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04 海老で鯛を釣る(湖)

 森を抜けた先にキラキラと輝く湖面が一望できた。


「これ、向こう岸に渡る時はどうすればいいんですの?」


 大きな湖の対岸は見えない。一本の水平線がこの湖の広大さを物語っているだけだ。


「筏か何かを使うのかなぁ?」


「そんなことしたらダメなのですよっ!」


 サクラに厳しく注意されてしまう。何気なく言ったんだけど、そんなに駄目だったかな……?


「この湖には危険な大型モンスターが棲息しているのです。水中に引き摺り込まれたりしたらおしまいなのですよ。魔法で空を飛ぶか、でなかったらちゃんと歩いて迂回するしかないのです」


「ええーー!? あるくのぉ?」


 単調なことが嫌いなムゥが不満を漏らす。僕だってゴールの見えない距離を歩くと思うと、さすがにげんなりしてしまう。


「ダンジョンは人間の都合のいいようにはできていないのでこればっかりはどうしようもないのですよぅ」


「今日は反対側までは行かないでおこうか。帰れなくなりそうだ」


「それがいいのですよ」


「でもせっかくならこの階層で新しく出現するモンスターと戦ってみたいですわぁ」


「それなら、ちょうどいいモンスターがあそこにいるのです」


 サクラが指差す湖岸にたしかにモンスターがいた。


「あれはスライム? スライムはムゥもしってるよ?」


「スライムはスライムでも普通のとはちょっと違うのですよ」


 サクラに促されて近づくと見慣れたアイツがぽよんぽよんと跳ねている。湖岸のぬかるんだ地面を這い回っているせいか汚い。


――――――――――――――――――――――

泥粘玉(マッドスライム)


《説明》

 沼地に棲息するスライム。

 水気の多い泥土を含んだ身体は茶色く変色して汚染されている。口から粘度の高い泥を噴射する。

――――――――――――――――――――――


「たしかに初めて見るのですけど、できれば戦いたくないのですわ……」


「えぇー? 文句が多いのですよー。なら、あれはどうです?」


 いいタイミングで湖から陸地に上がってきたモンスターを指す。


――――――――――――――――――――――

沼人(ヌマンド)


《説明》

 湿った泥を身体全体に纏った人型モンスター。湖で亡くなった冒険者だとも言われる。湖と陸地の境界を行ったり来たりする。身体が乾くと湖に戻る。

――――――――――――――――――――――


「この階層、あんなモンスターばっかりじゃないですのっ!」


「そ、そう言われても湖岸付近はこんなもんですよぅ。あとは1階層にも出てくる格闘蛙(インファイトフロッグ)とかですし」



「ん? あそこにもモンスターがいるよ。ちょっと遠いけど、あの紅いやつ」


 燃えるような夕焼けの中の一番星のごとく蒼い眼が蠢いている。


「わわわっ! 紅玉海老(ルビーシュリンプ)ですっ! 早くっ、早く倒してください! とってもレアモンスターなのですよ。見た目のとおり、身体がルビーでできているので高く売れるのです」


 茹で上がったみたいに真っ赤な身体(ボディ)をした海老モンスターは眩く輝いている。見るだけで希少なことがわかるというものだ。


 細い脚をちょこまかと動かして前進する。大きな鋏みたいなわかりやすい武器もないし、甲殻が硬いだけなのかな?


「あっ! 不用意に近づくと危ないですっ」


「えっ?」


——シュババババッ


 ルビーシュリンプの口から放たれた高出力の水鉄砲が僕らを掠めていく。


「あぶなーー。いしにあながあいてるけど!?」


「ル、ルビーシュリンプの水鉄砲は高圧でハルカさんの大盾も簡単に真っ二つにしちゃうくらいの威力なんですぅ……」


 早くも籠に隠れようとしたハヤテが言う。でもそんな威力だったら、籠に隠れても意味ないんじゃないかな……。


「ようやく骨のあるモンスターが出てきたのですわ。行きますわよっ」


 水中に逃げ込まれないよう、湖を背にして戦う。ぬかるんだ地面では思うように足が踏み込めず、いつもより俊敏(スピード)が出ない。足を上げるたびにべっちゃべっちゃと泥を振り撒いて駆ける。


 シュバッ! シュババッ!


 ビームのように水を乱発するルビーシュリンプ。


「そのまま水鉄砲を避け続けてくださーーい! 水中に戻らない限り、弾切れを起こすはずですっ」


「なるほどね! 無尽蔵に撃てるわけじゃないってこと」


「それを聞いて俄然やる気が出てきましたわ!」


『シュー。シュー』


 スタミナ切れを起こして呼吸が乱れている。あれだけ撃ち続けていた水鉄砲も残弾が無くなって、口から水が垂れるだけだ。


「よーーし! ようやく私が活躍する番ですわね」


 盾を切断してしまうほどの高水圧を前に大盾で受けることができず、不満を溜めていたハルカが腕を回して前に出る。


 が、その前にザッパァーンと湖から派手に登場したモンスターが弱ったルビーシュリンプを一口で丸呑みしてしまった。


「あぁーーー! せっかくの大金がぁーー」


 商人らしくルビーシュリンプをお金として見ていたサクラが絶叫する。


「気持ち悪いですのっ。このモンスターなんですの?」


「さかなにあしがあるよぉ」


 女性陣の悲鳴によって迎えられたでっかい魚は6本の脚で陸地に立っていた。その脚というのも深緑色をしてゴツゴツとした鰐のようだ。なんというか生理的に受け付けない。盛んに口をぱくぱくとしているのが気持ち悪さを増幅させている。


 捕食されたルビーシュリンプの脚が巨大魚のモンスターの口からはみ出していた。


「うばばばっ」


 不気味な巨大魚の出現に容量(キャパ)オーバーしたハヤテが泡を吹いて後ろに倒れる。


「ああ、ハヤテ! ルビーシュリンプの次は怪脚魚(グララーゴ)だなんて! まったくツイてないのですよぅ」


「なんだかあのハルカが言った『新しいモンスターと戦いたい』っていう台詞が現実になった気がしてならないんだけど……」


 新モンスターの大盤振る舞い。見本市みたいに次から次へと出現してくるんだけど。


「わ、私のせいじゃありませんわ!? 私にそんな力はないのです! サクラさん? あのグララーゴって言うのはどんなモンスターですのっ」


「水陸両用の大食漢なお魚なのです。1週間に一度、食事の為に上陸する習性があって、飢餓状態の時は気性が荒くて手がつけられないと言われているのです」


「ちなみにその食事って?」


「モンスターや冒険者たちなのですよ」


「ピャーー! ムゥたちたべられちゃう……?」


「そうならない為に戦うのですわっ」


 お腹を空かせた怪魚は手頃な位置にいた僕らをちょうどいい餌だと思っている。食べられない為に戦うしかなさそうだ。

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