間章 運搬(ゴブリンside)
小鬼は重たい箱を抱えてダンジョン内を進んでいた。
人目を避けるように敢えて険しい見たを選んで歩く。道を塞ぐ倒木の下を潜ったり、荊の茂みに身を裂いたりしながら酷道を行った。
時折、荷物を置いてひと休みする。しばらく前から細い腕が悲鳴をあげてSOSを訴えていたからだ。箱はゴブリンが長時間持つには重すぎる。大鬼や単眼鬼ならもっと簡単に運搬役を務めてみせただろう。
箱を隠し、地べたに座り込む。
その時でも外套のポケットから懐中時計を取り出して逐一時間を確かめながら休んでいたので、心はちっとも休まることがない。結局休憩を諦めて箱を抱えてまた歩き出す。
洞窟を出る時は時間が夜であることを確認してから出てきた。地下迷宮には明確な夜というものは存在しない。ただ、夜と呼ばれる時間にはダンジョンの中にいる冒険者の数が少なくなることは理解している。
人気は少ない方がいい。
これを運んでいる姿を冒険者に見られてはならないのだ。か弱い小鬼である自分がろくな武器も持たずに、さも大切そうに何かを運んでいたら、好奇心旺盛な冒険者は自分を殺して面白半分にその中を検めるに決まっていた。
これが然るべき時に然るべき場所以外で開けられることは最大限、避けなければならない。
そして敵は冒険者だけではなかった。モンスターにも細心の注意を払わなくてはいけない。
(どうして人間にも怪物にも怯えなくてはいけない? 小鬼の居場所はどこにある?)
小さな人型のモンスターの胸にはずっとその思いがあった。
コツコツコツコツ。
人ひとりが通れる幅の階段に足音が反響する。肩に触れそうなところに壁があり、圧迫感に息が詰まる。階段を登るのはこれで3つ目だ。
この瞬間が一番緊張する。
階段を下ってくる冒険者と鉢合わせでもしたら逃げられない。自分の足音以外の音はないか、聴覚を研ぎ澄ます。
最後の一段に足をかけると開けた空間が広がっている。あと登るべき階段はひとつ。そうすれば外に出れる。
地下迷宮の外にモンスターが出るなんて人間たちが知ったら、大騒動になるだろう。あってはならないことだが、このことを知った人間が慌てふためく様子を想像すると自然と口角が上がった。
だが、この仕事は決してバレてはならない。
夜が明け、冒険者の増える日中は洞窟の奥で息を潜めていた。そして再び時計が夜を告げるのを待つ。
あとひとつ2階から1階へと上がる階段の前に冒険者がたむろしている。これでは進めない。時限がある中で焦れる気持ちを抑えて様子を伺う。
彼は慎重に行動できるゴブリンだった。




