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短編集

満開の桜の下で少女は

作者: 暮 勇

 走る、走る、走る。

 足をばたつかせ、息を喘がせる。

 つけられてる?わからない。

 名前を呼ばれた?それもわからない。

 両手で必死に抱えた箱と共に。

 私は満開の桜の下を、走る。


 兄は、いい人ではなかった。

 勉強はできないし、だからと言って努力をしようともしない。両親にいつも喧嘩腰で、たまに物に当たって壊したりする。

 思春期特有の反抗期なのか、それとも性根が曲がっていたのか。悪さをしては両親にあちこち頭を下げさせ、自分は素知らぬ顔でまた悪さをする。そんな人だった。

 結局バイクで転んで死んだその瞬間まで、兄は両親に迷惑をかけ続けた。

 私は、そんな兄が嫌いだった。

 あいさつすらもしないような距離感だったから、直接喧嘩をしたこともなかった。けれども、家族を悲しませ続ける兄が邪魔で仕方がなかった。

「大人になれば、やんちゃも治るよ」と両親は私を宥め続けた。私はその、やんちゃな子供が大人になって改心する、なんて話は信じないし、改心したとて今までの行いを許せるとはと思えなかった。

 結局、そうなることもなくあっさり死んでしまったけれど。

 死ねば忘れられると思っていたどす黒い感情は、棺の中に収まっている兄の姿を見ても霧散することはなかった。

 最後まで兄の為に頭を下げ続けたにも関わらず報われない両親が可哀想で、そんな思いが一層、兄への憎しを強めた。


 川の流れに町の灯りが映り、静かにきらめく。

 満開の桜並木が、花びらのカーテンを引いている。

 そんな中を掻き分け、私はひた走る。

 今頃、両親は慌ててるに違いない。

 なんせ、私が骨壷を勝手に持ち出し出奔するなど、考えもしないだろうから。

 私は兄の葬式の間、ずっと悩んでいた。

 死んだ人の体、つまり、骨の行方だ。

 家のすぐ近くの墓地に、祖父母が建てた墓がある。

 本来ならそこに入れられるはずの骨。でも、私にはそれが我慢ならなかった。

 家族のために、思い出ではなく禍根を残し続けた兄。そんな人が”家族”として一族の墓に入れられる。

 今までのことを考えれば、墓に入れば両親だけでなく死んだ祖父母にまで迷惑をかけ続けるんじゃないか。

 そんな考えが私を駆り立てた。

 誰もが寝静まる深夜。骨壷の入った箱を抱え、家を飛び出した。玄関を開け放った際に両親に呼び止められた様な気もしたが、気にせず走り出した。


 ここがいい。

 河辺の桜並木を随分と走って来た。

 ここは大きな桜の数も多く、散り時の今、視界が霞むくらいに花を散らせていた。

 私は箱から小さな壺を取り出し、蓋を開ける。中には兄だった白い物体が、微かに焦げ臭さを漂わせている。

 私は壺を頭上に掲げ、思い切り地面に叩きつけた。

 がしゃんという音と共に、壺や兄の破片が飛び散り、地面に白い斑らを作った。

 その地面を今度は思い切り蹴り上げる。砕けた骨の細かな粉と桜の花びらが、土と共に空中に跳ね上げられ、混ざっていく。

 何度も、何度も、混ぜ返す。

 こんな邪魔者など、兄など、散って、混ざって、分からなくなってしまえばいい。

 いつの間にかこぼれ落ちる涙をそのままに、桜が隠すその場所で、私は兄を蹴り上げ続けた。

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