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間章 お値段 HOW MUCH ?

 ダンジョンから帰還した僕らは冒険者組合(ギルド)の一画にある換金所にやってきていた。

 バックバックいっぱいに拾ってきたアイテムを渡して査定が終わるのを待っている。



「マンドラゴラの生け取り?」


 ギルドの換金所の主人、人間族(ヒューマン)のルーカスくんが僕らにそう不思議なお願いをしてきた。緩いウェーブのかかった紺色の髪。童顔に大きな丸眼鏡をかけている。小柄な僕よりも頭半分小さく、ギルド職員の制服も微妙にサイズが合っていない。


 熱狂的なドロップアイテム信者で冒険者が持ち寄る素材を頬擦りして涎を垂らさんばかりに扱うさまから「変態」と呼ばれている。


「はいっ! ロイさんたちにぜひともお願いしたいんです」


「お願いしたいと言われても……そんなもの、いったいどうやって? 目と口だけの可愛い顔して土から引っこ抜いた瞬間に叫び声(デスボイス)を発するじゃないですか。叫んだと思ったら魂が抜けたように動かなくなっちゃうし」


 大の大人でも気絶してしまうようなマンドラゴラの断末魔を聞くと運が悪ければ死んでしまうこともある。採取ともなると冒険者も命懸けだ。


「僕の調べたところですねぇ、上手く叫び声をあげさせずに収穫する方法があるんです!」


 もし本当にそんな方法があったら革命的な発見だ。


「それはっ、それはいったいどんな方法なんですの? とっても興味深いですわ」


「それは——」


「(ごくっ)それは……?」


「秘密です」


 口元に人差し指を当て片目を瞑る。


「なぁ!? ロイッ! このヒトふざけてますわっ! ぐぬぬぬぅ……。あれだけ期待させるようなことを言っておいてぇぇ。私を愚弄するとは良い度胸ですわぁ! 表に出なさあぁぁいっ」


「ハルカ、落ち着いて! まあまあ、他の人が僕らにすっごい注目してるからさ。一回落ち着こう。ただでさえ僕らは有名人になりつつあるんだから」


「ムゥたち、ゆーめいじん?」


「悪い意味でね」


 近頃、幼女を連れて危険なダンジョンに潜る【子連れ探索者】として噂されているらしい。冒険者たちに陰でどんなことを言われてるか知れたものじゃないので気にしないようにしている。


「でも、秘密なのにどうしてこんな話をしたの?」


「ですからお願いがありまして……僕とダンジョンに一緒に行って護衛をして欲しいんです!」


「……? ギルド職員がダンジョンに潜ってもいいんですの」


「じゃーーん!! 実は僕、ドロップアイテムが好きすぎて冒険者ライセンスを持ってるんですっ。ギルドの仕事の合間に自分でダンジョンにも行ったりしていてですね。戦闘の方はテンで駄目なんですけど……。マンドラゴラの生け取りの方法を思いついたんで試したいんですよぅ。ただ採取している時にモンスターに襲われたら危ないじゃないですかぁ? その間に守ってくれる人が必要なんです」


「なんでその役目を僕たちに?」


 僕らなんて轟くのは悪名ばかりで実力は揃って最低ランクのF級だ。お世辞にも護衛に向いてるとは思えない。


「だって子連れ探索者と呼ばれている人たちですからっ!」


 その一言で僕らの表情はゼロになる。


「こんな小さい子をモンスターから守っているなら、僕が1人増えても大丈夫かなーって。ねっ、お願いします! もちろん依頼として報酬は出しますからっ」


 もうその後にルーカスくんが何を言っていたのか耳に入っていなかった。



 第一階層にもマンドラゴラは生育している。回復草(ヒール・フラワー)と同じようにありふれた植物なのだ。マンドラゴラを植物に分類していいのか微妙なところだけど。


 迷宮教典(ダンジョン・レコード)の情報を頼りに地面からわずかに露出している葉の形で判別しなくちゃいけない。


 そしていつもの如く、発見したマンドラゴラの群生地であっという間にモンスターに囲まれてしまう。


「ごめんなさい、私のせいですわ。私のスキルはモンスターを引き寄せてしまうんですの」


「うひゃあ!? なんですか、そのスキル!」


 ルーカスくんがモンスターの大群に悲鳴に近い声をあげる。

 僕たちは慣れたもので、ひどくなければ勝手にモンスターが来てくれていいやぐらいに思っているんだけど、知らない人はそりゃびっくりするよね。


「私に訊かれても困りますわっ」


「こんなにモンスターに囲まれちゃ、まずいですよぉ。どうしよう……。ううぅぅ〜〜。ごめんなさいっ! えいっ!」


「きゃあっ! ぺっ、ぺっ。何するんですの!」


 ルーカスくんは肩に掛けていた鞄から小袋を取り出すとその中身をハルカにぶち撒けた。


「僕が配合した香水袋(パフュームバッグ)です。中にモンスターが好む甘い香りを発する物質が含まれているんですよ」


 その効果は絶大でモンスターは怖いくらいにハルカしか見ていない。ジリジリとハルカに迫っていく。


「とりゃあっ! このっ。これが終わったら覚えておきなさぁーい」


―――――――――


――――――


―――


「ぜーはー、ぜーはー。モンスター倒し終わりましたわよ……」


 僕らが辺りのモンスターを処理して戻ってくると涼しい顔をして迎える。


「ちょうど、こちらの準備も終わりました」


「そうですの……。早くやってくださいまし。これで失敗したら、私自分を抑える自信がありませんわ」


「た、たぶん大丈夫ですっ。いいですか、それではいきますよ。はああっ。【|消音付与《エンチャント:サイレンス》】」


 もともとの【消音(サイレンス)】は足音や気配を消して、モンスターの不意を打ったり逃走するのに使われる魔法だ。


「それを対象物に付与する魔法です。いま、マンドラゴラは消音状態なのですべての動作に音がしないはずです」


「これで引っこ抜けばいいの?」


「はい。勢いよく抜いてみてください」


「いくよっ。えいやーー」


「ぬけたっ!! さけばない?」


 みな、恐る恐る耳を塞いでいた手を離す。どうやら成功したみたいだ。


―――――――――――――――――――――――

【生きたマンドラゴラ】

取引価格:不明


《説明》

 断末魔をあげさせずに収穫したマンドラゴラ。

 短い2本の脚で器用に歩くことができる。日中活発に行動し、夜になると眠る。機嫌の良い時に軽く歌う。その歌声を聴いた人間は気絶してしまう。

―――――――――――――――――――――――


『まあ。まぁ〜〜!』


「鳴きましたわ! この子、鳴きましたわよ?」


 消音状態が解除されたらしく、マンドラゴラが小さく声を出した。断末魔の100分の1くらいのか細い声だ。空中で足をパタパタと動かす。


「歩きそうですわよ? 手を離したら逃げ出しちゃうんじゃないかしら」


「そうですね。一応ケースに入れておきましょう」


 狭いケース内をジタバタと走り回る。葉っぱがわさわさと揺れる。


「偉業ですねっ。これから研究したり?」


『まぁー。ごらー。ごらー』


「そう思ってたんですけどね。こんなに可愛くちゃ解剖したり、売ったりなんてできないですよぉ。そう言う意味では大赤字ですうぅぅ。でも可愛いぃぃ! 責任を持って僕が育てることにします。今日はありがとうございました。また何かあったらお願いしますね?」


「お断りなのですわっ!」


 彼に対する印象が最悪だったのか、ハルカは怒って先へ行ってしまう。


「あははは。僕、彼女に嫌われちゃいましたかね。これ渡しておいてください。ロイさんが渡した方がいいと思うんで。香水袋(パフュームバッグ)です。ただし、さっき使ったのとは反対にモンスターが嫌いな匂いを出すのでモンスターが寄り付かなくなります」


「ありがとう。でも、これで機嫌がなおるかは……五分五分だと思うなぁ……」


「ムゥはダメだとおもうー」


 ムゥにそう言われるとそんな気がしてきてルーカスくんと顔を見合わせて苦笑いするしかなかった。

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