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05 魔術書店〈ノクチルカ〉

「使える魔法が防御魔法だけじゃ厳しいなぁ」

 というのが初めてダンジョン攻略をしてみての感想だった。


 遠距離で攻撃できる方法が何かひとつ欲しい。



 僕らは初めてのダンジョン潜行の報告をしに冒険者組合(ギルド)にやってきていた。


「それでしたら、魔術書店に行ってみてはいかがでしょう」

 僕の悩みにクララさんがそうアドバイスをくれた。


「魔術書店?」


「ええ。魔術書(グリモア)を取り扱う書店のことです。ちなみに魔術書はご存じですか?」


「はい。一回限り、使い切りで、誰でもそこに書いてある魔法が使えるようになる本のことですよね」


「そうです。ただ魔術書自体が貴重なものになりますから、強力な魔法になると駆け出し冒険者の方には到底手の出せない金額になりますけど……。でも掘り出し物を見つけることができれば、ダンジョン攻略もきっと楽になりますよ」


「まほーのほんやさん! ムゥもまほーつかいたいとおもっていたところなのっ」



   ***



 都市の中心部、繁華街から離れた階段だらけの路地を進んだ先にクララさんに教えもらった魔術書店はあった。


「ここがまほーのほんやさん……」


 抱っこされたムゥが呟く。外観は魔法みたいな華々しさは全くない。というか、ボロい。


 魔術書店《夜光虫(ノクチルカ)》。


『不要な魔術書買い取り〼』と汚い文字で書かれた看板が店の前に立て掛けられている。店の前に置かれた錆びたワゴンには日焼けして真っ黒になった、かろうじて本の形を保っているだけという状態の本が並ぶ。


 扉を開けて店に入るとドアベルがカランコロンと小気味いい音を鳴らす。


「おっと。お客さんですか……?」


 本が山積みにされたカウンターの向こうから声がする。こちらからは姿は見えない。


 店内はぶら下がった裸電球の淡いオレンジ色の明かりのみで薄暗く、埃っぽい香りがする。


 何本も並ぶ本棚にぎっしりと並ぶ本たち、これら全てが冒険者に魔法を授けてくれる魔術書(グリモア)なのだろうか。その光景はとても壮観だ。


 通路のあちこちにある本棚から溢れた本を倒さないように注意しながら、近づいていくと大きめの外套(ローブ)を羽織った小さな女の子が座っている。ムゥより少し大きいぐらい。この店の子かな?


「すみません。お店の方はいらっしゃいますか?」


「私が店主なのです」


「あっ、すみません。小人族(ドワーフ)の方でしたか」


「失礼なっ! 私はれっきとした人間族(ヒューマン)なのですっ」


「ええ!? それにしてはずいぶん小さいような……。この街では子どもが店主ということもあるのかな?」


「ムゥとおなじくらい!」


「全部聞こえてるのですよ……。それに私はもう20歳を超えているのです。たしかに成長はもう10年も前から止まっていますけど……ゴニョゴニョ」


 読みかけの本で口元を隠して何か呟いている。


「もともとこのお店はお婆ちゃんのお店なのですよ。もうっ、怒りました。お客さんには全品5割増しで売ることにしようかしら」


「ごめんなさいっ! それだけはご勘弁をぉ」


「ここにあるほんをよめば、まほーつかえるようになる?」


「ええ、誰でも魔法を使えるようになりますよ。あとは本人の魔力のステータス次第ですが。ただ購入するまでは読めないように本に鍵がしてあります。ここにあるのはどれも高価な品ばかりですからね」


 試しに手近にある本を手に取ってみる。


 たしかに魔術書(グリモア)には鎖が巻き付けられ、(ひら)かないように南京錠で施錠してある。


『一点突き』八〇〇〇〇〇エルン

『水鉄砲』一二五〇〇〇〇エルン

『飛翔』二〇〇〇〇〇〇エルン


「うわぁ……。た、高いなぁ」


 Fランク冒険者の僕には考えられない数のゼロが並ぶ。


 桁違いの金額に脈拍がおかしくなる。僕が唯一使える魔法である『防御(ガード)』の魔術書(グリモア)ですら一〇〇〇〇〇〇エルンの値がついている。


「魔術書は自分の望む魔法を習得できるので、どれだけ高くとも買う人はいるのです」


 職業(ジョブ)と戦闘スタイルによって効果的な魔法も異なる。しかし自然に発現する魔法が望むかたちであるとは限らないのだ。むしろ、まったく使い物にならない可能性の方が高い。


 だから、魔法をカスタマイズできる魔術書の需要はとても高い。ひっきりなしに店を訪れる人がいるということはこの価格設定が適正なんだろう。


「パパー。見てー。まほー! なんかでたぁー」


『ピューイッ』


 後ろを振り返るとムゥの頭の上に赤い小さな生き物が乗っかっている。低い位置にある本棚から本を抜き出したのか、周りに何冊か置かれている。


「ああぁぁぁーーー!! 魔術書(グリモア)開けちゃったんですかぁ!!」


「ええぇぇっ! うちの()がすみませーーん!!」


 ムゥの膂力(パワー)によって魔術書(グリモア)はこじ開けられていた。砕け散った鎖の破片が散らばっている。

ささくれだった鮮やかな真紅の表紙の本は役目を終えていた。


「こんな小さな子が開けちゃうなんて……。古い鎖だから脆くなってたのかなぁ? でも力だけではこじ開けられないように封印の魔法もかけてあったはずなのに。魔法の効力も弱まっていたのかしら?」


 もしかしてムゥがモンスターであることと関係あったりするのかな……? 追求されるといろいろマズい。


「すみませんっ! 弁償しますぅぅ」


 もう全身の血という血が引いて真っ青だ。冷や汗が止まらない。


 女性店主がパンパンとはたいて開いてしまった魔術書を拾い上げる。


「これは『火龍召喚』の魔術書(グリモア)ですね。その名のとおり、火龍を召喚する魔法なのです。偶然にしろ、とてもいい魔法なんですよ」


『ピュイ?』


 ムゥの頭に乗った手乗りサイズのドラゴンが小首を傾げる。小さな羽がぴょこぴょこ動く。


「だけど召喚したのがお子さんなので火龍も子どもが召喚されたみたいですね。ちなみにこの魔術書、お値段のほど……」


「お値段のほど?」


「五〇〇〇〇〇〇エルンです」


「ご、ごひゃくまんエルン……」


 途方もない金額に気を失いそうになる。僕の一回のダンジョン探索が3,000エルンほどだから、このままのペースで単純に四年半ぶんのお給料が消し飛ぶ計算になる。


 あぁ……。小さい子は何するかわからないから、目を離すんじゃなかった。


「今回はこちらの管理方法にも問題があったので、少しずつ返してくれれば良いのですよ……」


「ありがとうございます……」


「うん?」


『ピュイ!』


 事の重大さを理解していない幼女と幼龍だけが楽しそうに触れ合っていた。

——魔術書店からの帰り道。

「ふふふ〜ん。まほーがつかえるようになって、ともだちもできた! きょうはとってもいいひ!」

『ピューーイ』

 火龍の赤ん坊が頭上を旋回している。初めて見る広い世界に上機嫌だ。

 本当は僕の使える魔法を探しに来たんだけど、空を飛べて火を吐けるドラゴンが居てくれたら心強い。

「このコの名前はもう決めたのかい?」

「うん! ルビィちゃんってゆーの。ねー?」

『ピュイッ!』

 とりあえず明日からダンジョン攻略、頑張らないと……。

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