39. ユルグ辺境伯領の有識者会議 ~再~
ユルグ辺境伯邸、応接室のとある一角。
クルシュの議事進行により、ユルグ辺境伯夫妻、ハルフトに加え執事トーマスの計五名による有識者会議が密やかに開かれていた。
なおフレデリカとパトリシアがいると口々に騒ぎ出して収集がつかなくなるため、出席はご遠慮いただいた。
「潜入済の協力者が手引きをしてくれるのはありがたいな」
「僕とフレデリカ、そして敷地内の地理に明るいジョバンニの三人で行く予定です」
お題は勿論、ゴルドッド商会の地下貯蔵庫、潜入調査についてである。
「グレゴール卿はどの程度戦えるんだ?」
「視察の際に拝見した限りですが、なかなかのものです。先日の護衛任務の際に、『本気でフレデリカが欲しいなら、死ぬ気で鍛えてこい』と伝えたので、今頃必死に鍛えていると思いますよ」
真面目なジョバンニが、言われるがまま一生懸命鍛えている姿が目に浮かぶ。
クルシュの言葉を聞いて、さざめくように小さな笑いが起こった。
「潜入時は認識阻害の魔術を使おうと思っています。ただ姿を変えている間、継続して魔力を消費するので、長時間は難しいですね」
「時間との闘いになりそうだな」
自分も行きたいと相変わらずパトリシアが駄々をこねそうだが、残念ながら今回もフレデリカが第一候補である。
建物内の近距離戦はフレデリカが得意とするところ。
何をしでかすか分からないパトリシアは、今回も領地でお留守番である。
「では、本件についてはよろしいでしょうか?」
「問題ない。気をつけて行ってこい」
特に異論も出ず、ユルグ辺境伯領からはクルシュとフレデリカが参加し、任務に臨むことで合意した。
これにて解散、の予定だったのだが……ユルグ辺境伯夫人であるノーラは、ジョバンニとフレデリカの進展具合が気になって仕方ないらしい。
「それで、何か進展はあったのかしら?」
「あったみたいですよ。僕からは何も言えませんが……」
「まったくあの子は……」
ブツブツと不満気な夫人。
飛び火して自分の結婚にまで言及されては堪らないと、クルシュは慌てて逃げ出した。
***
髪を一つに結い上げ、一切の防具を身に付けずに軽装のまま大剣を背負うフレデリカの姿に、ウルドは感嘆の息を漏らした。
室内なので双剣のほうが良いのでは、という意見も出たが、これから潜入する地下はかなり天井が高く、大剣であってもゆうに振れるだけのスペースがある。
このためフレデリカは、ユルグ辺境伯領で使用している使い慣れた大剣を持参することにした。
「随分と重量のありそうな剛剣だな」
「対魔物用で、大型にも対応可能です。持ってみますか?」
「いや……止めておこう」
ユルグ辺境伯家に生まれた『緋の眼』を持つ者。
特別な者だけが使うことを許されたこの剛剣は、普通の人間ならば、持ち上げることすら儘ならないだろう。
「証拠を押さえた後、危なければすぐに離脱しても構わない」
「すぐに離脱、ですか?」
「そうだ、無理はしなくていい。一時間経過後、連絡がなければ応援とともに突入する」
馬車へ乗り込もうとする三人へウルドが声をかけると、フレデリカが振り返り、得意げにフンと鼻を鳴らした。
「我々を誰だとお思いですか? 一気に潰して差し上げます!」
ナメてもらっては困りますと、不遜にも高笑いするフレデリカ。
ジョバンニはその姿を愛おしそうに見つめている。
(フレデリカのやること為すこと、可愛くてたまらないようです)
(なるほど重症だ)
呆れ果てたウルドへとクルシュが囁き、そして三人は潜入調査へと向かったのである。







