15 VS アルラウネ【強化種】
(しまった! 怪物氾濫かっ——!)
怪物氾濫とは何らかの要因で怪物たちが一箇所に留まってしまうダンジョン内の現象だ。
不思議なことに一度モンスターハウスが発生すると、まるでそこに吸い寄せられるかのようにモンスターが集まってくる。そして階層内を自由に移動できるはずのモンスターがその空間に居続けるのだ。
そうすれば何が起こるか。
やがて空腹に耐えられなくなった獰猛な怪物が同胞を喰らい、数が減った分だけ、補充されるように再びモンスターが吸い寄せられるという悪魔の仕組みが構築される。
解決するには一帯のモンスターを一度全滅させ、蔓延った不穏な魔力を霧散させる他ない。
同胞を共喰いした怪物は大幅に力をつけ、回数を重ねると《強化種》として、もはやまったく別の上位モンスターへと変貌を遂げてしまう。それがモンスターの存在進化だ。
平等なダンジョンでは冒険者がステータスを成長させるように、モンスターもまた戦闘を経験してアビリティを伸ばしていく。
手の負えないモンスターを生み出してしまう前に怪物氾濫は迅速な解消が求められる。
出くわしてしまった時の対処方法はとにかく多対一を避けること。囲まれないように注意を引きながら、相手が数の利を得られない狭い空間に移動して、ひたすら一匹ずつ数を減らしていくことだと言われている。
(おそらく、冒険者が失踪している原因はコレだ——)
迷宮仕込みの天然の蠱毒の壺。
情報がなかったのは冒険者が逃げ帰ることができずにモンスターハウスの存在が公に伝わらなかったからだろう。
大人数のパーティーだろうと溢れ来る怪物の波に飲み込まれてしまえば、あっという間に全滅してしまう。
(つまりは現時点で生還できた人が一人もいないということだろうな)
スライム、ゴブリン、コボルトにフォレスト・ボア。
第一階層で発生した怪物氾濫ということもあって一体一体のモンスターは僕でも容易に倒せるモンスターばかりだ。
「——ッ。問題は数なんだよなぁ」
いの一番に襲いかかってきたせっかちなゴブリンのガラ空きの胴体に愛用の長剣を叩き込み、時間差で飛び込んでくる第二陣の先頭を走るコボルトに前蹴りを食らわせる。
『ガヴゥッ!?』
体勢を崩したコボルトは後ろに続くモンスターにぶつかってドミノ倒しに転倒し、盛大に巻き込んで団子状態になった。折り重なってもたつくモンスターの山に〈火球瓶〉を投げ込むと、辺りの植物も巻き込んで大きな火が上がる。
唯一の通り道が激しく燃えたことでモンスターにも躊躇が見られた。
(この隙に離脱しなくっちゃ)
今の僕に求められるのは生きて帰ることだ。
「うわっ!」
「上からスライムきたっ!」
引き返そうとする僕らの前にスライムが降ってくる。炎の向こうから何者かがスライムをこちらに投げて寄越しているんだ。
怪物が怪物を飛び道具として投擲するなんて!
集団の中に明らかに知恵の働くヤツがいる。
それがきっと《強化種》に違いない。
絶え間なく降り注ぐスライムの雨に、処理しても処理してもキリがない。おまけにドロップした〈スライムの粘液〉が回収できずに地面に溜まっていくので足場は悪くなる一方だ。
スライムに手こずっている間に炎の勢いも弱まり、背後では再びモンスターの進軍が始まる。
「ああ、ちくしょう! もう、やってやるよっ!!」
少なくとも今は数を減らさない限り、逃げられないことを悟った僕は思いっきり吼えてモンスターたちの大軍に向かって突っ込んでいく。
戦法は先程と同じように斬っては逃げるの繰り返し。
モンスターたちの連携がごちゃついたり、どうしようもないピンチの時は〈火球瓶〉を使用した。
火球瓶の予備を大量に持っていてよかった。
魔法が使えない僕が遠距離攻撃の手段として無詠唱で〈火球〉級の炎を生み出せるのは大きい。特に今回のように大量のモンスターがいて相手も逃げ場が少ない状況では火が活きる。
永遠にも思える長い戦いが続いた。
何十体、何百体のモンスターを倒しただろう……。
剣を握る手の握力が失われ、柄にまで滴ったモンスターの血が余計に滑らせる。
しかし相手の数も目視で数えられるくらいに減っていた。
身体の疲労よりも連戦で酷使した頭がぼーっとして目が霞んだ。もう一度気合を入れ直す。もはや逃げることは考えていなかった。
(ここまで来たら僕が全部倒すんだっ)
一番後ろに控えるのが今回の怪物氾濫において生まれた《強化種》だろう。
元のモンスターはおそらく〈植物乙女〉だ。
上半身は女性、下半身は棘だらけの太い無数の荊をスカートのように半球状に纏った怪物なのだが、明らかに様子が異なる。
〈植物乙女〉の名のとおり、下半身の荊は本来自然な青々とした緑色のはずが、目の前の《強化種》はその先端が毒々しい紫に染まっている。彼女の若草のような髪も死んだ沼のように湿り気を帯びて濁っていた。
『ううぅぅゔあぁあぁぁ!』
周りを護衛しているモンスターを処理しようとすると、荊を鞭のように叩きつけてくる。
ヴィヴィットな紫の荊が触れた地面はジュッという嫌な音がして溶解した。
「あながあいたよぉ。とけた! あぶない」
「やっぱり毒持ちか」
あの彼女の意思で変幻自在に動く触手のような荊は防御不能というわけだ。安易に剣で受ければ武器を失うことになりかねない。
最後の〈火球瓶〉を使用して彼女の取り巻きたちを倒し切る。
植物系モンスターなので炎が苦手そうだったから、できることなら切り札としてとっておきたかったが、一対一の状況を作り出すために仕方ない。
毒手の連打を最小限の動作で躱し、毒の付着した荊の先端だけを切り落とす。
神経を極限まで研ぎ澄ませて実現する曲芸の域の技だ。
『ゔゔぅぅぅ、ぐゔわああぁぁぁ』
一本失ったとて彼女の足元ではまだ無数の荊が蠢いている。このまま遠距離で捌き続けるのは非現実的だ。
——ジュッ。
「うぐっ」
考え事をしていると手元が狂って溶解液まみれの触手を一刀両断してしまう。毒の荊を斬った剣の先端は熱したバターのように溶けて潰れている。
思考停止することなく、ガラクタ同然となった愛剣に別れを告げ、地面に散らばったアイテムの中から二振りの〈小鬼の小剣〉を拾い上げる。もう一本を鞘に無理やり差し込む。
寄せては返す波のように襲い来る荊に向かい、疾駆する。
毒手は切り落とすのではなく、はたき落とすイメージ。
(ただ、いまは彼女に最短で近づくことだけを考えろっ!)
剣が焼け、振るった拍子に液体に変わった金属が飛び散る。剣だったものはもう不恰好で歪な棒でしかない。
とうとう痩せ細った刀身が根元から折れた。
彼女が勝ち誇ったように『ニィィ』と笑う。
「まだだッ!!」
使い潰された剣を手放し、本命の腰に差していた無傷の三本目を彼女の胸に突き刺す。
『ゔぅぅ……あぁぁ』
彼女の目から光が消え、だらりと腕が下がる。上半身を支えていた荊は張りを失い、やがて力なく横たわった。
「お、終わった……」
夥しい数の怪物の残骸に囲まれて立ち尽くす。
鎧は一部が溶け、剣を失ってしまった。衣服は怪物の返り血なのか、自分の血なのかわからない血に塗れてどす黒く染まっている。
「これは……。ドロップアイテムを持ち帰らないと赤字だなぁ」
「むふー。アイテムいっぱい」
ムゥがとことことこと忙しく走り回りながら、アイテムをポシェットに入れている。
僕も休憩を挟んで、山のようなアイテムをバックパックに詰め込んで地上に帰還する。
冒険者組合で僕の惨状を見たクララさんにこっぴどく叱られたのは言うまでもない。
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『今回の冒険』
【討伐した怪物】
・小鬼×83
・粘液玉×102
・狼人×76
・森林猪×48
・打擲蝶×30
・格闘蛙×51
・蹴脚兎×27
・耳刃兎×22
・大蜜蜂×25
・植物乙女【強化種】×1
【能力値】
ロイ・アスタリスク 人間族・男
等級:【F】 職業:【騎士】
筋力|22 → 69
耐久|19 → 54
魔法| 4 → 9
敏捷|25 → 71
スキル:【勇者一片】
「えぇっ!? ステータスが3倍近く上昇しているんですけど……。こんなことありえるんですか?」
新しく測定されたステータスを見て絶叫した。
ちょっとずつ牛の歩みのように上昇していた僕のステータスが今日の冒険だけで100以上数値が向上している。
「それもそのはずですよ……。本当にいったい何体のモンスターを倒して来たんですかっ!!」
クララさんが僕の後ろに置かれたドロップアイテムの山を見て嘆息する。ルーカスくんは大好きなアイテムを前に触りたくてそわそわしている。
ギルド内も騒々しいような……。
「えーっと、三百体ぐらいですかね?」
「そんな命知らずな人いないんですよ! Fランクの! 自覚を持ってください!」




