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25 負傷した翌日はお休みです。②

 ——ま、眩しい。


 街の上で燦々(さんさん)と太陽が輝いている。

 その強烈な照り返しに早くも僕はグロッキー状態だ。


「ほらっ、ロイさん次はこちらの八百屋さんですよ」


「おくれてるとまいごになっちゃうのよぉ」


 日中地下迷宮(ダンジョン)の中にいると全くと言っていいほど日の光を浴びないので、いつのまにか吸血鬼(ヴァンパイア)になっていたみたいだ。


 降り注ぐ陽射しにじりじりと体力を奪われていく感覚。ダンジョンでモンスターたちを相手するのとはまた違った疲労感なのだ。


 まるで屍人(ゾンビ)のようにふらふらと歩く僕はたちまちふたりに置いていかれてしまった。ああ、ダンジョンが恋しい……。


 こう思うってことは僕もだいぶこの街に染まってきたってことなのかな。




 地下迷宮(ダンジョン)を街の中心部に据えて発展していった街の南側、商業エリアはいつ来ても活気に満ちていた。


 なんといっても道の両脇に露店が並ぶ様子は圧巻だ。


 野菜や果物といった食材や肉串やスープ、ピタパンなどの軽食を扱うお店が軒を連ねているかと思えば、ダンジョンで討伐されたモンスターの肉や毛皮なんかが軒先にぶら下がっているような強烈なお店もあったりする。


 いい香りのする場所を抜けるとアクセサリーや食器、雑貨を扱う店が多くなり、「ホントにこれを買う人がいるのかな?」と疑いたくなるようなガラクタを売る店があったりする。


 冒険者に人気なのは持ち運びが便利でダンジョン内の食事にもってこいの保存食や回復ポーションなどの医療品を取り揃えるお店だ。迷宮に潜る前にちょっと立ち寄って忘れ物を買い足すことができる。


 つまりこの街で「買い物」と言えば、一箇所で到底済むものでない。


 僕の故郷の村ではひとつの商店があれこれなんでも取り揃えていたものだけど、大都市ルーナップでは非常に細分化されていた。


「ふう」


 街路樹の横に置かれたベンチに座ってひと休みする。僕の隣にはたくさんの食材が入った紙袋がいくつも。片手じゃ抱えきれなくて腕が()るかと思った。


 ノートさんは目の前のお店で商品と睨めっこしながらまだ品定めをしている。


 ムゥはと言えば僕の膝の上に座って途中の屋台で買ってもらったベビーカステラを夢中で頬張っている。


「はわぁぁ。これ、はじめてたべたけど、おいしいねぇ。もうあと2コしかないっ。むー。これはとっておくことにするの。ムゥのだからロイはたべちゃ、駄目(めっ)だよ」


「た、食べないよ。いまの僕が食べたら、もう本当にヤバいからね。何とは言わないけど、出ちゃうから」


 太陽光と人酔いの二重苦(ダブルパンチ)によって荷物持ちだけで精一杯なのだ。


「お待たせしました〜。ひとりじゃないと思うとついつい買いすぎちゃいます。ロイさんこれもお願いしていいですか?」


「おおう……」


 新たに増えた紙袋を抱えて立ち上がる。

 なんのこれしきっ! 日頃ダンジョンでたくさんのアイテムを背負って歩いてるんだ。


「これで買うべきものは全部買いました。あっちに美味しいと評判のアイスクリーム屋さんがあるんです。行きませんか? みんなで行きたいと思っていたんですよ」


「あいす! それもきっとおいしいにちがーないの」


 ムゥの手を取って走るノートさんはこうして見ると年相応の女の子だ。普段あまりにしっかりしているから忘れそうになる。


「おじさん、アイスクリーム三つください。ムゥちゃんはどの味がいい? おいで、見せてあげる。よいしょっと」


 抱っこされたムゥは食い入るようにアイスのケースを見つめている。


「えっと、えっとねぇ。あのピンクのはなに?」


「あれはね、イチゴかな」


「いちごかぁ。じゃあ、あれはあれは?」


 まだまだ時間がかかりそうだったので、手近なベンチを確保しておく。

 木陰が太陽光を和らげ、麗らかな空気だけが残される。気を抜くとうたた寝してしまいそうだ。


「お待たせしました。ロイさんいなかったから、私が勝手に好みを予想して選んじゃいましたから。ズバリ、コケモモ味ですっ」


「何味なんですか、それ?」


「うふふ。私もわからなくて気になったので、選んじゃいました。あとで一口くださいね」


 可愛い。ノートさんの差し出すアイスクリームを受け取り、膝によじ登ろうと奮闘するムゥを抱え上げる。


「ムゥ。ここに座って食べな。アイスを落としちゃうからさ。ノートさんはここに座って」


「それじゃあロイさんには私が食べさせてあげます。はい、あーん」


 そう言って手に持ったアイスクリームを僕の口に持ってくる。こんなことがあっていいのかな……。明日死ぬんじゃないの、僕!?


「いやっ、自分で食べられますからっ!!」


「もしかして、恥ずかしがってるんですか? ほれほれ〜。早くしないと溶けちゃいますよ」


 完全に僕を揶揄って遊んでいる顔だ。


「ハイ……」


 僕は照れくささを消せないままアイスに齧りついた。


「あああぁぁぁぁ! やっと見つけたと思ったら、な、何をしているんですの!?」


「あっ! ハルカなの。どーしたの」


 ハルカが土埃を巻き上げる勢いでこちらへ走ってくる。長いこと走ってきたのか、肩で息をしている。


アイテム(アイスクリーム)を持ったムゥちゃんも可愛いなぁ。って、そうじゃなくて!! ダンジョンに行こうと誘いに行ったら出かけていると言われて、探せばずいぶんと楽しそうじゃないですの? パーティーメンバーである私を除け者にしてぇ。ぐぬぬっ」


「ハハ……。怪我しちゃって……。ハルカはダンジョンに行かなかったんだね。連絡するの忘れてたよ。ごめん……」


「私たちはもうパーティーなのですからひとりで行くわけないでしょう!! 怪我は仕方ないですけど、あ、遊びに出かけるなら、私を誘ってくれてもいいじゃないですのぉ!」


「なんでハルカさんを誘うんですか。ただのお買い物ですよ〜」

 

 ノートさんが笑顔で返すけど、なんだか雰囲気がちょっと怖い。


「うぅ……。ズルい。今度からは私も誘ってくださいましっ!」


 本当にただのお買い物だったんだけど、ハルカは一緒に来たいのかな?

 明日からはまた地下迷宮(ダンジョン)探索を再開すると約束してハルカと別れる。



   ***



 大荷物を抱えた帰り道。のんびりと休日を過ごしているようで時間というものはあっという間に過ぎていく。早くも空の向こうが黄身がかって夕闇の気配が漂い始めていた。


「一日って早いですねぇ。もう三時ですよ」


「そうですねぇ。物騒なダンジョンとは違った穏やかな時間が流れているはずなのに」


「本当にそう思ってます? そうは言ってもロイさんはまた明日から何食わぬ顔してダンジョンに出かけていくんでしょう? まだ怪我しているっていうのに」


 うっ。鋭い!


「僕の場合、そうしないと生きていけないですから……。そういえば、ふたりに渡したいものがあったんです」


 ポケットから小さな袋を取り出す。

 先ほど荷物番をしている合間に見つけて、買っておいた物だった。


「開けて見てもいいですか? わぁ、綺麗」


「〈極彩鳥(レインボー・バード)〉の羽根をあしらった幸運のお守りです。あの日、ノートさんに声をかけてもらって、すごく感謝しているんです。ですから、これはほんの気持ちです」


「ありがとうございます……。とってもうれしいです」


「ムゥのは? なにぃ?」


「ムゥへのプレゼントは大樹(ジャイアントツリー)(・ベアー)のマスコット・キーホルダーだよ」


「きぃほるだー?」


「どこかにつけて持ち運べるちっちゃなぬいぐるみみたいなものかな」


「ありがとー。これどこにつけたらいいかなぁ?」


「ふふ。よかったですね。またこうして遊びに出かけましょう。お買い物のついででも構いませんから。休息も大事ですよ」


「はい」


「ムゥもっ、ムゥもまたおでかけしたいの。またアイス食べるの。こんどはちがうあじでね」


「うん。約束ね」「はい。約束です」「ゆびきりすーのね」

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