17 帰り道。助太刀。共闘。
昇格試験、茸親分を討伐した帰り道、地下迷宮内には地鳴りを伴った激しい戦闘音が響いていた。
「ずいぶんとドンパチやっていますわね。よほどの強敵なのでしょうか」
ハルカが不審げに言うように、第一階層に出てくるレベルの怪物と新人冒険者の戦闘が激化することは稀だ。
徹底した実力主義である地下迷宮は怪物も人間も強者のみを階下へと誘う。
命懸けの真剣勝負でも、第一階層を戦場にする彼らは耐久値的にも技量的にもまだまだ粗さの目立つひよっ子だ。決着は長くかからずに着く。
「すごいおと! すらいむよりつよい?」
「スライムよりもっとずっと強力なモンスターだろうね」
「もっとずっと……! (ゴクリ)それはかてない。やめといたほーがいいかも……」
渋い顔をしたムゥは腕をクロスさせてバツ印をつくる。
誰かがこの付近で戦っていることに気がついてから、結構な時間が経過しても勝負はまだ決着することがなく苛烈な音が辺りに響いている。
おそらく両者の実力が相当に拮抗しているのだろう。
「どうする? 様子を見に行ってみる?」
「パパ、むりしちゃだめ。だめーなのー」
僕が行けば自分もおまけでついていかなくてはいけないことを理解しているムゥが必死に制止する。
でも一度耳にしてしまうと、どうしてもそのことばかりが気になってしまう。
「獲物の横取りなどと、あとあと面倒なことになるのは御免ですけど、もし本当に窮地に追い込まれているのなら、見過ごすわけにもいかないですわ。うーん……。でもFランクの私たちが行って役に立つものか。悩ましいですわぁ」
「パパはいーらんく。かてそう?」
「厳密にはまだFランクなんだけどね」
ハルカが危惧する「獲物の横取り」とは冒険者同士の暗黙の了解を破るものだ。
冒険者の世界には「最初に戦闘になったパーティーが報酬を手にする権利を得る」というルールがある。
しかし、地下迷宮で誰も見ていないのをいいことに、他の冒険者が瀕死に追いやったモンスターにとどめを刺してドロップアイテムを掠め取る不届き者も中にはいるらしい。
ただし、ピンチに陥っていた場合は例外で、迅速な助太刀を求められる。そこら辺の匙加減が難しいところだ。
異変を感じ取ってしまった以上、無視することはできないと音のする方角へ歩いていく。
ところどころに枝が折れたり、樹皮がめくれた樹が目印のように点在しているので戦闘の形跡を辿るのは容易だった。
「ロイ。いましたわっ。あそこです」
林の向こうで数人の冒険者のパーティーが中型の怪物と戦っている。
「フランッッ。魔法いけるかっ?」
「あいっ! いけるでよ。おっきいのいくだ。巻き込まれるでないぞっ。【火炎風舞】」
「フランッ! もっとちゃんと狙わんか! 掠っただけでないかっ!」
「あぅ、すまぬ……。相手がすばしっこいで、どうもなぁ。ガウル、もう少し魔法を当て易いように弱らせるなり、追い込むなりしとくれっ」
「あんま無茶言うなっ。こちとら、あんたらを守るので精一杯だっつーの」
僕の目には強力な火属性魔法に見えた攻撃も直撃を免れてみせた鹿の怪物。
「あれは〈枝角鹿〉?」
「ええ。本来、温厚なモンスターのはずなのですわ。どうしてあんなに激昂しているのでしょう」
荒れ狂ったウッドホーン・ディアが俊敏な動きで自らを標的に飛翔する魔法を躱しながら、枝でできた硬い角で冒険者を突き上げようとその距離を詰めていく。
「ああ、なんだよっ、そっちには行くっなぁってーの!」
このパーティーの中で前衛職なのだろう虎人の青年が剣を振るうけど、その身体に浅くしか傷をつけることができない。
「硬ぇな、おいっ!」
後ろにいる大柄な竜人族の男性と小人族の少女が魔術師なのだろう。
「ずいぶんとパーティーバランスの悪い構成だね」
「おそらく【魔女の大鍋】の派閥なのでしょうね。あそこは極端に魔術師の多い派閥ですから。前衛の彼では決定力に欠け、後衛の二人の魔法では素早い相手に当たらないので、戦いが長引いているんですわ。なんですの? 驚いたような顔をして」
「いや、(あんなに弱いのに)分析力はあるなぁって思って」
「何か言葉を飲み込みましたわね。私にはわかるんですのよおぉぉ!」
「ちょっ、静かに! バレるでしょ!」
茂みで小競り合いをする僕ら。
その先で虎人の青年が踏ん張ってはいるけれど、ウッドホーン・ディアの方は明らかに標的を後ろの二人に定めているから、突破されるのは時間の問題だ。
「次の魔法撃てるかッ?」
「も、もうちょっと待つのじゃ」
「儂も同じくっ!」
「ちくしょお、なるべく早く頼むぜェェ」
虎人の青年の剣は攻撃を予期していたウッドホーン・ディアの幾重にも枝分かれした角によって防がれてしまう。
「なぁっ!? 不味いっ。抜けるぞっ」
魔法発動前の動くことのできない魔術師に向かって突進していく。
魔術師は魔法の詠唱を途中で取り止めすると暴発する可能性が高いので一度始めた魔法をキチンと発動せねばならず、著しく機動力に欠ける。
そのために彼らを守護する前衛がいるのだが、前衛が突破されてしまえば詠唱中の魔術師は無防備に殴られるだけの案山子同然だ。
「これ以上は見ていられないのですわ。ロイ、行きますわよっ。私があのモンスターを引きつけます」
「ムゥは? ムゥは何する?」
「僕におぶさって応援して」
「むー。せんりょくがい……」
僕らも身を潜めていた茂みから飛び出した。
「こっちですわっ!!」
「なんだっ!?」「他の冒険者じゃ!」
盾を構えて重心を低くし、来る攻撃に備える。
ウッドホーン・ディアは急転回してハルカに狙いを定める。さすがいいカモ。効果は絶大だ。大盾が凹むほどの角突きの衝撃は凄まじく、ハルカが踏みしめた脚が地面に沈み込んでいる。
「うぐっ! ロイ、支援を!」
「わかってる!」
昇格試験を成功して頭から抜け落ちていたのかもしれない。
地下迷宮は理不尽な出来事ばかりが起こるってことを。
——ズシャアァン。
ウッドホーン・ディアとの戦いで弱った冒険者を捕食しようと樹上で様子を伺っていたモンスターがこのタイミングで乱入する。狡猾に漁夫の利を狙う悪党だが、モンスターに冒険者のルールを説いても仕方ない。
僕には見慣れた多腕の猿。仇敵、ブラッディ・コングが戦場に降り立った。
その余波でハルカと組み合っていたウッドホーン・ディアが身を引いたために、魔術師たちの放った魔法は虚しく外れていく。
敵味方が入り混じる混沌な空間で生き残りをかけた第二ラウンドが始まる。




