44. ライバルがいっぱい
あの後、パトリシアに痛めつけられ身動きが取れなくなった大男と、気絶した魔術師、ゴルドッド商会の衛兵達は、一時間が経過して雪崩れ込んだ王国兵士達に捕縛された。
クルシュが魔法陣を無効化した後、魔術師は力を失うとともに精神に異常をきたし、まともに話すこともできなくなったと聞いている。
黒幕のゴルドッド商会長も捕まったが、商会自体を解散すると影響が大きすぎるため、王国の息のかかった者を重要なポジションに数名派遣し、今後は規模を縮小して運営していくことになるようだ。
そして危うく『依代』にされるところだった女性も保護され、特に後遺症等もなく無事親元へと返された。
「やったことを考えれば、当然の報いです」
きっぱりと告げるラウラは、どこか寂しそうに見える。
今回事件に関与したラウラの両親、サリード伯爵夫妻と兄のグランは財産を没収の上、爵位を剥奪されて国外追放の処分が下された。
犯罪者の娘であり被害者でもあるラウラは、身分を失ったものの罪には問われず、王妃陛下のとりなしで元婚約者と無事に結ばれることとなった。
「私は修道院行きを免れ、ちょっとした額の私財も出来ましたので、今後の身の振り方をゆっくりと考えようと思っています」
そしてアマンダは二度目の婚約破棄により、父であるルアーノ子爵に修道院へ送られるところだったが、こちらも王妃陛下の口添えのおかげで、修道院行きを免れた。
さらに没収されたサリード伯爵家の財産の一部が、今回の事件に係る慰謝料として払われることとなり、私財の蓄えをどう活用するかは今後ゆっくりと考えていくようだ。
「フレデリカ様は、どうして元気がないのですか?」
先日中断された女子会……本日はラウラ、アマンダ、パトリシアに加え、フレデリカの四人で仕切り直しとなった。
現行犯で捕らえたため期待していた以上の成果があがり、一件落着のハズだったのだが……。
「グレゴール侯爵家から婚約の申し入れが来ないからですよ」
こそこそとパトリシアがネタバレをすると、ラウラとアマンダは顔を見合わせた。
「パトリシア、余計なことを言わないで!」
「求婚を何度もお断りしておきながら、勝手に落ち込んで!! 冷たい態度ばかり取るからです」
「冷たい態度だなんて……」
言葉に詰まったフレデリカは身体を傾けると、隣に座るラウラの膝にぽふんと頭を乗せた。
「……柔らかい。お母様やパトリシアと全然違う」
「お姉様に言われたくはないです」
「これが、女の子」
ポツリとこぼし、フレデリカはぼんやりとラウラを見上げる。
「フレデリカ様、実はわたくし十六歳で王妃陛下付きの侍女になりまして、王宮にて十年務めました。この歳になるまで浮いた話の一つもなく、今の婚約者に出会うまでは独身で生涯を終えると思っていたんですよ」
穏やかなラウラの声を耳に受け、フレデリカはその膝に頭を乗せたまま、考えるように腕組みをする。
「王妃陛下の口添えがなければ、再度の婚約は為らず、独り身のまま生涯を過ごしていたと思います」
ふわふわと心地よい膝の上で、フレデリカは静かに目を閉じた。
「私の知る限り、ジョバンニ様のように素直で優しく、女性を大事にしてくださる貴族令息は滅多におりません。空気を読まずマイペースな面もありますが、それはご愛敬です」
「そうですよ! 何が不満なのですか!?」
ラウラに被せてきたアマンダの言葉を遮るように、フレデリカは勢いよく飛び起きた。
「アマンダ様はジョバンニ様本人じゃなく、条件に釣られただけでしょう!? 私は違うもの。何も持ってなくたって、素敵だと思ってるもの!!」
「ではなぜ、本人に伝えてあげないのですか? いらないなら私にください。蓄えもできた今なら、爵位などなくても充分豊かに暮らせますし」
「んなッ、なんですってぇ!?」
掴みかからんばかりの勢いで喧嘩を始めた二人。
ラウラはそんな二人を止めるでもなく、ただじっと見つめている。
「領地を出られないなら、婿に来てもらえばいいじゃないですか」
「何も知らないくせに、勝手なことを言わないで! 何不自由なく育った人を、魔物が多発する辺境の地に婿に来いだなんて、言えるわけがないでしょう!?」
「そうですか。フレデリカ様がいらないならば、やっぱり私がもらいます!!」
ああえ言えばこう言う……二人を止めるべきか迷い、パトリシアの手が所在なく宙を彷徨った。
「そもそもジョバンニ様が、王都のご令嬢達にどれほど人気かご存知ですか? 断っていただけで、結婚したい令嬢は山ほどいるのですよ?」
フフンと小馬鹿にするように、アマンダが薄く笑みを浮かべる。
ヒートアップしてきた二人を見かね、ラウラが口を開いた。
「アマンダ様、もうそれくらいで。フレデリカ様、一度手からこぼれ落ちたものは、戻っては来ません。受け皿がたくさんあるのであれば、尚更です」
「ラウラ様の言う通りです! なお、私も受け皿の一人です」
高笑いするアマンダをフレデリカが睨みつけ、またしても一触即発。
そんな二人へ順に視線を向け、ラウラは続けた。
「御事情もあるとは思いますが、どうか言い訳をせず、ご自身の気持ちに素直になってください。後悔が残ることのないよう、祈っております」
「……はい」
ラウラに諭され、小さく返事をしたフレデリカは、「もう寝ます」と一言残し、部屋を後にしてしまう。
せっかくの楽しい女子会が喧嘩別れになってしまい、ガッカリと肩を落とすパトリシアを安心させるように、ラウラが優しく微笑んだ。
「どうなると思いますか?」
「分かりませんが、もういい加減イライラしちゃいますね! ラウラ様は優しすぎます。もっとビシッと言ってやればいいんですよ」
「そうは言っても……育った環境のせいもあると、クルシュ様も仰っていたし」
フレデリカが部屋を退室した後、残った三人は思い思いに視線を交わす。
「お姉様がいらないなら、本気で私が立候補します」
「そんな直球のパトリシア様が私は大好きですが、誰が選ばれるか分からない以上、私も立候補させていただきます! すでに容赦なく断られた身ですが!!」
「二人とも懲りずにまたそんなことを……ジョバンニ様のこと、何か事情がおありなのでしょう」
いいから落ち着きなさいと、ラウラは二人に告げる。
皆が幸せになって欲しいものだと、小さく呟き、そのまま深く溜息を吐いた。
そしてその一ヶ月後。
もやもやと思い悩むフレデリカへ追い打ちをかけるように、王太子ウルドの命で結婚をすることになったと、グレゴール侯爵邸から連絡がきたのである――。







