35. 女子会はいつだって無礼講
聴取の際にラウラから聞いた「依代」と「スペア」。
楽しそうに歓談する三人を眺めていたクルシュは、ふと『共通項』という言葉に引っ掛かりを覚えた。
「……ラウラ嬢。指示を出していた男の言葉を、もう一度教えてもらえますか?」
「はい。『大事な依代を傷付けるな。隣の娘もスペアだから同様だ』です」
うん、記憶どおりだとクルシュは頷く。
「相次いで失踪した平民の娘達……そのうち二人が先日、貧民街で遺体となって発見されました。もし今回の件と関連性があるとしたら、魔術の『依代』にされた可能性があります」
これだけ足がつかないのは、組織だって誘拐をしているからだ。
可能性をあげればキリがないが、二人の遺体が発見された後にピタリと失踪事件が止んだ。
「依代になるには、条件を満たす必要があります。行使する内容にもよりますが、攫った娘達では要件を満たさなかったのでしょう」
クルシュは一息ついてラウラを見た。
自分には分からないが、当事者であれば何か気付きがあるかもしれない。
「殺された平民の娘達にはなく、お二人にあるもの……何か思い当たることはありますか? アマンダ嬢がスペアだというなら、二人に共通する何かがあるはずです」
さすがに、『友達がいない』ではないよなぁとクルシュは独り言ちる。
欲しいのは若い女性。
でも平民の娘達ではダメだった。
……それでは貴族女性が欲しかった?
だが領地経営が苦しい貴族であれば、金を積めば攫わずともいくらでも手に入るはず。
敢えて危険を犯してまで、ラウラとアマンダを欲しがる理由がきっと別にあるはずなのだ。
「あ、そういえば」
突然何かを思いついたようにアマンダが口を挟んだ。
「先程の魔術……少し空気の流れに違和感があったのですが、いち早く気付いたラウラ様には何か見えていたのでしょうか」
「はい。馬車を覆う半円状の何かが見えました。アマンダ様と御者に見えているか分からなかったので、地に円を描いたのです」
クルシュが魔術を行使しようとした際、最初に気付いたのはラウラだった。
二人の令嬢の言葉を受け、クルシュは考えるように目を上向けた。
空気の流れが変わったことに気付いた二人。
クルシュのように魔術を行使できる程ではないが、目の前の二人も多少の魔力があるのだろう。
「もし依代に必要なものが魔力だとすると、どうやって有無を判断したのでしょうか? 何か思い当たることはありませんか?」
「そういえば以前サリード伯爵邸で紅茶を頂いた際、口をつけると色が薄っすらと淡くなったことがありました。それを見て婚約者だったグラン様が、嬉しそうに微笑まれたのです」
アマンダの言葉に、ラウラも何か思い出したのだろうか。
考えるように眉間へと皺を寄せた。
「その不思議な紅茶、わたくしも頂いた事があります。私の時は水に近いくらい透明に」
クルシュの魔術に気付いたのは、ラウラのほうが先だった。
どういう仕掛けかは分からないが、魔力が強ければ強いほど色が薄くなる仕組みなのかもしれない。
「依代になるには一定以上の魔力量が必要、ということかもしれませんわね」
ラウラの言葉に、クルシュがゆっくりと頷いた。
依代に多くの魔力を要するということは、かなり強い魔術を行使するつもりなのかもしれない。
「何をするつもりかは分からないが、うちで保護して正解だった」
一体誰が、何の目的で。
考えをまとめたいのだが、先程魔力を使ったからか急激な眠気がクルシュを襲う。
「限界です。少しだけ眠らせてください」
考えたいことは沢山あるのに眠気と疲労感に勝てず、クルシュはそのまま寝入ってしまった。
「美女三人に囲まれて健やかに眠るだなんて、まるで童のような兄ですが……魔力を大量に消費した後は、回復のため睡眠が必要なのです」
「まぁ、そうなのですね」
「あ、ご覧ください。チーズとワインを見付けましたよ!」
戦うのは得意だが、考えるのはいまいち苦手。
小難しい話が続いたため早々に飽きてしまい、積み荷を探っていたフレデリカは、美味しそうなものを見つけた。
「ジョバンニ様のおかげで馬車もグレードアップし、揺れもほとんどありません! せっかく友達になったのですから、どうです? 乾杯でもしますか?」
「それは楽しそうですが……フレデリカ様は酔っても戦えるのですか?」
「まったく問題はありません!」
心配そうに問うラウラに大丈夫と頷き、ワインの栓を開け、ボトルを一本づつ手渡した。
「え、そのまま!?」
「はい、そのままで大丈夫です。戦場ではグラスに注ぐなんて、上品なことはしないのですよ!」
高らかに宣言し、クルシュが寝ているのを良いことにフレデリカは乾杯の音頭をとる。
「それでは、かんぱ――い!!」
嬉々として飲み始めるフレデリカ。
二人の令嬢はその様子に驚きながら、怖々とボトルに口を付ける。
「長年王宮に務めて参りましたが、こんな姿を見られたら、あっという間に職を追われてしまいますね」
「そんなつまらない事をする奴は、叩きのめせばよいのです! いつでも私に言ってください!!」
「まぁ、フレデリカ様ったら」
ワインボトル片手に、見ているほうが楽しくなってしまうような、そんな笑顔をフレデリカは振りまいた。
明るく元気な声が馬車内に響きわたり、二人の令嬢もつられて笑顔になる。
「フレデリカ様達を見ていると、貴族同士の足の引っ張り合いが馬鹿らしく思えてきます」
自分の口からポロリとこぼれた言葉にラウラは溜息を吐き、チラリとアマンダを見遣ると、向こうも同じことを考えていたらしい。
お互いに苦手意識があったはずなのに。
ボトルに口をつけて飲んだ拍子に目が合い、思わず顔を見合わせて笑ってしまったのだ。
***
「婚約破棄をされて修道院に行くくらいなら、クルシュ様はどうかと思ったのですが……でもほら、ちょっと頼りないじゃないですか? 魔術は凄かったですが、見た目がちょっとアレで」
「アマンダ様、我が兄に失礼ですよ! 確かに外見はちょっとアレかもしれませんが、こう見えて剣の扱いもなかなかのもの。そこらの騎士より余程頼りになります!!」
外見がちょっとアレって、どういう意味だ。
あれから二時間弱――。
女子会が盛り上がっている途中に目が覚めたクルシュは、起きるに起きられず、寝たふりを決め込んでいた。
「そこでジョバンニ様を思い出したのです。聴取にかこつけて、よりを戻せないかと思いまして」
「はぁあ!? そ、それでジョバンニ様はなんと……!?」
「あっさり断られましたよ。そもそもジョバンニ様は、同時に二人の女性を天秤にかけるような、器用な真似ができる方ではありません」
「そうですよね、良かった……」
なにやら失礼なことを言われていた気もするが、迂闊な対応をすると女性陣に怒られそうな予感がする。
クルシュは薄目を開けて、そっと様子を窺った。
「思い出しました! ジョバンニ様に余計なことを言ったそうですね!? すべてはアマンダ様のせいです!!」
「なんで私のせいなんですか!? 贅沢な悩みで羨ましい限りですよ!」
「仕方ないわ、フレデリカ様は素敵ですもの」
恋話で盛り上がっているのだろうか、何やら異様なテンションで歓談に興じる三人娘……よく見ると座席の上に、ワインボトルが何本も転がっている。
足元には、食い散らかしたチーズの欠片が落ちている。
令嬢達を巻き込んで、何をやってるんだアイツは……!
次の襲撃ポイントまで時間はあるし、酒が入ってもフレデリカはまったく問題ないが、男一人……正直とても肩身が狭い。
起きるタイミングを失し、クルシュは困り顔で寝たふりを続けた。
――襲撃の第二ポイントまで、あともう少し。







