33 エピローグ 幼女と小鬼の喧嘩
怪物氾濫の一件から数日後のダンジョン。
僕は早く階層番人に挑みたいという気持ちを堪えて、ムゥとハルカとの約束どおりダンジョンの浅い場所で簡単なモンスターを討伐していた。
ちなみに今日、ハルカは先日の一件で破壊された大盾の代わりを探しに武器屋を回っているのでお休みだ。
僕らは周囲を森に囲まれたエア・ポケットのような草はらで休息していた。
布製のレジャーシートに座り、母さんが持たせてくれた水筒から温かいスープを啜る。
「ほぅ。はあぁぁ……。ダンジョンで温かいものを口にできるっていうのはありがたいなあ」
遠くで鳥モンスターの囀りと戦闘音が聞こえる。
この場所にだけ結界が張られたように、穏やかな時間が流れていた。そこに地下迷宮特有の緊迫感は微塵もない。
「パパー。ゴブリンがいるよぉ」
数匹のゴブリンを見つけたムゥが遊び相手を見つけたみたいに駆け寄っていく。今日のムゥは愛用の魔法杖を片手に持って準備万端だ。
「怪我だけはしないようにねーー」
娘がゴブリンたちの群れに突撃をかますのをくから眺める。
「わかったぁー」
可憐な幼女が冒険者たちに醜悪だと言われるモンスター、小鬼に混ざって戯れている。
背丈が近いので同年代の子どもたちが遊んでいるように見えなくもない。
モンスターであるムゥは同族のモンスターに攻撃されたりされなかったりする。まあ、もしピンチになったら助けに行けばいいでしょ。
1匹のゴブリンが背後からムゥの持っていた杖を奪い取る。
『グギャギャギャッ!』
「あぁ。いや〜。返してぇ」
『グギャ、ギャギャ』
取り返そうとするムゥを3匹でパスしながら軽くあしらう。
「むうぅ……。いやぁっ!」
(あっ! 飛びかかって取っ組み合いになった! 喧嘩になっちゃったよ)
背格好がいくら似ているとはいえ、相手は武装した冒険者と戦っている純然たる怪物だ。掴み掛かられて黙ってやられているはずもなく抵抗している。
見ていると怪我をしないか心配になる。
ポコッ。
ああっ! 叩かれた| 普通に頭を叩かれたよ、いま!?
本意気で叩かれたというより、軽く小突かれた感じだけど。ムゥは一瞬、驚いた顔をして、すぐに目に涙をためる。
「うわああぁぁーーん。ああぁぁん。ぶったぁぁ。うわああぁぁーん。パパぁーーーー」
ムゥはその場にへたり込んで僕の名前を呼ぶ。
泣き出してしまったムゥを前にして、悪戯をしたゴブリンたちも狼狽えている。
ただここで出ていくと子ども同士の喧嘩に入っていくようで躊躇われるなぁ。相手はいつも戦っているゴブリンなんだけど、ムゥと一緒にいる時だけはどうもモンスターという意識が希薄になってしまう。
とりあえず泣き止まないムゥを抱っこして辺りを軽く歩き回る。
『ゴギャア……』
すまなそうな顔をしたゴブリンたちが魔法杖を返却しにやってきた。
「ほら、ムゥ。杖を返してくれるってよ」
「うぅ。いやぁー」
不思議なもので、一度むくれてしまうと僕の胸に顔を押し付けて受け取ろうとしない。
「それじゃあ、あの杖はもういらないの?」
「やあ。いやぁ」
「よし、じゃあ、僕はここで見てるから、ムゥがちゃんとゴブリンからあの魔法杖を取り返してきな。あれはムゥの大切なものなんでしょう? 返してって言ってきてごらん」
渋々といった様子で地面に降ろされたムゥはゆっくりとゴブリンに向かっていく。
「ムゥの、かえしてー」
ゴッ。
言うが早いか、魔法杖を持つゴブリンの鼻っ面に頭突きをお見舞いした。
うわぁ。あれは痛いぞ。意外にも拳で会話する気だ。
鼻を押さえて倒れたゴブリンに腕をぐるぐると回してパンチで追撃する。
頭突きを食らわされたゴブリンはすっかり戦意を喪失して、いまや、他の二匹がムゥを抑えるかたちになっている。
暴れ馬と化したムゥはその程度でおさまらず、標的を自らの腕を掴んでいるゴブリンに変更したようだった。
がぶり。
『ギャギャア!』
腕にかぶりつかれたゴブリンが悲しい悲鳴をあげる。
小さい子って加減を知らないから本気で歯を立てて噛むんだよなあ。
「ふんっ!」
倒れ込むゴブリンたちの真ん中で魔法杖を取り返したムゥ鼻息荒く立っている。その姿はもう立派な冒険者だ。
「仲直りしようか。ねっ」
しくしくと泣くゴブリンたちとムゥを握手させた。
森へ帰っていくゴブリンたちを見送る。と、森を抜けて冒険者がやってくる。
『グギャーー』『グギャン』『ギャギャアァ』
仲直りしたゴブリンたちが斬られていく。
「ロイ、ムゥちゃん。ここにいましたのね! 探しましたわぁ」
何も知らないハルカが血の付いた剣を鞘に戻しながら、いい笑顔でこちらにやってくる。新品の大盾をぶんぶんと振っている。
「………………。新しい盾買えたんだね」
「ハルカッ」
「は、はいっ! どうしかしましたか?」
ムゥから発せられる怒りのオーラを察知したハルカが怯む。
「むうぅぅ。ダメッ!!」
「ごほぉっ!」
ハルカの鳩尾に怒れるムゥのロケット頭突きが綺麗に決まった。




