間章 ポーションパニック!!
夜。自室。
ベッドに腰掛けて迷宮経典を捲る。僕が今までに地下迷宮で倒した怪物や発見した植物・鉱石系の素材が網羅的に記録されている。この本に書かれているのは僕がこの街で歩んできた軌跡だ。
忌々しい僕のステータスが書かれたページで手が止まる。
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ロイ・アスタリスク 人間族・男
《契約》
絶対に切れない親子の絆。契約者同士は互いに5メートル以上離れることができなくなる。
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《契約》という名の呪い。
依然ムゥが何というモンスターなのかわかっていない。ギルドの記録を調べたり、下層進出した冒険者にそれとなく聞いてみたり情報収集に励んでいるけれど有力な情報はない。
ムゥはパジャマから黒く長い尻尾をはみ出させて一足早く眠りについている。
「ロイさん、コレ、テーブルに置きっぱなしでしたよ」
ノートさんが赤い液体で満たされた小瓶を手にやってくる。
「ああ! 忘れてましたっ。ありがとうございます。……誰か間違えて飲んだりしてないですよね?」
もし知らずに口にしたりしたら大変なことになる。
「はい。大丈夫でした。私もそれの噂は耳にしたことがあるので」
「それ、なにぃ?」
興味を示した寝ぼけ眼のムゥが僕の身体をよじ登ってくる。
「これ? これは魔力回復ポーションだよ」
「まりょくかいふくポーション……。おいしそー(じゅるり)」
「いやいやっ! これはジュースじゃないよ。本当に美味しくないんだよ……」
騎士の僕も魔術師の人たちほどじゃないけど、一日中ダンジョンで頑張ったりすると魔力不足に陥ることがある。そんな時に赤ポーションにお世話になったりする。味の方はまあ、うん……できることなら飲みたくない味ではある。腕立て伏せ100回で魔力が回復するならそちらを選ぶくらいにはおいしくない。
「私、冒険者じゃないんで飲んだことないんですけど、そんなになんですか?」
ノートさんが興味深そうに覗き込む。
「魔力回復ポーションはとんでもないんです! もともとの原料のグラムベリーが渋くて苦い味なんで、それを煮詰めて作るとこう、舌が痺れてくるような味なんですよぉ」
見た目は赤ワインのように美しく透き通った濃い紅をしているので美味しそうに見えるんだけどね。見た目詐欺も甚だしい代物なのだ。新人冒険者は慣れるまで吐き出さないように懸命に堪えながら嚥下している。
普通の回復ポーションも青臭くて進んで口にしたいもんじゃないけど、あっちはハチミツが入っているからまだ飲める。
「のんでみたい……。ひとくち、ちょーだい?」
そこまで言うならまあ、美味しくないとは言え身体に悪いもんじゃないし、ポーションの不味さを教える意味でもあげてみようかな。どんなリアクションをするのか、見てみたいという悪戯心も働いてムゥに蓋を開けた小瓶を渡す。
ムゥは受け取ると躊躇なく瓶を逆さまにして一気に飲み干していく。
「(ごくごく)ぷはぁ〜!」
「どう?」
「うええぇぇ。おいしくないぃ〜〜」
舌を思い切り出して顔を顰める。毒でも盛られたみたいに喉に手を当てて苦しんでいる。そもそもモンスターにポーションってどうなんだろう?
「ひっく……」
「ありゃ、ムゥちゃん。どうしました?」
「ひっく、ひっく」
連続してしゃっくりが出る。うん? なんだか顔も赤いような……。
「もしかしてですけど……ムゥちゃん、酔っ払っちゃってません?」
「ええっ! ポーションで!?」
そんな症状は聞いたことがない。赤ワインに似ているけどアルコール成分はいっさい含まれていないのだ。
「うぃ〜〜。ぽーしょんもっとないのぉ」
「もうあげられませんっ!!」
空になった小瓶を咥えようとするので取り返す。こんな危険なもの、もう一本あげられるかっ!
「なんでよぉ。けちぃ。もう、しらないっ!」
不服だったようでムゥがそっぽを向いて千鳥足で離れていく。すると、雷にでも打たれたみたいにビリビリィッと身体中を電気が駆け巡る。
「ぎゃあああぁぁぁ!?」
「ど、どうしました?」
いきなり叫び声をあげて痛がりだした僕にノートさんが驚く。
「わかんないです……。いま、身体にすっごい電気が走りました」
「うぃ。ひっく」
電撃を喰らったのは僕だけのようで当のムゥは赤ら顔でケロッとしている。
「あっ! 危ないですよ!」
ノートさんがムゥを抱えようと手を伸ばす。この人、本当に怖いもの知らず過ぎて怖いよ。
「…………。私はなんともないみたいです」
「よかった。ちょっとそのまま抑えといてもらえますか」
「むう?」
また僕とムゥの間だけに起きる契約に関係しているのだろうか。僕とモンスターの幼子であるムゥとの間で強制的に結ばれた契約『半径5メートル以上離れることができなくなる』には離れられなくなるぐらいで実質的なペナルティはほとんどないはずだったのに。
電気ショックの罰があるんじゃ、怖くておちおちムゥのそばを離れられない。
「あっ」
ノートさんの腕からするりと抜け出し、とっとこ部屋の外へ出て行こうとする。
ビリビリィッ。
「うぎゃあああああっ! な、なんで……」
「ああっ。ごめんなさいっ。ムゥちゃーんこっちにおいで」
ノートさんが捕まえようと追いかけるけど、ムゥは酔拳ばりの華麗な動きでかわしていく。その度、僕の身体に焼けるような痛みで電流が走る。
ビリビリィッ。ビリビリィッ。
「ぎゃああっ」「うぎゃあ」
「ああ〜〜。大丈夫ですかっ! ロイさん、ごめんなさいぃ〜。ムゥちゃん、大人しく捕まってください〜〜」
暗くなる視界でノートさんとムゥの追いかけっこを眺めながら、絶対ムゥには魔力回復ポーションを飲ませないと誓ってベッドに倒れ込んだ。