8. 無自覚チートな昼行灯
夕食はユルグ辺境伯家が全員揃い、街でもらった食材を使った料理が所狭しと並べられてる。
「お兄様、顔が赤いですが、もしかして熱があるのでは?」
部屋に入るなりクルシュの顔色に気付いたフレデリカは、その額に手を当てて熱を測った。
「熱はないみたいですねぇ……って、うわ、お酒臭い! こんな時間からお酒を呑まれたのですか!?」
振り返り、ジョバンニもまた赤い顔をしていることに気づき、目を瞠る。
「やだ、グレゴール卿まで顔が赤いではありませんか!」
「クルシュと街の皆に新酒を進められて断りきれず、それではと一杯呑んでしまったら、もう一杯と勧められ、断りきれなくなってしまったんだ」
「新酒の時期だから仕方ない。ジョバンニと飲む酒は、なかなかに楽しかった」
視察もそこそこに、真っ昼間から街の人々を巻き込んだ宴へと突入してしまったようだ。
余程楽しかったのかすっかり意気投合し、いつの間にやら名前で呼び合う二人……ユルグ辺境伯が、意外そうに眉をピクリと上げた。
「まったくお兄様ったら、いくら新酒の出回る時期だからって、グレゴール卿まで巻き込んで!!」
中央貴族と呼ばれる王都に住む貴族達は、平民を見下す者も多い。
ジョバンニが平民と楽しく飲んだことに驚き、フレデリカは妹のパトリシアと顔を見合わせた。
とはいえ、仲良く視察ができたのなら何よりである。
昨夜の魔物を柔らかく煮込んだ塊肉に手を伸ばし、蕩けるような食感を楽しみつつ、視察で土産に持たされたというワインを口にする。
すっかり打ち解けたクルシュとジョバンニが今宵五回目の乾杯をしたその時、昨夜の警報音がまたしても鳴り響き、邸内が騒がしくなった。
「このペースで魔物が出ていたら、領内の兵士は身体を休める暇もないな」
「大丈夫だジョバンニ。心配はいらない……皆、慣れている」
『我が領内は常に、侵攻と魔物の脅威にさらされています』と言っていた、夫人の言葉を思い出したのだろうか。
眉をひそめたジョバンニの背中を、安心させるようにクルシュがポンと叩く。
「救援信号を確認! カッサス山脈でクレスタの旅団がグリフォンと交戦中! 繰り返します! カッサス山脈でグリフォンと交戦中!!」
緊張感が高まるこの状況下で、のんびり夕食をとるユルグ辺境伯家の面々に目を向けた後、ジョバンニは席を立って身構えた。
森の両脇を囲むように切り立ち、遥か遠くまで連なるカッサス山脈。
今回クレスタからの来訪者達は、足場は悪いが比較的魔物が少ない山側から、ぐるりと迂回して領内に入ってきている。
停戦協定を結ぶ前であれば放置していたところだが、この状況下ではさすがに救援に行くべきだろう。
まずは旅団の保護をすべく、昨夜の夜勤から外れていた第三小隊が出動する。
「そういえば、グリフォンって頭がいいわよね?」
何かを思い付いたように、夫人がポン、と手を打った。
「クルシュ、お前今日の夜番だったわね! なるべく無傷で生け捕りにしていらっしゃい!」
「ええ~? またそんな無茶を……」
酒が入った赤ら顔のクルシュを、予定どおり救援に向かわせる。
退治するより生け捕りは何倍も難しい。
ましてや獰猛なグリフォンを窓際の文官が生け捕るなど、王宮の人間が聞いたら笑い話だろう。
「ジョバンニ、グリフォンの実物は見たことがないだろう? まだ時間も早いから、一緒に行こう!」
観劇を観に行くような気安さで、クルシュが声をかける。
何かあった時のために私も行きますと、フレデリカが同行を願い出た。
「パトリシアはどうする?」
「お兄様とお姉様が行くなら私は必要ないし、遠慮します」
妹のパトリシアは食べるほうに集中し、グリフォンにはあまり興味がないらしい。
「麓近くとはいえ夜は冷え込むから、暖かくして行きなさい」
早く早くとクルシュに急かされ、慌てて席を立ったジョバンニ達に、夫人が優しく声をかけた。
***
ここが特等席なのよ!
そう言って案内された大きな岩の上で、料理長が作ってくれたサンドイッチをフレデリカに勧められたが、ジョバンニはそれどころではなかった。
二メートルを超えるグリフォンに、単騎で応戦するハルフトも凄まじいが、少し離れたところでクルシュが何かをか呟く度、青白く光る枷が現れ、グリフォンの動きが重くなっていくのが分かる。
まさか、魔術師なのか!?
人が持って生まれる魔力には限界がある。
強力な魔術を行使するには、足りない魔力を魔石で補う必要がある。
さらに膨大な知識と技術を必要とするため、魔術師と呼べる者は国内でも数人いるかいないか……。
かくいうジョバンニも話に聞いたことがある程度で、実際に使っているところを見るのは初めてだった。
自身も多少魔力があるが、解読する技術はなく、まして使うなどもってのほかである。
「まどろっこしくて、イライラするわね!」
「……クルシュは、魔術師なのか?」
今にも飛び出して自ら討伐してしまいそうな、一撃必殺令嬢フレデリカにハラハラしながら、ジョバンニは尋ねた。
意外な質問だったらしい。
キョトンとして、「ん、魔術師?」とフレデリカは繰り返す。
「いえいえそんな、魔術師などとは烏滸がましい。産まれ持った魔力だけで何とか起動してるだけの、陳腐なものです」
魔石を使わずに術式を起動していること自体が驚くべきことなのだが、この常識外れの家族は、その凄さが分かっていないようだ。
その間も、グリフォンの足枷はひとつ、またひとつと増えていく。
思うように動かない身体に苛立ち、仲間を呼ぼうとするが、口枷がはまり鳴き声をあげることすら、ままならない。
グリフォンは激しく頭を振り、何とか口枷を外そうとするが、一向に外れる気配がないばかりか益々強く締め付けられ、喉の奥からキュルキュルと苦しげな音を漏らした。
両手両足の枷が鎖で地に縫い止められ、ついにその場から動けなくなったグリフォンに、何事かを呟きながらクルシュが近付く。
[[ 収監 ]]
横一線に腕を振るうと、青白い焔が揺らぎながら、グリフォンの周囲を円状に取囲む。
そのまま中央に焔が延びたかと思うと、立体的に膨れ上がり、鳥籠のようにグリフォンを閉じ込めた。
[[ 転移 ]]
仕上げとばかりに指をパチンと鳴らすと、鳥籠の内部が眩しく光り、ズズズ…と音を立てて、グリフォンが鳥籠ごと地面に沈んでいく。
どれほどの時間が経ったのだろうか。
すべてが地に沈み、後には静寂だけが残された。
「ちょっと幻想的ですよね!」
呑気に呟くフレデリカ。
昨夜に引き続き、衝撃のあまり声も出ないジョバンニは、ギギギ………と、鈍く首を横向ける。
単騎でワイバーンを撫で斬りしてしまう長女フレデリカ。
魔石を用いず、魔術をいとも容易く行使する嫡男クルシュ。
そういえば次女のパトリシアも、あり得ない距離を強弓で正確に射抜いていた。
すっかり酔いが覚め、ただ呆然とするジョバンニの向こうで、動きすぎて気持ち悪くなったクルシュが、ハルフトに背中を撫でられながら静かに吐いていた。
※グレゴール侯爵夫妻の会話
夫人「ジョバンニは無事かしら?」
侯爵「さあな…ユルグ辺境伯夫人たっての御要望だ」
此度の視察は、是非ジョバンニを!
そんな手紙が夜会の一週間後に届いた。
日夜警報音が鳴り響く街、カラミン。
若かりし頃の辺境伯夫人が、今もこの目に焼き付いている。
侯爵「断るなど、出来ようはずがない」
息子よ、頑張れ。
丸投げという名のエールを送り、侯爵はそっと自慢の髭を撫でた。