間章 ギルド職員クララの気苦労
汚れのない澄んだ早朝の空気を窓から差し込んだ陽光がゆっくりと暖める。
この時間になるとギルドも徐々に活気づき始めていた。
冒険者の朝は早い。怪物の討伐数、ドロップアイテムの数がそのまま彼らの収入に直結するので、なるべくダンジョンに滞在する時間を多くしたいのだろう。
ギルド職員のクララ・フォーレルは朝一番でやって来た冒険者を送り出したあとの穏やかなこの時間が好きだった。
と言いつつ、早起きの苦手なクララは寝ぼけた顔を無理やり接客用の顔に作り上げ、「朝が早すぎるのよ」と冒険者よりも早く来てギルドを開けなくてはいけないことにぐちぐちと心の中で文句を言っていたのだが。
「忙しすぎない今の時間を満喫しておかないとね」
これが夕暮れの帰宅ラッシュの時間ともなるとてんやわんやで手がいくらあっても足りないような状況になる。
一度、終業間際のギルド職員を見て欲しい。
皆、ぐったりとした様子を隠しきれておらず、光の失った目で半ば無意識に業務を遂行している。誰も見ていなければ、屍のように机に突っ伏していることだろう。
昨日だって、終わり間近に冒険者登録をしたいって子が来て——。
「そう言えばあの子、まだ来てないな」
冒険者になりたての新人はいつだってダンジョンに潜りたいという逸る気持ちを抑えられずに朝一番にギルドにやってくるものなのだけれど。
「あの子って?」
隣で作業していた双子の妹のウララが話しかけてくる。
「昨日の夕方に冒険者登録にやってきた子のこと。若いのに今どき珍しく、『冒険者になりたいっ!』っていうオーラだだ漏れで私たちのところに突撃してきたでしょう」
あれは森林猪も顔負けの突進だった。まだ幼さの残る少年の期待に満ちた目を思い出す。
「はいはい、あの子ね。あれだけ意気込んでいたら、昨日のうちにダンジョンに入ってたりして」
「まさか。能力値もいたって普通の新人冒険者って感じだったし。まだ職業もスキルも発現してないんだよ? ちゃんと注意しないと一回目の冒険で死んじゃうようなレベルじゃない。それに、夜のダンジョンは危ないって忠告もしたからそれはないでしょ。きっと装備やアイテムを買い揃えてから来るのよ」
とクララが言い終えるや否や、ギルド正面の大扉がゆっくりと開かれた。やってきたのは噂をすればなんとやら、くだんの青年である。
ただし、遠目から見ても満身創痍の状態で、だ。身体の見えるところにもたくさんの傷がある。青紫に変色した痣が見るだけで痛々しい。
「ちょっとっ! もしかして昨日あのままダンジョンに行ったんですかーーっ!!」
カウンターを力一杯叩いて、立ち上がったクララの絶叫がギルド内に響き渡る。
「もうっ! 無茶はしないって約束してくださいよ?」
「えっぐ、えっぐ。すみません」
クララのお説教により、ロイは半泣きになっていた。(そんなに怯えなくてもいいのに)と少しショックを受ける。
「パパをいじめたら、だめ〜ぇ」
クララを敵だと思っているのか、ロイの膝の上の幼女が可愛らしく凄んでみせる。
「えっと、ロイさん、この子は? もしかしてその歳で……」
「ちがいますよっ!? ただわけあって引き取ることになりまして」
「昨日この街に来たばかりですよね? どんな理由があったらそうなるんですか……」
クララは目の前の頼りない少年は可愛い顔をしてとんでもないトラブルメイカーなのではないかと心の要注意人物リストに加えておく。