12 彼女はとても残念なエルフです。
「あっ、ちょっと、痛いですの。ちょっと待つのですわ。あっ、そんな大人数で、ストップ……」
ダンジョンでエルフの少女が数匹のスライムにボコされていた。
片膝をつきながらも手にした大盾でかろうじてスライムたちの突進を防いでいる。もう片方の手で剣を振り回すのだけれど、奇跡的なくらいに当たらない。
「いやぁ。こっちに来ないでぇ〜」
線の細い身体の耳長族で重戦士とは珍しい。パーティーの他のメンバーが見当たらないのはどういうわけなのだろう。
「パパ、どーする。たすけにいく? パパがいかないなら、ムゥがいってくるが」
シュッ、シュッと空にパンチを放って自信満々な顔をしている。
「ピンチっぽいし、助けに行こうか」
「ほい。がったいするのー。あっ! がーどまほうをわすれないでねっ。いちおう。いちおうだから。ムゥもすらいむはたおせるけどいちおーね」
僕の背中にムゥがしがみつく。ムゥの言う「がったい」とはこうして身体にしがみついてもらう状態のことを言う。
一度、僕がモンスターとの戦闘中に離れすぎてしまい、飛翔したムゥが乱入するというヒヤリとした出来事があったのでそれからは防御魔法をかけて側にいてもらっている。
見守っている間にもスライムはその数を増やし、もはや埋もれて少女の姿は見えない。一匹ずつ少女を取り囲むスライムを蹴散らしていく。
「いけー!」
ぽよん。
「な、何ですのっ。何が起こっているんですわ!?」
「そのまま盾に隠れていてください!」
ぽよん。ぽよん。ぽよん……。ぽよん。予想以上に群がっているな。
十匹のスライムを倒し終えるとようやく少女が現れる。
「あ、ありがとうですの……」
立ち上がった少女はスライムの粘液によって微妙にしっとりとしている。動くたびにネチャアとして正直、触れたくはない。
「きちゃない……」
ムゥがうえっと下を出して顔を歪める。
「なぁ!?」
幼な子の率直な物言いにエルフの少女は乙女としての矜持が傷ついたのか、泣きそうになる。
「私だって……。私だって、好きでこうなったんじゃありませんわぁ!」
「えっと、他のパーティーメンバーはどこに?」
「いませんわ。私、単独冒険者ですの」
「重戦士で単独だと厳しいんじゃ?」
「そんなこと……よ、余裕ですわっ」
「でもスライムにやられてた」
ビシィッと指をさす。
「それはたまたまですっ! それもこれもスキルのせいですわ」
「スキル?」
「ええ……。すべてこのスキルが悪いんですわ。【怪物餌食】。モンスターの標的になりやすくなるという効果ですの」
「重戦士にはうってつけのスキルじゃないですか」
「でも、単独だとたくさんのモンスターがやって来て、荷が重いですの。それにパーティーでもさっきみたいに大量のモンスターが殺到するので、捌ききれずに敗走する羽目になるんですわ」
実際そういう目に遭ったのだろう。言葉の端々に実感がこもっている。
——ドドドドッ。
「ほ、ほらっ! また来ましたわっ」
明らかにハルカを標的として数匹の森林猪が突進してきている。
「受け止めますから、見殺しにしないでくださいよぉぉ」
大盾を構えて攻撃に備えるハルカが懇願するように言う。フォレストボアが宙を飛び、襲いかかる!
「はあはあ、大変な目に遭った」
「はあ、それでもあなたたちがいてくれて助かりましたわぁ。自己紹介がまだでしたね。私はハルカ・ローゼンフェルトですわ」
「ロイ・アスタリスクです」
「あいっ! ムゥ・アスタリスク! パパのむすめっ」
「父娘でダンジョンに挑戦するなんて珍しいですわね」
ムゥがハルカの元ににじり寄って小声で囁く。
「ムゥはほんとはダンジョンにきたくないんだけど、パパがむりやりね」
「こんな小さい子を無理やり危険な場所に連れ出すなんて鬼畜……! あなたが有名な子連れ探索者?」
「待って! その言い方は語弊がある。僕らはある事情のせいで一定の距離以上離れられないんですっ。ムゥ、ちょっと向こうまで走ってごらん」
「えぇ……。あれすごくふわっとしてきもちがわるいんだよぉ」
僕の潔白を証明するために渋々駆け出していったムゥはすぐにゴム紐で結ばれたみたいに僕のもとへ戻ってくる。
「ねっ? ムゥがダンジョンにいるのはこういうわけなんです」
「そ、それはたいへんですわね……」
「ほんとにたいへんなのはムゥなの。あそびにもいけないし」
盛大にため息をついて落胆している。
「スライムをたくさん倒せたから、帰りにアイスクリームを買ってあげるから、ね?」
「アイス! それはひとつのやつじゃなくて、ふたつのやつ?」
「うーん。晩ご飯を食べられるなら2つまでよしっ!」
「たべれるっ! もうおなかペコペコなのー。アイスふたつかぁ。ハッ! すらいむいっぱいやっつければ、アイスかってもらえる。とゆーことは、ハルカをおとりにして、パパがすらいむをたおせば、もっとアイスたべれる?」
「ムゥちゃん? 目が怖いですの」
「それとさっき言ってた『子連れ探索者』について詳しく教えてくれるかな☆」
「目が全然笑ってないですわ!? な、なんですのっ、やっぱり鬼畜なんですわあぁぁぁ」
『とある冒険者のとばっちり』
「ふふふ〜ん。今日は頑張ったのニャ。いつもよりずっと稼ぎが多いのニャ。それにあんまり怪我もしてニャイのだ。どこも痛くニャイ。さっさとギルドでアイテムを換金してミクちゃんの働く酒場にいくニャ〜」
——ドドドドッ。
「にゃにゃ! あれはフォレストボアの群れ? こっちに突っ込んでくるニャ〜。おみゃーら、ちょっと待つニャーーーー」
「うにゃあ。酷い目に遭ったにゃぁ……。いったいなんなのニャ」
踏みつけられた猫人の青年の悲しい呟きは誰にも届かない。




