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01 ダンジョンに夢見る少年は最弱冒険者でした。

「はあ、はあ……。うわぁっ」


 これでもかと土埃(つちぼこり)と小石の(つぶて)を僕に浴びせながら、大勢のひとを乗せた馬車がすぐ横を通り過ぎていく。


 目指す迷宮都市までの道中でいったい何台の馬車に追い抜かれただろう。


 ダンジョンを中心として発展した迷宮都市ルーナップ。

 地下迷宮に導かれるように集まった冒険者たち。そんな冒険者相手に商機を見出した商人らが集まり、やがてひとつの街ができた。それがルーナップだ。


 地下迷宮(ダンジョン)が下へ下へと攻略されるに従って、地上の街もどんどんと発達してその規模を大きくする。小人族(ドワーフ)の大工たちが勝手気ままに増築を繰り返した街は建物が乱立し、外縁(がいえん)に行くほど街路は複雑に入り組んで迷路のようになっているらしい。


 そこにはこの世のすべてが詰まっている。富・名声・力。


 うー。僕も一刻も早く街に到着して、ダンジョンでじゃんじゃんモンスターを倒したい。そして冒険者として成功して大金持ちになるんだ!


 そう力強くこぶしを握ってみても、現実は馬車に乗るお金もなく、故郷を出発してから今の今まで自分の足で歩くこと30キロメートル。もしここで無駄にお金を使ってしまったら街に着いてから装備を買い揃えることができなくなってしまうから頑張っているけど、途中ホントに何回か心が挫けかけた。


 というわけで、もう十分わかってもらえると思うけど、現在の僕は超貧乏なのだ。

 だからこそ、迷宮で一旗あげてやろうとこうして鼻息荒く歩いているわけで。

 とにかく最低限の武器と防具がなくちゃ始まらない。


 そのためにあと少し、頑張って歩こう。



   ***



 やっとの思いでルーナップに辿り着いた頃にはすっかり夕暮れだった。

 街壁門での審査が思ったより混雑していてなかなか街に入れないとは予想外だ。街がすぐそこに見えているのに足踏みせざるを得ない状況はなんとも歯痒(はがゆ)かった。


 僕は夕飯時で帰宅する人で混み合うなかをすり抜けるようにして走り、一目散に冒険者組合(ギルド)に飛び込んだ。

 カウンターに激突する勢いで突っ込んでいく。


——バンッッ。


「冒険者になるための手続きをお願いしますっっ!」


「は、はいっ」


 ギルド職員の獣人族(アニマ)のお姉さんは僕の鬼気迫る表情に怯えている。

 おお……! 猫耳だ。僕の故郷の田舎町には人間族(ヒューマン)しかいなかったので新鮮な気持ちがする。


 まずはこの冒険者組合(ギルド)で手続きを行わないとダンジョンに入場することができない。命の危険がある場所だし、冒険者同士のトラブルも少なくないと聞くから安全のために必要らしい。


 まず登録料として一五〇〇〇エルンを支払う必要がある。

 駆け出し冒険者の(ふところ)に大ダメージを与える金額だ。(ああ、一五〇〇〇エルン。僕の一週間ぶんの食費……)


 それでも、怪物(モンスター)に関する情報や既に踏破(とうは)された階層の地図(マップ)などを教えてもらえるので必要な経費ではある。

 そして冒険者組合(ギルド)に入会するともうひとつ特典がある。

 それが〈迷宮教典(ダンジョンレコード)〉と呼ばれる何も書かれていない白紙の本だ。


 ダンジョンで出会ったものに関する情報——怪物(モンスター)の生態、弱点、ドロップアイテム、植物の名前、効能等——を自動筆記で記録してくれるという優れた本なのだ。


 黒の革張りの装丁をした真っさらな本を受け取る。

 開いてページを(めく)ってみると中は本当に真っ白だ。顔を近づけてすんすんと嗅げば、新品の紙の匂いがする。


 手続きとは往々にして長いもので、個人情報を書き込んだり、承諾書にサインしたりと書類の束と格闘しなくちゃいけない。

 ああ、一分一秒でも早くダンジョンに行きたいのに!


 最後に僕が冒険者としてどのくらいの素質があるか、現時点での能力値(ステータス)を測定をする。


 ステータスの合計値によってギルドの定めるA〜Fまでの等級が与えられるのだ。上位ランクであればあるほど地下迷宮の深部へと潜ることができ、出現する怪物(モンスター)の強さも上がる代わりに報酬も高くなる。僕もお金持ちになるからにはこのダンジョンの深くを目指さなくてはいけない。


 僕は期待に胸を膨らませて計測器に手を乗せた。

 腕にベルトを巻いて手のひらを上にして台に置いた姿は、昔おじいちゃんの家で見た血圧計を使うのと似ている。一瞬、ベルトがギュッと締まってすぐに緩む。


「はい。もう測定が終わっていますから外してもらって大丈夫ですよ」

 

「エッ! もういいんですか?」


 あっという間にステータスを測り終えたらしい。もっと仰々しい儀式的なものを想像していたので、随分と呆気ないというか拍子抜けだ。でも大きい声を出してしまって、勇んでやってきたのに田舎者丸出しで恥ずかしい。

 ほっぺたが熱いや。今、僕の顔は真っ赤なんじゃないだろうか。


 顔を隠すように羊皮紙に書かれた僕の能力値(ステータス)を見る。


―――――――――――――――――――――――――

 ロイ・アスタリスク  人間族(ヒューマン)・男


 等級:【F】 職業:【なし】


  筋力|8

  耐久|7

  魔力|0

  敏捷|9


 スキル:【なし】

 魔法 :【アイスニードル】/【ブリザードウォール】/【サウザンドヒール】

―――――――――――――――――――――――――


(うわ…僕の能力値、低すぎ…?)


 ……。見事なまでに並んだ一桁の数字。そして空欄。導き出される等級は当然のごとく最低のFランク。

 僕、冒険者としてやっていけるかな?


「大丈夫ですよ! はじめはみんなこんなものですから」


 よほど悲壮な顔をしていたのか、受付のお姉さんに励まされてしまった。


「こ、これはっ! ロイさんは珍しい氷魔法に適性がありますっ。それに初めからふたつも使えるなんてすごいですよ」


 クララさんの反応に周りもざわざわとし始める。そ、そんなにすごいのかな?


「しかも貴重な回復魔法も使えるじゃないですかっ! これなら、どこでも活躍できますよ」


「本当ですかっ!」


「君、僕らのパーティーに入らないか」

「注目のパーティー〈雷虎の剣〉が行ったぁぁーー」

「ちょっと抜けがけ禁止よ。私たちのとこに来るんだよねぇ?」

「ちょっと待ったぁ、ヒョロい君は俺たちのパーティーで鍛えるといいっ!」


 一斉に僕をスカウトしにギルドにいた冒険者がスカウトしにやってくる。え? え? そんなに使える魔法なのっ。


 魔法はどんなタイミングで発現するのか判明していないから、最初から魔法を覚えているのは大きなアドバンテージになる。それなら多少ステータスが低くてもなんとかなるかもしれない。なんだかワクワクしてきた。


「ステータスのところ、魔力の欄が0なんですけど大丈夫ですよね?」


 ずーっと気になっていたポイントを質問する。


「え?」


 クララさんの動きが固まる。彼女はずり落ちた眼鏡を直してまじまじとステータスを確認する。


「本当だ」

「0なんて奴いるのか」

「それじゃ魔法が使えないだろ」


 僕の魔法に注目して集まった人たちがステータスの書かれた紙を覗き見て騒ぐ。


「えーっと……使えません♡」


「そ、そんな……」


 せっかく良い魔法を覚えているのに魔力がないばっかりに使えないなんて、そんなのあんまりだ。有望株が現れたとスカウトしにやってきた冒険者の人たちも蜘蛛の子を散らすようにいなくなってしまった。宝の持ち腐れじゃねえかと捨て台詞まで浴びせられる始末だ。


 これで噂が広まったら僕とパーティーを組んでくれる人もいないだろうな。


「レベルアップしていけばステータスが上がるかもしれないですし、大丈夫ですよっ」


 クララさんが励ましてくれるけど「はい……」と力なく返すことしかできない。


「ダンジョンは危険な場所ですから、冒険者になりたてのうちは特に! 特に! 注意してくださいね。できるだけ大人数で潜ってください。能力値(ステータス)の上がっていない一回目の潜行は生還率が皆さんが思っているよりも高くないですから」


 それにしても、こんだけ言われるってことはやっぱり僕の能力値(ステータス)って低いんじゃ……。

 終わり際、ギルドのお姉さんに念を押されてしまった。


「冒険者になったからって浮かれてはいけませんよ。ダンジョンの中ではいつでも冷静にいてくださいね。鉄則です。夜のダンジョンは危険ですから、今から潜るなんて真似、絶対にやめてくださいね」


 それから二五〇〇〇エルン(僕の一ヶ月ぶんの家賃!)を支払って初心者用の防具と長剣を購入する。


 うん。一番簡素な初心者感いっぱいの装備だけど、身につけるとなかなかいい感じじゃないかな? 


 能力値(ステータス)は最低だけど。


 それでも、これから僕の冒険者生活が始まるんだ!

 僕は気持ちが込み上げてきて、両手を高々と天に突き上げた。

《迷宮都市ルーナップ》

 十数年前に突如として誕生したダンジョンを中心として建設された街。

 名物は露店で販売されるピタパン。

 片手ですぐに食べられることから冒険者の間で広まった。

 ふんわりとした生地に挟まれている濃厚な味付けのお肉が何の肉かは謎だが、おそらくなんらかのモンスターの肉だと言われている。美味しいので皆、気にしない。

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