33. ピクニックのついでに
「くそ、どうするかな」
フレデリカの無事を確認しつつ、クルシュは小さく舌打ちをした。
崖上に控える弓隊の数は多く、統率された動きをしている。
フレデリカには悪いが、馬車の護りを最優先にさせてもらうしかない。
取り巻く空気が変わった事に気付き、震えるアマンダを抱き締めていたラウラはクルシュを見た。
アマンダも何か感じたのだろう。
顔をあげ、怯えた目でクルシュを見つめる。
閉ざされた馬車の中にふわりと風が吹き、クルシュの身体から現れた青白いモヤが、焔のように揺らめき始める。
向かい合わせにしたクルシュの手の中で、円を描きながら丸くなる焔を口元へと運び、ふっと息を吹きかけた。
[[ 囲繞せよ ]]
丸い焔が弾け、内壁を通り抜けて半円状に馬車を囲み、青白いシールドのような幕が張る。
四方から馬車に刺さっていたはずの矢がシールドに弾かれ、次々と地に落ちていく光景を、ラウラとアマンダは呆然と見つめていた。
「あー、きつい。結構魔力使うな」
大きな馬車を囲うシールドを維持するためには、耐えず魔力を送り込む必要がある。
「安全は保証するから、馬車の外に出てもらるかな?」
できるだけ防御壁を狭めないと、長期戦には対応できない。
それに襲撃は今回のみとは限らない。
少しでも魔力を温存しておきたい。
クルシュの汗ばむ額に気付いたラウラは頷き、馬車を降りると、シールドの大きさを素早く目測した。
落ちていた枝を拾い上げ、シールド内にくるりと円を描く。
「アマンダ様と御者の方は、この中にお入りください」
ラウラの声掛けにアマンダと御者は、慌てて円の内側へと移動する。
「勝手ながら範囲を狭めさせていただきました。他にお役に立てる事がありましたら、お申し付け下さい」
同じく円の内側に移動したクルシュは、ラウラに頭を下げた。
非戦闘員であるため、邪魔にならなければ御の字くらいに思っていたが、状況を的確に判断し、クルシュの負担にならないようサポートしてくれている。
枝を拾い上げ何をするのかと思いきや、魔力のない者にも分かるよう、地に円を描き明示的に定めてくれたらしい。
さらには丁度数人が無理なく入れるよう、最低限の大きさで描かれている。
「ありがたい」
さすがは王国きっての才女。
回転の速さに舌を巻く。
シールドの直径が半分以下に狭まり、だいぶ楽になった。
ラウラが示してくれたおかげで、円から飛び出すものもいないだろう。
あとは、弓隊を潰していくだけだ。
「キリがないけど、仕方ないか」
ぶつぶつと何かを呟きながら、クルシュが上に向かって指を弾いていくと、身を乗り出していた射手が、ひとり、またひとりと後ろに倒れ、姿を消した。
見えないところからの防ぎようがない攻撃に、統率されていたはずの弓隊が徐々に崩れていく。
ふとフレデリカを見ると、双剣を煌めかせ、男達の中に飛び込んでいく姿が見えた。
「あいつはいつも無茶をする……」
波立つ刀身を揺らめかせ、まるで剣舞のように弧を描き回転をしながら、フレデリカは襲いかかる者達を次々と斬り伏せていく。
左で相手の剣を受け流し、右で撫で斬りにしていくその姿に戦意を喪失して逃げる者、激痛に叫びながらその場にうずくまる者。
その様子にリーダー格の覆面の男が不愉快そうに目を眇めると、逃げ惑う襲撃者達の一人が、男の馬にぶつかった。
馬上から注がれる、温度を感じさせない冷たい瞳。
ぶつかった襲撃者が喉奥で小さく悲鳴を上げた次の瞬間、味方であるはずの男から袈裟斬りにされ、グシャリと崩れ落ちた。
その間もフレデリカは襲撃者達の間を駆け抜け、駒のように勢いをつけながら双剣で斬り伏せていく。
わずか十分足らずで、襲撃者優位のはずの盤面が覆る。
圧倒的な力に捩じ伏せられ、逃げ惑う姿は阿鼻叫喚の様相を呈した。
勢いをつけたままフレデリカは岩壁を駆け登り、リーダー格の男に向かい跳躍する。
ガキイィンと剣が重なり合い、なんとか初撃を跳ね返した男は、驚いたように目を瞠り……衝撃に耐えかね、馬ごと後方によろめいた。
フレデリカはぺろりと唇を舐め、宙を舞い身体を離すと、矢の標的にならないよう再度素早く岩壁を駆け上がる。
「緋の娘か……」
フレデリカの瞳に走る緋色に気付いたのだろう。
男は呟くと、剣を持った腕を高く掲げる。
撤収の合図だろうか、動ける者は皆一目散に逃げていく。
男は目をスッと細め、手綱を引いて踵を返し、自身もそのまま駆けて行った。
「あとは崖上か……」
残った弓隊へ目を向けると、崖上で何やら揉み合いになっている。
「お兄様、上の状況は?」
「うーん、僕にもよく分からないが、弓隊と争っているところをみると味方かな?」
その間も流れ矢が飛んでくる。
フレデリカは顔を逸らし難無く避けると、クルシュの張るシールド近くへと駆け寄って来た。
「では少し保護域を広げて、私もそこへ入れてください」
「いや、待て。お前は大丈夫だから外にいてくれ」
「んなっ!? 何故ですか? 矢が飛んで来たら危ないじゃないですか」
「お前なら大丈夫だ。魔力温存のため、上の状況が分かるまで馬車の陰にでも隠れていてくれ」
「ひ、酷い! 可愛い妹が怪我をしたらどうするつもりですか!? さっさと解除して入れてください!」
「解除してまた組み直すのは大変だから、無理です」
言い合いをしている間も矢が飛んでくる。
フレデリカは飛んで来た矢を掴み、苛立ったようにポキリと折って投げ捨てた。
「じゃあもういいです。力尽くで入ります」
「ちょっ!! 待て待てフレデリカ! どうしてお前はいつもそうなんだ。ほら、ちょうど上も片付いたようだから、一旦落ち着け」
シールドを剣の柄で叩き割ろうと振りかぶったフレデリカは、クルシュの言葉に再度崖上を見上げた。
いつの間にか弓隊がいなくなり、味方だろうか数人の兵士達が見える。
だが、必要以上の護衛は禁じられていたはず。
一体誰がと思っていると、前方から騎馬した青年が近付いてきた。
「ジョバンニ!?」
「ジョバンニ様!? 警護は禁止されていたのでは!?」
思いもよらぬ登場人物に驚いてフレデリカが問うと、ジョバンニはひらりと馬から降りた。
「いや、リリーベルが急にピクニックがしたいと言うので、供を連れて少し遠出をしてみたんだが……まさかこんな輩に出くわすとは」
心配して来てくれたのだろう。
偶然とでも言いたげに微笑み、周囲を見回す。
さ、さわやかぁ……。
ただでさえ美青年なのに、馬に寄り添い、微笑んだ日には三割増しである。
そんな事を考えながらクルシュがフレデリカをちらりと見ると、先程までの荒ぶる姿は嘘のように、こっそりと頬を染めている。
「襲撃者達はすべて、後方にいた捕縛者移送用の馬車に引き渡しておこう」
侯爵家の私兵だろうか、体格の良い男達があっという間に地に転がる襲撃犯達を縄で縛り、連行していく。
と、ガラガラと音がして、およそピクニックには似つかわしくない厚い装甲の馬車が現れた。
ジョバンニのエスコートでふわりと馬車から舞い降りたのは、妹のリリーベル。
有事の際に国防を担うこともあるグレゴール侯爵家。
さすがというべきか……血飛沫が飛び散るこの状況で、多少震えてはいるものの声ひとつあげず微笑んでいる。
「殿下には何もされなかったか?」
フレデリカが頷くと、ジョバンニは指先で優しくフレデリカの首元に触れた。
「御守りが効いただろう?」
何のことか分からずフレデリカが首を捻る横で、クルシュが大きく頷いた。
意味が分からずなおも首を傾げるフレデリカに、「追加の御守りが欲しくなったら、いつでもおいで」とささやき、リリーベルを自分の馬に乗せる。
「……馬車が不要になったので使うといい」
そう言い残し、自身もひらりと騎馬して去っていく。
いやいやジョバンニ、格好良すぎない?
心はひとつ――。
兄と妹は目線で会話し、格段にグレードアップした馬車に、いそいそと乗り込むのであった。







