05 泣き虫の新入り
「地下迷宮に常識は通用しない。」とは一度でもダンジョンに潜った者なら誰もが口にする台詞だ。
地上の常識は地下迷宮では塵芥ほどの価値もない。異形の怪物を相手取っているのに人間の物差しで物事を考えようなんて無理な話だ。
「なんだろう。改めてダンジョンの規格外さを味わっているよ」
自らの脚で水から上がってきた魚の怪物、怪脚魚。
翼竜の翼のような鋭利なヒレを広げ、空気中の酸素を取り込もうと鉄の処女のように細かな無数の歯がびっしりと生えた口を開閉する。
死んだ沼で染め上げたような皮膚は濃い灰色と藻の緑色の混成模様をしている。そしてやっぱり目を引く鰐のような強靭な6本の脚。
「どうやって呼吸してるんだろう?」
「考えたら負けですわよ。紅玉海老を持っていかれた恨みを晴らすだけですわ。ほらっ、サクラさんもボサっとしてないで武器を構えてくださいな」
「ええっ、私も戦うんですかぁ!? あんまり期待しないでくださいよぅ」
そう言って自らの武器を構える。2本の棒の間を鎖で繋いだ特殊な形態の武器だ。
「それはヌンチャク、だっけ?」
「そうなのです。私のジョブはちょっと珍しくて【格闘家】なのですよ」
そう言って華麗な双節棍捌きを披露する。
「アチョーなのですっ!」
ファイター。騎士よりもさらに近接格闘に優れ、モンスター相手に徒手空拳での戦いすら可能だと言う。根っからの戦闘狂に多いジョブだと聞くけれど、大人しそうなハルカもそうなのかな?
「ムゥはハヤテを守ってあげて」
「わかったの。まかせてっ」
「お願いします……」
ハヤテがおずおずとムゥの後ろに隠れる。いや、さすがに小さなムゥの後ろに隠れるのは無理だと思うよ?
「うわわっ。来ましたのですよ」
グララーゴの巨大な戦闘経験が少ないサクラが慌てふためく。
「大丈夫ですわっ。私が攻撃を引き受けるので、サクラさんは思いっきりかましてくださいっ」
成長したハルカはとっても頼もしい。
「はいぃい! 行きますよぉ。あちょーー!!」
ドゴオッと鈍い音がして頬を殴られたグララーゴが吹っ飛ばされる。
「へ?」
「すごい威力ですわ」
「えへへ。そうですかぁ。もっと頑張りますね」
そう言ってヌンチャクで追い打ちをかけに行く。
「サクラさん一人でも勝てちゃいそうですわね」
「そうだといいけど……」
「きゃあっ」
「サクラさんっ!?」
ビチビチと飛び跳ねたグララーゴに跳ね上げられた泥が接近していたサクラを強襲する。
「ムゥちゃんたちの方を狙ってますわ!」
「僕が行く!! ハルカは止められそうだったら動きを止めて!」
「や、やってみますわ」
『グララアアァァ!』
「ムゥ! ハヤテ!」
グララーゴの歯を剣で受け止めて蹴りをお見舞いし、二人を抱きかかえて離脱する。
「パパぁ」「ロイさぁん」
「ハルカ! こっちはオーケーだよ」
「わかりましたわ。【窮鼠衝撃】!!」
サクラとハルカ、二人の強烈な攻撃を喰らったグララーゴが倒れ臥す。ついでにハルカも倒れる。
「ふぃ〜〜。疲れましたぁ。冒険者の人はこんなに大変なことを毎日してるんですね。どうやら私には行商人がお似合いのようです」
「おししょーー!! 僕を弟子にしてくださいっ」
今日一番の大きな声を出してハヤテが頭を下げる。
「え? 僕?」
「はいっ! おししょーの戦いに感動したんです。荷物持ちは得意ですっ」
「本気ですの?」
「うんっ。僕、頑張ってみる」
「お母様にはアタシから言っておくのです」
「えーーっと、僕の意見は……」
「ハヤテ、なかま?」
「はい! よろしくお願いしますっ」
どうやら僕に選択権はないみたいだ。
「ロイ、どうしましたの? 早く行きますわよ」
「え? うん……。いま、そこにゴブリンがいた気がしたんだけど……」
「ゴブリン? ゴブリンなんか今は放っておけばいいですの。ダンジョンのどこにでもいるんですから。もう疲れましたわぁ。これから第一階層を歩いて引き返すんですのよ。進むと帰り道が長くなるのがたいへんですわね」
「パパーー。はやくぅーー」
「おししょー! こっちですよー」
(僕の気のせいかな? 僕らをジッと見て引き返したように見えた……。冒険者を見かけたら飛びかかってくるゴブリンがそんなことするわけないか——)
「はーい。今行くよ」
急かされるように階段を登っていく。初めての階層で洗練を浴びて疲れた。きっと気を張りすぎていて過敏になってたんだろう。




