒を持つという特殊なこんにゃくである。

 イタッチはこんにゃくを高度に月光に浴びさせて、毒性を持たせる。そしてそのこんにゃくを独房の扉にある鍵に押し込んだ。

 すると、鍵が溶けていき、鍵が開いた。


「よし、これで行けるな」


 イタッチは独房を出て、糸をたどりながら食堂を目指した。







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