26 ボスモンスターへの挑戦
「階層番人に挑戦するんだって?」
夕飯を終えて台所でお皿を洗っていると隣にやって来た親父さんにそう尋ねられた。
「はい。この前怪我したところも治ったのでいよいよ。僕も第一階層に挑戦して結構経ちましたし、そろそろ挑戦してみようかと」
上級小鬼との戦いで負傷した左腕の傷も癒えて、もう実戦においても万全だった。ハルカと一緒にダンジョン帰りに回復アイテムなんかも買い揃えてある。
「充分早すぎるペースなんだがな」
「そうですよ。この街に来てまだ1ヶ月じゃないですか」
テーブルを片付けていたノートさんが遠くから僕らの会話に入ってくる。
「……まさかとは思うけれど、今のままの、あの装備で行くわけじゃないだろうな」
「え? そのつもりですけど……。だってまだ全然使えます」
毎日の地下迷宮探索で摩耗しているけど使い慣れた防具は僕の身体によく馴染んでいる。
「番人と呼ばれるボスモンスターは通常モンスターとはわけが違う。どれだけ能力値が上がろうと、装備が伴わなければ絶対に苦戦することになる。パーティーメンバーのためにもキチンとしたものを揃えてから行くといい。別にうちからじゃなくてもいいから」
「いえいえっ。武器や防具を買うのはお世話になってるここって決めていますから。僕が他のお店で購入してどうするんですか」
「そうか。なら、ロイがうちに持ち込んでくれたドロップアイテムで何か見繕うことにしよう。任せておきなさい。何か良い素材があっただろうか」
親父さんはどこか嬉しそうだ。
ダンジョンから持ち帰ったアイテムで鍛治に利用できるものはギルドで換金せずに、居候させてもらっているこの鍛冶屋〈緑風の工房〉に納めている。耳長族である親父さんが営む鍛治工房は相変わらず閑古鳥が鳴いているようだった。僕がもっと希少素材を持ち帰らないと。そのためにも下階層進出が必要だ。
「お父さん、私にも手伝わせて! ねっ、ねっ、いいでしょ?」
4人で防具を持って家屋と繋がった工房へと移動する。
「それにしてもひどい装備だな。改めて見ると余計にそう思うよ。今までよくそれでダンジョンに潜っていたなというレベルだ」
「そ、そんなにですか……」
鍛治師である親父さんから酷評された自分の装備を眺めてみる。
……。ふーむ。
毎日の手入れは欠かしていないものの、鉄製の胸当ては凹みが目立ち微妙に亀裂も入っている。手甲と脚甲はノートさんが練習で打った「売り物にはならないので……」というものを貰って使っていた。性能は市販のものと大差ないのだけど、形が少々歪だったりする。
剣は拾った小鬼の小剣。
あれ? この状態で血や泥に塗れていたとしたら……。客観的に見るとかなりみすぼらしかったりする?
今更ながら自分の格好が恥ずかしくなってきた。
ちなみに角と尻尾を隠さなくちゃいけないムゥが着ける防具は過保護な親父さんによって日替わりなのではと思うほどのバリエーションを見せている。
「それで何か希望はあるか?」
「ええっと……。そうですね、僕の戦闘スタイル的にアームガードでよく攻撃を受けるんで、ある程度防御力があった方が安心かなぁと。逆にレッグ・ガードは走りにくくならないような軽くて自然なものがいいです。こんな感じでしょうか?」
「なるほど。ガード性能のある手甲と軽量化を図った脚甲だな。承知した。剣は? その拾い物のゴブリンソードも使い続けるのなら強化しておこう。そのままじゃボスには攻撃が通らない」
「お父さん、これなんかいいんじゃない?」
素材の入ったボックスに顔を突っ込んでゴソゴソとやっていたノートさんの手には拳骨猿の大牙が握られている。
「悪くないな。それを使って剣を強化しようか」
「防具はぁ……うーん。あっ、甲冑虫の鎧甲殻! これおすすめですよっ」
ノートさんが薦めるムシャビートルは硬度の高い外殻に覆われたダンゴムシのモンスターだ。その甲殻は鉄のようで物理耐性が非常に高い。魔法ですら簡単には通さない。
あいつは倒すのに苦労したんだよなぁ。
倒す時も外殻を無理に破壊せず、ひっくり返して肉質の柔らかい部位を狙って攻撃する。たしかにあの防御力は魅力的だ。
甲冑虫の防具。……ん?
「ちょ、ちょっと待ってくださぁーーい! あの……できれば見た目もかっこよくしてほしいなーって、思ったり」
突如として脳裏に甦る格闘蛙を素材として作製した防具の思い出。あの蛙の被り物みたいな装備一式。可愛らしいカエルのレインコートのような防具を着た恥ずかしさを思い出してしまった。
もし甲冑虫を素材としたダンゴムシのコスプレみたいな防具を渡されたら、もう恥ずかしくて街を歩けない。ダンジョン内でも無理だ。
「もちろんだとも。性能さえ良ければいいなんて言うのは鍛治師の怠慢だ。見てくれも良くなければ。冒険者だって少なからず人気商売の面もあろう。白い目で見られるような格好はよろしくない」
親父さんが話している間ずーっと僕の頭には蛙防具一式がチラついていたけど、喉元まで出かかった(本当に大丈夫なんですよね?)の言葉を無理やり飲み込んだ。
せっかく造ってくれると言うんだ。僕が信じなくてどうする!
「あの、防具を造るところを見学してもいいですか?」
「暑いし見ていても面白いことは何もないぞ。……もしかして疑っているわけじゃ——」
「いえ、そんなことは」
「じゃあ、見なくてもいいんじゃないか」
「あっ、でも一応」
「……」「……」
「あのう、第一階層のボスモンスターの情報っていくらですか?」
一度遭遇したモンスターの情報は迷宮教典に自動的に記録されるけれど、戦闘中に悠長に本を開いて読んでいる時間はない。
だからこうして事前の情報収集が重要になる。
「苔大鬼の情報ですね。一〇〇〇〇エルンになります」
【苔大鬼/モスコミューンオーク】
通常のオークの1.5倍ほどの大きさをしており、体全体が苔に覆われている。
俊敏性は低いが、膂力が非常に高い。(※耐久値200以上推奨)
フィールドに生えた楢の木を棍棒として使用する傾向アリ。
弱点属性【炎】
弱点部位【腹部・鼻】
〈ギルド職員カナコちゃん's memo〉
肥えて突き出た腹部は比較的肉質が柔らかく攻撃が通りやすいですっ!
豚のような大きな鼻も大打撃を与えることができますが、位置が高いのでダウンさせる必要があります!
それでは頑張ってください! ٩( ᐛ )و




