36. 第二ポイントは死の女神とともに
月明かりの道を、馬車は走り続ける。
長時間の走行になるため、事前に準備していた馬と交換しながら走る必要があり、少し遠回りだが宿街のある川沿いの道を進んだ。
国内の物資輸送にも使われるこの川を船で移動できれば早かったのだが、陸路から狙われた時に逃げ場がなくなる危険性を鑑み、今回は馬車での移動となった。
寝静まる四人を気遣ってか、領地まであと二十キロというところで、御者は少しだけ馬車を減速させる。
そろそろ第二ポイント到着……揺れが穏やかになり、車輪が石を跳ねる音が小さくなったことに気付いたクルシュは、目を開けて状況を確認した。
ただでさえ夜目が利かない上、襲撃される危険性が高いこのポイントは、木々に囲まれ視界が悪い。
足でフレデリカをつつくが一向に起きる気配がないため、音を立てないよう静かに双剣を拾い上げ、彼女の肩に立て掛けた。
「フレデリカ。おい、起きろ」
ズシリとした剣の重さに、むにゃむにゃとフレデリカが覚醒し始めたタイミングで、ガタリと音がして馬車が停まる。
「お兄様、着きましたか?」
「静かに」
不穏な気配を感じてフレデリカが剣を握りしめると、「囲まれています」と怯える御者の声が聞こえた。
闇に乗じて複数の気配が近付いてくる。
至近距離で囲まれたとしても、ジョバンニから譲り受けたこの馬車は装甲が厚く、ちょっとやそっとでは破られない。
二人の令嬢も目を覚まし、外の様子を窺いながら息を潜めていた。
「行きますか?」
「いや……、足音もしないし手練れ揃いかもしれない。万が一があるとまずいから、最低限の情報を把握してから手分けしよう」
一回目の襲撃より確実に人数が多い。
刻一刻と増える気配に、馬車内の緊張感が増していく。
「お兄様、魔力の回復具合はどうですか?」
昼間の戦いでかなり魔力を消費したクルシュを心配し、フレデリカが声をかけた。
「そうだなぁ、八割程度かな。急にどうした?」
「私、とても良いことを思い付きました。グリを喚びましょう」
「……グリ? ここにか?」
「調教の成果を試すチャンスです!」
「なるほど、撹乱しつつ数も減らしてくれそうだ」
我ながら名案だと言わんばかりにフレデリカは得意気に告げる。
訳が分からず首を捻るラウラとアマンダを余所に、クルシュは窓の外へと目を向けた。
フレデリカに向かって頷き、なにごとかをつぶやくと、ふわりと風が吹く。
取巻く空気がズシリと重くなり、手元から淡い光がゆらゆらと陽炎のように立ち昇る。
重力に反するようにクルシュの髪が揺れ動くと、馬車の外、十メートル地点に座標を定めて勢いよく掌を合わせた。
ザァッと音を立てて、青白く光る魔法陣が四方に広がっていく。
突然足元に現れた光が天へと伸びていく様子に、潜んでいた襲撃者達はどよめいた。
[[ 魔獣召喚。グリフォンよ、姿を現せ ]]
「「グリフォンッ!?」」
ラウラとアマンダが驚きのあまり叫び、魔法陣へと目を向けると、眩しいくらいに輝きを増したその輪の中からグリフォンが現れる。
一声、甲高い鳴き声がビリビリと空気を震わせた。
背中の羽をバサリと羽ばたかせると上空へ舞い上がり、目標を定めるように襲撃者達の上を旋回し始める。
「いい感じに攪乱してくれていますね!」
フレデリカ、一推しのグリフォン。
ジョバンニ視察の際に捕獲し、その後パトリシアによる容赦ない調教を経て、先日クルシュと従魔契約を結んだばかりであった。
グリフォン一匹程度なら、魔力の消費も押さえられる。
コスパ最高の伏兵……の、はずだったのだが。
「あ、あれ?」
魔法陣を起動したクルシュが、突然ぐらりと前のめりに倒れ込んだ。
フレデリカが慌てて支えるが、汗が尋常ではない。
「どうされましたか!? お兄様、大丈夫ですか!?」
……おかしい。
召喚の魔法陣は、通過する魔力に比して負担が増加する。
グリフォン一匹程度なら、余裕だったはずなのに。
「魔力が空になってしまった……。フレデリカ、グリフォンと一緒に別のモノが喚ばれてないか?」
「え?」
グリフォンではない『何か』が魔法陣を通過したとしか考えられないほどに、ごっそりと魔力を持っていかれた。
回復した魔力を一気に奪われ、息も絶え絶えといった様子のクルシュに驚き、フレデリカは目を凝らして外の様子を窺う。
暗くてよくは見えないが、グリフォンが飛び立ち、光を失った魔法陣の中で、確かに何かが動いている。
「……何かいる」
暗闇でゆらりと動く『何か』に、襲撃者達が後退り距離を取るのが見えた。
剣を握るフレデリカの指先が震える。
馬車の中までビリビリと伝わる殺気にぞわりと鳥肌が立ち、クルシュの四肢が痺れるように感覚を失くしていく。
「お兄様、私、行きます」
「待てフレデリカ……ッ! 確認してからだ!!」
フレデリカは剣を握り直し、クルシュが制止する声も聞かずに馬車の外へと飛び出した。
何かは分からないが、今この場で一番危険なものが、あそこにいる。
グリフォンの攻撃に逃げ惑う襲撃者達を凪ぎ払い、フレデリカは確認すべく剣を構えて飛び込んだ。
「うおぉぉぉ………お? おお??」
近付くと分かる人型の『何か』は、飛び込んだフレデリカを難なく躱し、その腕を力強く掴むとブンと真上に放り投げる。
フレデリカはくるくると宙を舞いながら、体勢を整えつつ目を凝らした。
「お……?」
尋常じゃない殺気を垂れ流しながら襲撃者に素手で襲い掛かり、剣を奪う『何か』。
「………お母様ぁぁぁッ!?」
グリフォンの手入れをしていたのだろうか。
夜着のまま巻き添え召喚をしてしまったらしく、馬車の中にいるクルシュを睨み付け、身の毛もよだつほどの殺気をビシバシと放っている。
ごっそり魔力を奪った犯人がユルグ辺境伯夫人であった事にクルシュはずっこけながら、後で大目玉をくらうな、と憂鬱な気持ちで天を仰いだ。
『ユルグにはノーラがいる』
同世代の貴族であれば皆、畏敬の念を込めてそう言うだろう。
ユルグ辺境伯家の直系にして、現辺境伯夫人であるノーラ・ユルグ。
婿であるユルグ辺境伯が霞むほどに名を轟かす彼女がいる限り、この王国は安泰だと、同じ学園に通っていた者なら誰しも口を揃える。
剣を奪い、夜着のまま舞う死の女神に為す術もなく、襲撃者達は蹂躙された。







