49. 【閑話】今宵も押し負ける、辺境伯家のベルセルク
「やっと君に庭園を案内できた」
ジョバンニがユルグ辺境伯領で日々鍛錬を積み、フレデリカと婚約を交わした一か月後。
久しぶりに帰省したジョバンニ連れられ、フレデリカはグレゴール侯爵邸を訪れた。
皆で楽しく食事をした後、庭園をジョバンニと散歩する。
フレデリカの手を優しく引き寄せ、添うように二人は歩みを進めた。
ひんやりとした空気に、少し指先が冷えてくる。
すぐに気付いたジョバンニが、寒くないようにと、自分の上着を肩に掛けてくれた。
中央にある噴水は水面にうっすらと月を映しこみ、まるで物語の一幕のように美しい。
ジョバンニは薔薇を一輪手折ると、棘を払い、結い上げたフレデリカの髪に差し込んだ。
「君はなんでも似合うな」
「そんなことを言ってくださるのはジョバンニ様だけです」
「そうか? 分かりきっていることだから、皆、口にしないだけだ」
今日もジョバンニは絶好調。
婚約した後も隙あらば口説かれ、今宵もフレデリカは終始押されっぱなしである。
動揺して小石に躓き、踏み留まろうともう片方の足に力を入れた拍子に、足首に微かな痛みが走った。
「どうした?」
「少しだけ、ひねったかもしれません。ですがこの程度なら大丈夫です」
心配そうに差し出された手を軽く押し返し、そのまま歩き続けようとした途端、ジョバンニに軽々と抱き上げられた。
「きゃあッ!?」
「庭園はまた今度来ればいい。君に何かあったら、大問題だ」
「でもこれくらいなら全然……」
「駄目だ」
大丈夫だと告げるフレデリカの言葉を聞かず、腕に抱いたまま、ジョバンニはグレゴール伯爵邸の三階客室へと向かう。
本当に大丈夫なのに……。
魔物と戦っている最中にもっと大きな怪我をすることもあるのだ。
だがジョバンニは柔らかいソファーの上にフレデリカを座らせ、応急処置をするための救急箱を取り出した。
そのままフレデリカの足に触れ、慎重に患部を確認していく。
「こういうのは甘く見ていると、取り返しのつかないことになったりするんだ」
何やら苦言を呈されるが、足に触れるジョバンニの指が気になって、話がまったく頭に入ってこない。
「酷い時は、おかしな方向に曲がってしまったりも……ん?」
足に触れられるのがどうにも恥ずかしく、押し黙るフレデリカに気が付いたのだろう。
応急処置のため足元に屈んでいたジョバンニは、触れていた手を止め、ゆっくりと顔を上向けた。
「フレデリカ、どうした?」
「いえその……」
ほら、またこうやって……。
真っ直ぐに向けられる視線に耐えられず、フレデリカはぎこちなく目を逸らす。
恥ずかしがるのを分かっていてやっている節があり、早めに止めないと次から次へと攻撃が繰り出されて、身が持たなくなってしまうのだ。
以前フレデリカは、結婚するなら自分より強い男性がいいと思っていたのだが……。
ジョバンニに限っては何をしても絆されてしまい、結局すべてを許してしまうため、正直勝てる気がしない。
落ち着きなく瞳を揺らすフレデリカに、ジョバンニは小さく笑みをこぼし、再びフレデリカの足へと指先を滑らせる。
そのまま踵を包み込むように固定し、器用に包帯を巻いていった。
「ありがとうございます」
「うん、大した怪我じゃなくてよかった」
処置が終わって後片付けをしているだけなのだが、所作の一つ一つが美しく、フレデリカはいつも見惚れてしまう。
「……ッ、ははは!! フレデリカ、君は本当に分かりやすいな!」
すべてを救急箱に仕舞い終わり、ピンと背筋の伸びた美しい立ち姿を呆けたように見つめていると、ついに我慢出来ずジョバン二がお腹を抱えて笑い出してしまった。
フレデリカのすぐ隣に腰を下ろすと、その頬に手を添え、そのままゆっくりと口付ける。
「では期待に応えて、これを片付けたら君の元へ戻ってくるとしよう」
「ひぇぇ……」
耳の奥を揺らすような、穏やかな低い声。
遠慮はいらないよ、と微笑まれ、ついに耐えられなくなったフレデリカは猛然と駆け出し……三階の窓から飛び降りた。
***
開け放たれた窓にジョバンニが慌てて駆け寄ると、フレデリカは難なく着地し、逃げていく。
先程ジョバンニが肩に掛けた上着を身に着けているため、風邪を引くこともなさそうだ。
「まぁ、お腹が空いたら戻ってくるだろう」
野生児フレデリカの扱いも、すっかりお手の物。
しばらく様子を見ていると、頭を冷やそうとしているのか、屋敷の周りを猛ダッシュで走っている。
ジョバンニは、この可愛らしい脳筋令嬢にひとしきり笑い――。
軽食を用意するよう申し付けると、窓辺で頬杖を突き、優しい眼差しでフレデリカを見つめ続けたのだった。
改稿しましたので、あわせて閑話を追加いたしました。
楽しんでいただけましたら幸いです。







