34. 三令嬢の共通項
フレデリカの圧倒的な力の前に、為す術もなく血飛沫をあげ倒れていく屈強な男達。
火急の事態が起きれば、男女問わず剣を持ち戦う。
ユルグ辺境伯家の厳しい事情は分かっていたつもりだか、見ると聞くのとでは全然違う……まさかこれ程とは思わなかった。
ラウラはアマンダと抱き合ったまま、一心にフレデリカを見つめた。
遠目からも確認出来るほどに煌めく、漆黒の瞳に緋が走る。
絶えず揺らめき、輝き、まるで一陣の風のようだった。
「綺麗………」
感動のままに他人を称賛したことなど、今まであっただろうか。
思わず呟いた自分の言葉にラウラは驚き――そして時を忘れ、ただひたすらにフレデリカを見つめ続けたのである。
***
「「……おおッ!?」」
感嘆の声を上げるユルグ辺境伯家の兄妹。
ジョバンニをして不要と宣う侯爵家の馬車は、控えめに言って凄かった。
畦道でも楽々、衝撃を吸収する豪華クッション。
馬との連結を即座に切り離せる特注のシャックルに、矢を弾く重厚な装甲。
窓には中から鉄の帳を嵌め込むことができ、天井からも床からも、そして閂を外せば後ろ扉までもが開き、自在に抜け出すことができる。
さらにシートの下は武器の格納庫になっており、座席の裏には数回分の軽食と飲料水、毛布などが詰められていた。
「これ、本当に貰ってもいいのか?」
「ご厚意に甘えて頂きましょう! こんな凄い馬車、我が領では絶対に買ってもらえないですし」
ユルグ辺境伯家のぼろっちい馬車とは段違いの多機能ぶりに大はしゃぎし、興奮で目を輝かせる兄妹に、ラウラとアマンダは深々と頭を下げた。
「先程はありがとうございました。話には伺っていましたが、本当に女性も剣を持ち、戦うのですね」
想像を絶する戦いぶりに驚きを隠せないのだろう。
先刻までの高慢な態度は鳴りを潜め、アマンダが遠慮がちに礼を述べる。
「我が領地は常に魔物の脅威に晒されており、男女問わず戦える者は皆剣を持ち、討伐に参加します。性別や年齢による区別はありません。完全なる実力主義です」
フレデリカの返答に驚き、二人の令嬢は目を瞠った。
平等ゆえ、常に実力を試される、身分も肩書も考慮されない厳しい世界。
特に身分がすべてと考える貴族主義の家で育ったアマンダにとって、それは衝撃だったに違いない。
「そうですか……」
先程のフレデリカを見て思うところがあったのだろうか。
アマンダはそれきり、口を噤んだ。
「ラウラ様は大丈夫でしたか?」
「はい。守ってくださり、ありがとうございました」
生死を共にし、命懸けで戦う姿を見て、信頼に足ると思ってくれたのかもしれない。
襲撃以降、ラウラとアマンダの態度が一変した。
王宮を出た頃とは打って代わって警戒心が解け、比較的和やかな雰囲気で馬車は進む。
「そういえば、ジョバンニ様が仰っていた御守りとは何のことですか? 頂いた覚えがないのですが」
軽食で腹拵えを終えたフレデリカの問い掛けにクルシュが言い淀んでいると、代わりラウラが手鏡を差し出した。
「フレデリカ様、ここです」
「え?」
ラウラに示された首元を手鏡に映すと、戦いの途中でぶつけたのだろうか、ピンク色の薄い痣ができている。
「何これ、痣?」
「いや、お前昨夜の……」
なおも首を捻るフレデリカに、クルシュが口篭もりながら説明を始めたところで、アマンダが叫んだ。
「ああッ、もしやそれはジョバンニ様が!? 清純そうな顔をして婚約前にそんな……ッ」
「……は?」
「そういえば聴取の時、ジョバンニ様が仰っていました! 二人で夜を共に過ごしたと!!」
「はあっ!?」
アマンダの言葉に、訳が分からず顔を強張らせるフレデリカ。
ニュアンスは間違っていないが、アマンダの脳内で変換され、だいぶ婉曲した状態でインプットされてしまったようだ。
「殿下とも仲が良さそうでしたが、一体どちらが本命なのですか!?」
アマンダに糾弾され、「ほ、本命!?」とフレデリカは顔を赤らめる。
頬を押さえて恥ずかしがるフレデリカの代わりに、何故かクルシュが口を開いた。
「殿下には申し訳ないが、首のそれが証拠。ジョバンニの勝利だ」
「……はあぁッ!?」
勝ち誇ったように宣言するクルシュと、驚いて立ち上がるフレデリカ。
「あんな胡散臭い男より、ジョバンニのほうが断然いい男だから仕方ない。僕はいつだって親友の味方だ」
「勝利ってなんのよ!?」
「いやだってお前、昨夜……痛ッ!」
うっかり余計なことを口走りそうになったクルシュは、フレデリカに思い切り足を踏まれて黙り込む。
テンポよく会話の応酬をする二人に、可笑しくて堪らないといった様子でラウラが笑い出した。
「ふふ、本当にお二人は仲がよろしいのですね。それにグレゴール卿を親友などと……素敵です。もしこれが我が兄なら諸手を挙げて喜び、わたくしの意志など意にも介さず、殿下へ差し出すに違いありません」
不自由な貴族社会で、感情のままに行動するフレデリカ。
そして不敬にも王族をこきおろし、堂々と親友の味方をするクルシュに、ラウラは相好を崩した。
「身分や性別に囚われず、本質を見て相手を受け入れることができる……お家柄もあるのでしょうが、ユルグ辺境伯家では素晴らしい教育をされているのですね」
羨ましいわとラウラは呟き、フレデリカの手を取った。
「王妃陛下の筆頭侍女であっても、男女格差が蔓延る貴族社会では小賢しいだの行き遅れだの……揶揄する言葉を嫌という程浴びせられます。そしてそれを打破出来るほどの実力は、わたくしにはありませんでした」
アマンダも思うところがあるのだろう、ラウラの言葉に深く頷いている。
「フレデリカ様。願わくば、わたくしとお友達になってくださいませんか?」
「えっ?」
突然の申し出に驚いて、フレデリカはラウラを二度見する。
「王宮で働いていたものの敵も多く、恥ずかしながら人付き合いもそう得意ではありません。気を許せる友人もおらず、悩みの種でもありました。もしお嫌でなければ、初めてのお友達になってくださいますか?」
柔らかな手で両手をぎゅっと握られ、女性同士とはいえ初めてのお友達申込みに、フレデリカは緊張で目が泳ぎ出す。
「え、あの……はい。私も貴族令嬢のお友達はおりません。あああありがとうございます」
真っ赤になって頷くフレデリカと、嬉しそうに微笑むラウラ。
我が妹にも、ようやくまともな友人が出来たかとクルシュが喜んでいると、隣に座っていた貴族主義で直情型の……ルアーノ子爵家の爆弾娘が手を上げた。
「お待ちください! 私もお友達はおりません! ただの一人もです!!」
でしょうね、分かります。
納得するクルシュを押し退け、アマンダはつないだ二人の手の上に、さらにガシリと自分の手を重ねた。
「友達がいないという『共通項』を持つ者同士。これで私もお友達だわ!!」
得意気に微笑むアマンダを見遣り、フレデリカは少し嫌そうに顔をしかめる。
「アマンダ様とお友達はちょっと……」
「はぁッ!? 何て失礼なことを! 残念ながらもう断れません!」
「わたくしもアマンダ様はちょっと……」
「ラウラ様まで!? ちょっとお二人とも、さらにお友達が増えるのですよ!? ありがたく受け入れる場面でしょう!!」
先程までの良い雰囲気はどこへやら。
わちゃわちゃ騒ぎ出した三人を尻目に、まあ喧嘩しなければいいかとクルシュは目を伏せ、快適になった馬車の旅を楽しむのだった。







