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03 行商人ガール

「たいへんですわ! しっかりと息はあるかしから」


 茂みに上半身を突っ込んで倒れた、頭隠して尻隠さず状態の白い脚をハルカが慌てて引っ張り出す。


 ズザザザッ。


 うわっ! 嫌な音。


「う、うーーん」


 介抱とは思えない乱暴さで引っ張り出され、盛大に顔を地面に擦っている。仰向けにするとまだあどけなさの残る獣人族、おそらく狸人であろう少女の顔が露わになる。


「大丈夫。生きてますわ。額は少し赤いですけど、目立った外傷も見当たりませんし」


 額が赤くなってるのはたぶん、というか間違いなくハルカのせいだと思う。


「うーん。こ、ここは……?」


 気がついた狸人の少女が薄目を開ける。


「ダンジョン二階層の階段の近くですわ。あなたはどうしてこんなところで寝転がっていて?」


 ぐううぅぅぅ〜〜。


 ハルカの問いに彼女のお腹が雄弁に答える。


「……えっと、えへへ。そういえば空腹で限界だったのでした。一日中ダンジョンに潜っていて食事を忘れていたのです。ハッ! 今、何時です?」


「えー。たぶん昼過ぎかな?」


「ぬおおおぉぉ。やっぱりぃーー。つまりあたしはダンジョンで夜を明かしたことにぃ〜〜。お母さまに叱られるぅ」


 どうやらずいぶんと長いこと倒れていたらしい彼女が頭を抱えて呻く。


「えっと、キミは?」


 彼女は姿勢正しく正座に座り直して言う。


「あ、お礼がまだでした。助けていただきありがとうございます。あたし、サクラと言います。ダンジョン内で冒険者相手に行商をしてます」


「ダンジョンで行商人?」


「冒険者さんたち、もしかして初めてここ(二階)に来ました? 一階を主戦場(メイン)にする行商人はあんまりいないので知らなくても当然なのです。冒険者さんなら経験があると思いますが、ダンジョンの中で予期せぬハプニングに見舞われてアイテムが足りなくなることはよくあることなのです。特に下の階では。そんな困った時にいてくれたら助かるのがーーあたしたち行商人なのですっ!」


 ばばーん! とセルフ効果音付きでポーズを決める。


「そんな軽装備で重いものを背負ってダンジョンを。じゃあ、もしかしてとても強かったり……?」


 見たところ大した武器は持っていないようだけれど、モンスターが彷徨する地下迷宮内に大荷物でやって来るなんて相当の実力があるんだろう。じゃなきゃ命知らず過ぎる。


「うーん。あたしなんてまだまだなのです。お母さまが言うにはあたしはまだギルドで言うところのEランクの上ぐらいらしいのです」


 うわーー。やっぱり!


「私たちの中の誰よりも強いのですわ!」


 ハルカとムゥが最近Eランクに上がったばかりで、少し前に昇級した僕はおそらくEランクで中の下くらいの実力だと思う。


「いえいえ、あたしは行き倒れているところを助けてもらってますのでっ。それにお母さまは30階層あたりを渡り歩いているのですよ。あたしはまだ2階層……。足元にも及びませんです。なので絶賛修業中なのですよ」


「30階層って……」


「Aランク冒険者ばかりのほぼほぼ最前線なのですわぁ」


「サクラのお母さんって何者……?」


 その底知れぬ実力に戦慄が走る。


「ほらっ、これっ、品揃えには自信があるんですよ〜。ってあれ? 籠がないっ!!」


 ないっ、ないっと辺りを探し回る。


「はこならあそこにあるよぅ」


「そうです。たぶんあそこに落ちてますわ」


「ああ〜〜! よかったぁ。大事な商品を売りもせずに紛失したとあってはもう命がいくつあっても足りないくらいお母さまから叱られてしまうのですよぉ」


 心底ホッとしたように籠を抱きしめて頬擦りする。


「ハヤテッ! いるのでしょう? 出てくるのですよっ」


 サクラがこの場にいない誰かにそう声をかけると、籠の中からさらに小さい狸人の男の子がおそるおそる出てくる。


「はこからひとがでてきた!」


「ずっとその籠の中にいたんですの!?」


「そうですよ、ハヤテ。私のことを起こしてくれてもいいじゃありませんか。危うくお姉ちゃんはモンスターに食べられてしまうとこだったのですよ」


「うぅ〜〜。だってぇ〜」


 ハヤテと呼ばれた男の子は瞳をうるうるとさせて言い淀む。


「そんなんじゃいつまで経ってもひとり立ちできないのですよ。お姉ちゃんがいなくてもモンスターと戦えるようにならないといけないのです」


「ふえぇぇ……。そんなことできないよぅ」


 なんというか、普通の幼い男の子だ。ダンジョンにいるには危なっかしい気がする。


「泣き虫でずっとこの調子なのです。モンスターに怯えて籠の中に閉じこもってしまって……」


「ダンジョンではモンスターとたたかわなくちゃだめなのよぅ」


 ムゥに諭されている。これじゃあ、ムゥの方がお姉さんみたいだ。


「あっ。それで冒険者さん。何かアイテムでお困りじゃありませんかっ。ポーションに解毒薬、軟膏、砥石までいろいろ取り揃えてますよ〜」


 ぐううぅぅ〜。


「えへへ。あの、何か食べる物を持ってたりします? 食料はあいにく切らしていて……」


 お腹を押さえて恥ずかしそうに笑う。


 ガツガツガツガツ。


 サクラとハヤテの姉弟は口にした冒険者がこぞって微妙な顔をする携帯食料を貪るように食べた。


 す、すごい。歯が折れそうなほど固くて、口の中の水分という水分が持ってかれるから水なしでは食べれないと評判なのに。


「ふぅ〜。助かりました。危うくダンジョンで行き倒れるところだったのですよ。それでなんですが、ダンジョンの出口までご一緒してもいいですか? まさか、2日もいる予定じゃなかったんで手持ちのアイテムが少ないのですよ。ハヤテも守らなくてはいけないのでひとりで帰るのはタイヘンなのです」


「帰還するのは一通りこの階を探索してからになるけれど、それでもよかったら大歓迎だよ」


「それでいいのです。ありがとうなのですっ」


 5人の大所帯となったパーティーで第2階層を進む。

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