02 着いて疲れて掏り掏られ
「第二階層、とうちゃーーく!」
「って、期待した割には見た目は一階層とあんまり変わらないのですわあ……」
「きがいっぱい! おなじばしょ?」
ムゥがそう言うのも無理はない。階段を降りた先に広がる光景は、一言で言うならほとんど変化がなかった。視界に映るのは樹、樹、樹。この1か月、散々見慣れた森林領域だ。
「第二階層にはとても大きな湖があると聞いていたのですけど」
今のところそんな気配は感じられない。
「はあ、きっとこの階もとんでもなく広いんだろうね。帰ったらギルドで地図を買わないと」
「ッ! まだ帰りませんわよ。念願の二階層に到達したんですもの。何か、何か第二階層らしいものに出会うまでは帰りませんわぁ」
そんな。僕らは観光に来てるんじゃないんだから。
「景色でもアイテムでも、こうなったら新規モンスターでもいいですわ! 出てきてちょうだーーい」
『キュウ?』
ハルカの心の叫びに呼応するように茂みから一匹の小動物が顔を出す。二本足で立つその生き物は可愛らしい黒真珠のような小粒な瞳でこちらを見つめている。
僕はこのモンスターを知っている。
可愛い顔をした悪魔として知られる、第二階層から出現する新規モンスター〈盗人狸〉。第二階層進出を告げた時に、冒険者組合でクララさんに要注意モンスターとして真っ先に教え込まれた。
そんなモンスターが第一遭遇なんて幸先が悪過ぎる!
頭の中でクララさんの台詞が復唱する。
「いいですか、ロイさん。シーフラクーンに出くわしてしまったらまず——」
「みんな、自分のバックを守って!」
——シュババババッ。
シーフラクーンの姿が揺らめいたと思うと一瞬にして僕らの視界から消える。このモンスターの特徴はAランク冒険者ですら手に負えない敏捷性。敏捷のステータスだけで言えば、第二階層にまるで相応しくない。
そして二つ目の特徴。それは冒険者を攻撃しないこと。
「あぁ〜〜!! それ、ムゥのほうせきぃ」
再び少し離れた茂みに姿を現したシーフラクーンはさっきモスコミューンオークからドロップした【苔大鬼の翡翠玉】を抱えている。ムゥのポシェットに入っていたものだ。
『キュキュウ?』
シーフラクーン。別名:拾いグマ。
彼らは冒険者の持ち物を目にも留まらぬ速さで盗んでゆく。もしダンジョンの奥深くで邂逅し、回復アイテムや武器を盗られたら……。待つのは高確率での壊滅だ。敗走しか道はない。
攻撃手段を持たないにも関わらず、冒険者たちからひどく恐れられるモンスターなのだ。
美しい翡翠玉を手にして満足したのか、ダッと走り去っていく。
「た、助かった……」
稀少なアイテムを失ったものの、武器や防具といった身ぐるみ剥がされる系じゃなくてよかった。と僕とハルカが安心したのも束の間、被害に遭った約一名がしょぼくれている。
「ピ」
「ピ?」
「ピャ〜〜〜〜!!」
お気に入りだった翡翠玉を盗られてしまったムゥが火のついたように泣き出した。
「ど、どうしたんですの!? あのアライグマにどこかやられたんですの?」
「ピャ〜〜〜〜」
「あのアイテムを盗られたのが嫌だったんだよね?」
「うっ、うっ。あれムゥの。ムゥのなのにぃ」
「うんうん。そうだね」
「そんなに泣かないで。また取ってきてあげますわ」
「なっ!?」
その台詞は言わないでおいたのに!
「ほんとぅ?」
「本当ですわ! エルフに二言はありませんの。約束ですわ」
「ぐすっ。ありがと」
「ちょっと、なに勝手に安請け合いしてるのさ(小声)」
「なんですの。また手に入れてあげるくらいいいじゃないですの」
「あれ稀少アイテムでしょ! しかもボスモンスターの。簡単にまた手に入れるみたいなこと言ってるけど、勝算があって言ってるの?(小声)」
「ハッ! わ、忘れてましたわ。あんまり泣くものだから可哀想になってしまって……。ど、どうしましょう。ロイ、手伝ってくださいます?」
「そっかぁ。あのモンスターにとられちゃたけど、またハルカがげっとしてくれるのかあ。そのてがあった! しかたないからあのキラキラはあのコにあげるっ」
涙をゴシゴシと拭いて宝物を盗まれたことを切り替えたらしい。いまさら無理ですとは言えそうもない雰囲気だ。
「あう……。ロイィィ。私ひとりじゃあのオークを倒せませんの〜〜。手伝ってくださいましぃぃ。このとおりですのお」
「その時は僕も手伝うよ……。どうせ今後も下に降りる時に倒さなくちゃいけない機会も出てくるでしょ」
ボスモンスターを産み出すのは地下迷宮も容易ではないらしく、およそ3日後に復活する。他のパーティーが倒してくれていれば72時間の猶予があり、その間は素通りできるというわけだ。
たった今、僕らが楽に素通りするという選択肢は失われたわけだけど。
「まっ、とりあえず初めてなんだからゆっくり辺りを探索しようか。まだ見ぬアイテムやモンスターがいっぱいだよ」
「ひとっ! ひとをはっけんした!」
「ゆっくりって言った矢先だったんだけどね……」
ムゥが指さす先、茂みに上半身を突っ込むようにして脚だけが見えた状態の少女がうつ伏せに倒れていた。




