38. 手綱を引ける気がしない
「主犯格を取り逃がしてしまい、申し訳ありません」
「いや、あの条件下でよくやってくれた」
あれからジョバンニが本格的な調査に乗り出したが、捕らえた襲撃犯から核心を突く供述は得られなかった。
後日、状況確認も兼ねてウルドに呼び出されたクルシュは、報告書と供述証拠の資料に目を通し、これといった進展のない状況に溜息を吐いた。
魔力測定用にお茶として使用された植物は、稀少価値が高く王国内では手に入りにくい。
だが大陸でも五本指に入るほどの大商会。
扱う品は国家間もまたぐため、ゴルドッド商会であれば比較的容易に入手できる。
「魔石を大量に買い付けているのも気になるな」
「そうですね。魔力の器がある者を『依代』にして、魔石に宿る魔力を、人間に取り込むつもりかもしれません」
ユルグ辺境伯家は、個人差はあるものの皆強めの魔力持ち。
魔力量が上がれば同様の力を得られるのでは、と考えてもおかしくはない。
「妹達のように常人離れした戦闘員を人工的に大量生産できるようになったら、大陸の勢力図が塗り替わるでしょうね」
ユルグ辺境伯家に阻まれて国境を侵せず、長年煮え湯を飲まされてきたクレスタ王国は、今回の停戦協定に反対の声を上げる者も少なからずいる。
対抗できる戦力があれば、ユルグ辺境伯家は恐れるに足らず、と考える者がいてもおかしくはない。
「人道に反してでも一騎当千の戦闘員を欲しいと考える国は多いはずです」
「もし成功したら、クレスタだけでなく他国にも高値で売れるだろうな。いや、むしろ自分で国を建てたほうが早いか?」
ゴルドッド商会は武器の取扱いもある。
もし成功すれば、販路には事欠かないだろう。
「魔力持ちであれば、『依代』の身体は埋め込んだ魔石に耐えられるのか?」
「難しいでしょうね。さらに言うと精神が耐えられず、自我が崩壊してしまう可能性もあります」
「成功したら、一枚噛みたいほどの魅力的な商談だな」
人道に反することは理解しつつ、いざとなれば背に腹は代えられない。
もし成功したら……どの国も、強い軍事力が欲しいのだ。
「実はクレスタと停戦協定を結んだ今、ユルグ辺境伯家を国境付近に押し込めて、魔物処理だけに使うのは勿体ないとの意見も出始めた」
クルシュの反応を探るように、ウルドは視線を送る。
「我が国の威信を他国へ示すには、お前達を王家に取り込むか、戦場に出すのが一番手っ取り早い」
あわよくば三兄妹のいずれかを最前線へ。
もしくは妹達のどちらかを側妃として娶り、ユルグ辺境伯家の力を何とかして王族に取り込めないか、という話なのだろう。
国防は担うが、政治に関わることは断固拒否をしてきたユルグ辺境伯家。
何を言われても、のらりくらりと躱し、怒りの感情を滅多に表へ出すことのないクルシュだが、その言葉にピクリと眉をひそめた。
「フレデリカは、『我がユルグ辺境伯家を甘く見るようであれば、それなりの覚悟をしていただく』とお伝えしたはずです」
クルシュが口を開いた途端、ビリビリと肌を刺すような緊張感が室内に満ちる。
普段の姿からは想像もできないほどの威圧感で以て、クルシュは王太子であるはずのウルドに相対した。
「手薄になったユルグ辺境伯領から魔物が逃げ、仮に王都へ向かった場合、王国軍ごときで太刀打ちできるとでも? 甘くみてもらっては困ります」
とても王太子に対する態度ではないが、これがユルグ辺境伯家。
そしてそれが許されるだけの力を、各々が持っている。
「……すまない、今のは失言だった。忘れてくれ」
ゴクリと喉を鳴らしウルドが謝罪すると、クルシュは威圧を解き、「聞かなかったことにしますね」と、いつもののんびりとした様子に戻った。
「それでは話を戻します。人体と無機物を融合させる魔法陣など見たことがありません。新たに構築できる者がいるとは思えないので、過去の魔法陣を改変し、実験段階なのでしょう」
宝物庫から持ち出した『封じの箱』の術式を初見で逆方向から組み換え、相殺したはずのクルシュがいかに規格外かを、改めてウルドは思い知らされる。
「ゴルドッド商会は数年前、広大な土地を我が王国内に購入しました。地下に巨大な貯蔵庫を作ったと聞いたことがありますが、調査が入用ですか?」
「そうだな、お願いする」
「行ったことのない場所へは転移できないので直接乗り込むことになりますが、数日程度であれば僕を含め、ユルグ辺境伯領から二人応援を出せます」
先ほどの威圧から抜けきれず、ウルドの額にじわりと汗がにじんでいることに気付き、クルシュはニコリと微笑んだ。
冬に差しかかり、ユルグ辺境伯領の魔物が減る時期である。
タイミング的にはちょうどいいだろう。
「……それは助かる。ゴルドッド商会の敷地内はジョバンニが視察で何回か訪れており、多少地理に明るいから連れて行け」
「承知しました。それではお時間ですので僕はこれにて失礼致します」
「御苦労だった。追って連絡する」
***
一礼したクルシュが部屋を後にしたのを見届けて、ウルドは大きな溜息を吐いた。
「これまで同様、与するより共存していくほうが良さそうだな」
求心力は多少下がるかもしれないが、ユルグ辺境伯家の力を有効活用しろと声高に述べる貴族達は、彼らがどれだけ危険かを分かっていない。
何とかして、説得するしかなさそうだ。
「ジョバンニは、アレと親友なのか……」
天然ゆえ、成し得る技なのだろうか。
自分にはとても真似できそうにないとウルドは呟き、疲れたように瞼を閉じたのである。







