42. 三者三様の戦い
およそ人とは思えない跳躍力で、壁から壁へ移動する魔術師だったもの。
夜目が利くとはいえ、あまりの視界の悪さにフレデリカは舌打ちをした。
「お兄様、斬ってもいい!?」
「いや、できれば生きたまま捕らえたい。魔法陣を無効化したらどうなるかも今後のために見ておきたい!!」
額に汗し、魔法陣の相殺に励むクルシュに向かってフレデリカが叫ぶと、ガッカリな答えが返ってくる。
「またそんな無茶ぶりを……」
「でも、どうしても無理なら仕方ない」
飛びかかる魔術師を躱しながらギロリと睨むと、マズいと思ったのだろうか、クルシュから日和った答えが返ってきた。
防音壁を解いたため、打ち合う音を聞きつけた衛兵達が、地上階から雪崩れ込んでくる。
後方で打ち合うジョバンニは大丈夫だろうかと心配になり、フレデリカが視線を向けると、大男の剣をいなしているところだった。
打ち合えてはいるけれど、あまり余裕はなさそうだ。
ひとまずホッと安心するが、二人の戦いに衛兵が参戦し、多対一になるとかなり厳しそうである。
「まったく、何が生きたまま捕らえたいよ!?」
大男の実力は、護衛任務の際に打ち合ったフレデリカが、一番よく分かっている。
ジョバンニが怪我でもしたらどうするんだと苛立ち、剣柄を握る手に力を籠めると、大男が衛兵に向かって怒鳴りつけた。
「こちらの助けは不要だ。魔術師と女を狙え!」
十数名にも及ぶ衛兵達が一斉に回れ右をし、フレデリカとクルシュに向かって走り出す。
大剣を難なく振り回すフレデリカを警戒し、ほとんどの衛兵がクルシュを素通りしてフレデリカを囲い、剣を構えた。
「よしよし、そうこなくっちゃ!」
できるだけ生きて捕らえたいという指示のとおり、フレデリカは斬らずに剣柄で鳩尾を突き、衛兵達の意識を刈り取っていく。
だがその間も魔術師の容赦ない攻撃は続き、思った以上に手間取ってしまう。
「相手は殺すつもりで斬りかかってくるのに、私はダメって酷すぎない……?」
ブツブツと文句を言っていると、大男がジョバンニに向かい大きく剣を振り下ろした。
「ジョバンニ様!?」
重なり合う二つの剣……堪え切れず、ジョバンニの眼前まで大男の剣が迫りくる。
どうする!?
この場を離脱して助けるか、生け捕りは諦めて、魔術師もろとも全員斬り捨ててから行くべきか。
フレデリカの頭が高速で回転する。
ジョバンニが怪我をするところは、絶対に見たくないのだ。
「ジョバンニ様に手を出したら最後、命はないと思いなさい!」
――結論。
生け捕りは諦めて、ジョバンニの加勢に入るべき。
フレデリカは息を短く吐き、ジョバンニの元へ向かうべく大剣を構えたところで、何かの魔法陣を起動するクルシュの姿が目に映った。
***
先日の襲撃の際、駆け付けた第一ポイントで、大男がフレデリカの初撃を受け止めるのを遠目で見た。
クルシュに言われたとおり必死で鍛えてはいるものの、正直勝てるか自信はない。
だが、少しでも時間を稼げるなら――そう思って臨んだが、やはりかなりの実力者だった。
「これほど剣を使えるのに、どうして犯罪の片棒を担いているんだ!?」
王国の騎士団とも遜色ない腕。
剣を交えている最中、思わず問い掛けたジョバンニを、大男は小馬鹿にするように鼻で笑った。
「見たところ、お前は貴族だろう? 犯罪の片棒を担がねば、食事にもありつけない者がいると知れ」
もう何度目になるかも分からない剣撃。
大男は自嘲気味に告げ、重なる剣に全体重をかけるよう力を込める。
押し負けたジョバンニの身体は大男の剣の重さに、大きく後ろへ後退した。
***
一方、安全圏にいたはずのクルシュは、駆け付けた衛兵達にガンガンと防御壁を剣で叩かれ、うんざりしていた。
魔法陣の無効化もあとわずかで終わる。
最後の力を振り絞って防御壁を二重で張れば、あと数分で一時間。
無事に証拠も掴んだし、応援の部隊が突入すれば万事解決。
そう思ってジョバン二に目を向けると、大男に打ち負け、持っていた剣を取りこぼしそうになっている。
「クソッ、まずいな」
魔法陣の相殺はもう少し時間がかかるし、助けに行こうにも囲む衛兵が鬱陶しい。
どうする、どうしたらいい……?
自問自答しながらも、なにかしら助けにならないかと別建てで魔法陣を起動したところで……大剣を構えたフレデリカと、バチリと目が合った。







