16 E級昇格試験
「そういえばロイさん、先日の〈植物乙女〉の【強化種】の一件でステータスが大幅に上がりましたよね? どうです、E級昇格試験を受けてみませんか?」
「でも、僕まだ冒険者になってひと月ぐらいですよ。いくらなんでも時期尚早なんじゃ……」
「たしかに異例ではありますが、ロイさんの現在のステータスだったら充分にその資格があるはずです」
クララさんの言うとおり、怪物氾濫を乗り越えた僕のステータスは大幅に上昇していた。
そしてEランクに昇格するための試験の参加資格は【能力値の合計値が200以上であること】だった。
現在の僕のステータスはこのようになっている。
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ロイ・アスタリスク
筋力| 69
耐久| 54
魔力| 9
敏捷| 71
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数値的な面だけを見ればクリアしている。ただ、技術や経験が圧倒的に不足しているのではないかと思って躊躇していたのだ。
「すごいことなのですわ。何を迷うことがあるの? ぜひ試験を受けるべきなのです」
僕とムゥだけで怪物氾濫を攻略したことを聞いた当初は不満を漏らしていたハルカがすごい圧で勧めてくる。
「うーん。そうなのかなぁ?」
「これは補足ですが、昇格するとギルドから五万エルンが支給されますよ」
「へぇ〜。そうなんですか。なるほどね、五万エルンを……。クララさん、ちなみに昇格試験というのはどんな内容なんですか?」
待ってましたとばかりに机の下から資料の束を取り出してくる。
「はい! Eランクへの昇格試験は〈茸親分〉の討伐になります」
茸親分は大きなキノコのモンスターだ。
深緑色の疣だらけの笠。その下の太い軸の部分に皺だらけの顔があり、大きな脚が生えている。歩く茸の怪物だ。
このモンスターはとても厄介で、安全圏から胞子を撒き散らし、大量の小型モンスター子兵茸を産み出すのだ。
そもそもが個体数の少ない希少モンスターでありながら、倒すのに異常に時間がかかるだけで大した旨味のない害悪モンスターとして知られている。
かく言う僕も一度だけ見かけたことはあるもののまだ倒したことはない。
「ドン・マッシュルムを討伐して、その証明として〈茸親分の任侠笠〉をギルドに提出していただくとめでたくEランクに昇格となります」
ん? ただ倒すだけじゃ駄目ってことなのか。
「ドロップアイテムが落ちないこともありますよね? その場合はどうなるんですか?」
僕の素朴な疑問にクララさんはとてもいい笑顔で
「はい。運も冒険者の重要な要素ですから、ドロップするまで討伐してください」
と言い放つ。
嘘だよね!? 見つけるだけでも大変なモンスターだよ? もし一回目でゲットできなかったら、と想像すると気が遠くなりそうだ。さ、さすがギルドの昇格試験、鬼のような難易度をしている。
「昇格試験でも普段のパーティーの皆さんで挑戦してもらって構わないので、安心してください」
すみません。ちっとも安心できません。
逃げるのが得意な僕と破天荒な幼女と怪物ホイホイのエルフという問題児パーティーなんです。
それでも結局、五万エルンの誘惑に負けて昇格試験を受注したのだった。
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「理解ってはいたことですけど、なかなか見つからないですわね」
生い茂る硬い葉をかきわけてハルカが言う。
昇格試験に挑む僕らはダンジョン内を血眼にして探し歩いていた。ただ探すだけでなく、簡単な採取や出くわしたモンスターとの戦闘も逐一行っている。効率は落ちるけど、日銭を稼がなくてはいけないので仕方ない。
五百万エルンの借金の返済に追われているので、一向にお金が貯まらないのだ。
ダンジョンの奥地に足を踏み入れると空気がひんやりとして、足元には鮮やかな黄緑色の柔らかな苔が絨毯のように一面覆い尽くしていた。
「きのこ、はっけーーん」
空気がジメジメとしているせいかそこらじゅうにキノコが生えている。
ムゥはキノコの群生地を通過して奥の茂みに突っ込んでいく。
「周りを気にしないと危ないぞー」
『ぶふぉ!?』
「あはははっ! すっごいゆれるのー」
「ええっ!? 出ましたわぁ!」
探し続けていた茸親分が飛び出してくる。腰にはムゥがしがみついている。臆病な性格なのでムゥに飛びつかれて驚いたのか、必死に胞子を撒いて子兵茸を召喚する。
「ムゥ! 危ないから戻っておいでっ。ハルカはムゥが帰って来れるようにポーンを引きつけて」
「はいはい。任せてくださいな。ほら、こっちですの!」
湧いたポーン・マッシュルムの注目がハルカに集中する。
ムゥがトコトコと走って戻ってくる。
「ムゥはハルカを助けてあげて」
「あいっ! ルビィちゃん、ひ。ひぃだして」
火龍の赤ちゃんが召喚されて飛び出してくる。
『ピイッ。ボオォォォ』
『ふんぎゃあ〜〜』『ぎゃあ』『ぎゃあ』
炎は嫌いなのか、蜘蛛の巣を散らすように一斉に逃げ回り始める。あっちはルビィがいれば大丈夫そうだ。
「それじゃあ、僕はこっちを……」
『ぷもっ!?』
追い詰められたことを察したドン・マッシュルムが身体を激しく揺すると笠から再び胞子が噴き出す。
だが、今回のものは子兵を産み出すものとは違い、状態異常を付与するタイプの胞子だ。
追い込まれると、麻痺・毒・睡眠のいずれかの状態異常を付与する胞子をランダムで吐き出す。
胞子を吸い込まないように距離をとるとその隙に逃げ出してしまう。
(もう一回探すのは絶対に嫌だッ! と言うことは前進あるのみッ——)
レッグホルダーからポーションの瓶を口に咥え、充満した胞子の霧の中に突っ込んでいく。
苦しいから今回の状態異常は〈毒〉だったのだろうけど、小瓶の中のポーションを飲み干して即座に回復し、強引に誤魔化す。
「そりゃあぁぁぁ」
毒霧の中から現れた僕に驚愕する。ドン・マッシュルムには腕が存在しないため、接近されてからの攻撃手段には乏しい。せいぜい突進や飛び蹴りのようなものだ。威力も大したことはないし、避けられる範囲の技でしかない。
『ぶふぉ!?』
切りやすいよう繊維に沿って上から縦切りにする。
無事にキノコを調理完了だ。
肝心のドロップアイテム〈茸親分の任侠笠〉はというと——。
倒れた跡に残されたドン・マッシュルムの穢れた帽子。
「あったぁ! はあ〜。よかったぁ〜」
「ロイ、よかったですわね」
「パパ、みて、キノコいっぱーい」
ポーン・マシュルムの大群を倒し終えて戻ってきたムゥは子兵からドロップしたキノコを山盛りに抱えている。
『ピューイ♪』
「ルビィちゃんもありがとうね」
火龍の子どもであるルビィがいてくれて助かった。ハルカを支援してくれる攻撃役がいると、その分僕は別のモンスターに集中できる。
「これでめでたくEランク冒険者ですわね。私もすぐに追いつきますわぁ!」
「ムゥもいーらんく、なる。ふんすっ、ふんすっ」
僕のランクアップに刺激を受けたのか、2人とも鼻息荒くやる気に満ちている。
「この試験、たいへんだからふたりいっぺんに受けてくれると助かるなぁ」
「自分が終わったからってずいぶんテキトーなのですわ!?」
ハルカはそう言うけれど、しばらくはやりたくないなと思うような任務だったよ……。延々と遭遇率の低いモンスターを探して歩き回るのが精神的にクるのだ。何はともあれ、これで僕もEランク。この迷宮都市に来て、早いような長いような不思議な気持ちがする。
「さあ、帰りましょう! おうちに帰るまでが昇格試験ですわ」
「それを言うならギルドに提出するまでは、じゃないの?」
「そんなもの、どっちでもいいですの」
軽口を叩き合いながら、きのこ狩りを終えた僕らは帰還する。




