32 勇者への一歩
大通りの石畳を叩きギルドの前の道路へ荷車に乗せられた赫樹熊と水晶蟹が大勢の冒険者たちによって運ばれてくる。ただでさえ騒々しいメインストリートには歩道いっぱいに人垣ができ、第一階層に現れた珍しい強化種モンスターを一目見ようと混雑していた。
稀少な強化種が2体同時に出現すると言う異常事態を前にしてルーカスくんが頬を紅潮させ、奇声を上げながら狂喜乱舞している。
強化種討伐の一報を聞いて待ちきれなかった彼は朝一番にギルドにやって来て、誰もいない大通りをずっと見ていたらしい。
「はわわわあ〜〜。これがクリムゾンツリー・ベアーですかぁ。このモンスターはジャイアントツリー・ベアーが存在進化しない限り存在しないので、とっても稀少なんですよ! ギルドの調査書や迷宮教典にもほとんど記録がない幻のモンスターだぁ。はあはあ。初めて見ましたよお」
シュバッ、シュバッと荷車の周りを素早く動き回り、隅々まで目に映すように移動する。
「ほうほう。こっちのクリスタルクラブもおっきいですねぇ。やっぱりロッククラブから存在進化したことが関係しているのかなぁ? それにしても綺麗だなぁ。はあはあ。ボロボロなのがちょっともったいないなぁ。討伐したわけだから仕方ないか。ああ……完全な姿を僕も見たかったぁ」
……興奮しすぎて倒れないか心配だ。
2体の強化種を運んできた荷車に続いて大量に湧いたモンスターからドロップしたアイテムが山積みにされて運ばれてくる。大量に討伐したモンスターの欠片は僕たち3人じゃとても運びきれる量じゃなかったから、みんなが協力してくれて本当に助かる。「なぁに、報酬は査定額の3割でいいぜ」と言っていたのが気になるけれど。
僕が今回の目玉じゃないかと睨んでいるのがこれだ。
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【水晶蟹の大水晶核】
取引価格:百万エルン
《説明》
水晶を喰らい、成長するクリスタルクラブの心臓部。
見る角度によって色を変える一部の曇りもない大水晶。
宝飾装備の材料として重宝される。
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割れた甲羅の破片の山の中に埋れていた人の頭ほどの水晶。これがクリスタルクラブの動力源らしい。
それにしてもこれらを全て査定するのは大変だろう。なにしろ責任者であるルーカスくんがあの有様なのだ。ギルド職員の人たちが総出でチェックに当たるために外に出てきている。
「改めてあのモンスターを見ると自分たちが本当によく生きて帰って来れたと思いますわ」
「うん。本当に。ダンジョンじゃ、いつ命を落としても不思議じゃないけど、今回はさすがに覚悟したよ」
「むうー。パパとあってから、たいへんなことばっかりなきがする……」
うん、僕もこの街に来てからたいへんな目に遭ってばかりな気がする。
「ロイさん。また無茶しましたね!? 傷だらけになってぇ。私がいつも忠告してますよねっ。そんなに無鉄砲な行動ばかりしてると命がいくつあっても足りませんよ。まったくもう……まだ第一階層なのにたくさん騒ぎを起こして、先が思いやられます……」
僕を見つけたクララさんが鬼の形相で近づいてくる。ああ……お説教タイムだ。
「今回は人命救助ですから許してくださいぃ。僕も好きでハプニングに遭遇しているわけじゃないんです」
それからクララさんからこってりと絞られる僕ら。何気にこれが一番キツい。
「それでですね、色々言いましたが、この度の未曾有の怪物氾濫御を早期に鎮圧し、冒険者を救助した御三方の活躍を表彰してギルドから報奨金が出るみたいですよ」
「つい私たちの実力が認められたんですのね!」
不遇スキルのせいで除け者にされていたハルカは喜びを噛み締めている。
「はーーい。みなさーん。査定が終わりましたよぅ」
窓口でルーカスくんが手を振って呼んでいる。
「お待たせしました。こちらがお売りいただいたドロップアイテムの総額三百万エルンになります。いやぁ、今日はあんなに貴重なモンスターを見ることができて眼福でしたー。ありがとうございますぅ」
気のせいか、ルーカスくんの肌が艶々としていた。
金貨でパンパンになった袋が三つカウンターに置かれる。一袋一袋が相当重いのだろう。置かれるたびにドスンと鈍い音がする。百万エルンの入った袋なんて持ったことがないから想像もつかない。自慢じゃないけど、僕の財布にはだいたいいつも数千エルンしか入っていないのだ。
「ひゃー。ふたりでわけても百五十万エルン……」
降って湧いた大金に思わず喉が鳴る。地下迷宮は難易度が上がれば上がるほど報酬も高くなるとはわかっていても、実際に体験すると思わず変な声が出てしまう。これで僕の借金もだいぶ減るぞ。絶賛返済中の魔術書店の女店主の顔が思い浮かぶ。
「あっ、私は別にお金はいいですわよ? パーティーとして楽しくやっていけるだけで充分ですし」
「え? ちょっとちょっと! どうしちゃったのさっ。三百万エルンだよ? 一年は遊んで暮らしていける金額じゃない。わかった! あまりの大金におかしくなっちゃってるんだね」
「落ち着いてくださいなっ。大金におかしくなってるのはロイの方ですわ。私、別にお金に困ってないのです。ロイが全部持っていってよくてよ」
ハルカが大人だ……。大人の余裕がある。
「いや、そんなわけにはいかないよ。みんなで倒したモンスターだし、パーティーなんだから平等にいかないとぉ……」
「そんな血涙を流しそうになりながら言う台詞じゃないのですわ!? 本当に大丈夫ですの。それじゃあ、壊れてしまった大盾を新調するぶんのお金だけは貰うことにしますわ。さあ、この話はこれでおしまい! 早いこと換金を済ませて打ち上げに行きますわよぉー」
(いいのかなぁ?)
「あっ、でも麦酒はほどほどにしてよ?」
それとこれとは話が別なので釘を刺しておく。
「なんでですのっ! せっかくの打ち上げですのに!」
ギルドを出るとまだたくさんのギルド職員たちが解体されたクリムゾンツリー・ベアーとクリスタルクラブの素材を運び出していた。彼らを忙しくさせた張本人である僕らは少し申し訳なくなる。
「あ、あのっ!!」
振り返るとあのダークエルフの女の子がいた。
救出されたふたりのパーティーメンバーも一緒だ。3人ともぐるぐる巻きの包帯に松葉杖、ギプスとボロボロの様相でその重傷度が伺える。
「助けていただきありがとうございましたっ!! おかげでみんなでダンジョンから戻ってくることができました。まだ冒険者を続けられます。それで……ごめんなさい。あなたたちにすべてを押し付けるかたちになってしまって」
「いやぁ、まあ、僕たちが勝手にやったことですから気にしないでください。なにより無事でよかったです」
「たすけあいっ!」
彼らは何度も何度もお礼を言って帰っていく。あれほど感謝されると恐縮してしまう。
「それで、一階のボスモンスターにはいつ挑戦しようか」
異常事態に直面して、なし崩し的に計画は霧消してしまったけれど、本当ならあの日、下位層進出を目指していたのだ。
「……しばらくはその話は聞きたくないのですわぁ。たとえ地下迷宮に行くとしてもごく浅いところで簡単なモンスターしか相手にしないのです。ロイに何を言われようとも私とムゥちゃんで決めたのですわ」
「ですわぁ」
僕の知らないところで結託したふたりがそう宣言する。僕としては傷が癒え次第、すぐにでも挑戦したかったんだけど。
「激闘の後じゃ、強敵の戦いは勘弁してほしいですの」
「そんなぁ……。うぅっ!」
——ダッ。
爆発した僕はムゥを抱えてメインストリートの直線をダッシュする。
「あっ! どこ行くんですのっ」
「いやあ〜。ダンジョンはいやぁ〜」
「子連れ探索者だ」
「でも子どもの方は嫌がってないか?」
「なんでもあのパーティーが強化種2体を倒したらしい」
「子どもを無理やりダンジョンに連れて行こうとしているぞ」
「鬼畜だ」「鬼畜野郎め」「人の心がないのか」
集まっていた冒険者たちが僕らを見てヒソヒソ話している。
「ああ、もうっ! 子どもを連れてダンジョンに入っちゃ、いけないっていうのかぁっ!」
《とある冒険者の憧憬》
「さっきの冒険者、すごかったのニャ」
ニールは先ほど目撃したいかにも凶悪そうなモンスターと冒険者の戦いを思い出していた。
見る者の心を熱くさせるバトルだった。
決して屈強でもなく、目にも止まらぬ早業の剣捌きでもなく、強大な魔法があるわけでもない。ただ直向きで愚直だった。
「にゃーもああいうふうにカッコよくモンスターと戦いたいのニャ! そのためにはやっぱりまず、一緒に戦う仲間かにゃ」
ニールはソロ冒険者だったので、「まずは鍛錬して実力をつけることから」が一番だとツッこんでくれる人がだれもいなかった。
「いったいどんな人なのか、一度お話ししてみたいニャ。きっとすごくかっこいい人に違いにゃい」
「ロイーー! 止まりなさぁーーい! ダンジョンに行くつもりじゃないでしょうね。このあとは打ち上げに行くんですのよ!」
「へるぷみー! へるぷみー!」
「じゃあボスへの挑戦を許可してぇぇ」




