32. 第一ポイント到達
(SIDE:ラウラ)
砂利を巻き上げながら、馬車が揺れる。
フレデリカを親の敵のように睨み付けるアマンダと、そんなアマンダを睨み返すフレデリカ、そして我関せずのラウラ。
三人三様の令嬢達を乗せ、馬車はガタゴトと走り続ける。
「早く任務を終えて帰りたい……」
凄まじい緊張感に耐え切れなくなったのだろうか、ぽつりとクルシュが呟いた。
帰路は安全を期し、御者と馬を中継地で変えながらユルグ辺境伯領まで一気に向かう予定だが、その顔には既に疲労が色濃く出ている。
「クルシュ様は王宮であまりお見掛けしたことがありませんが、以前から殿下と御面識がおありですか?」
げんなりとしているクルシュへ、ラウラが問いかけた。
「いえ、直接言葉を交わしたのは、昨夜グレゴール侯爵邸で催された食事会が初めてです」
「まあ、そうだったのですね! それでは、フレデリカ様も昨夜初めて殿下とお話を?」
「そうですね」
「……なるほど」
ウルドの気安さがどうしても気になる。
今回の保護先が縁のないユルグ辺境伯領と聞き不思議に思って調べたところ、停戦協定がらみのグレゴール侯爵家の夜会に、珍しくフレデリカが参加していた。
さらに昨夜殿下がわざわざ侯爵家を訪れ、今日も忙しい合間を縫って会いに来るほどだ。
もしかしたら側妃として、王家に輿入れする話が内々に進んでいるのかもしれない。
「隠しても仕方ないから正直に言います。今回の護衛は僕とフレデリカのみ。護衛が少ないのは、囮の役割も担うからです」
アマンダとラウラは途端に顔を強張らせる。
隠れて護衛が付いているのかと思っていたが、まさかこの兄妹だけだったとは。
「とはいえ後方に捕縛者移送用の馬車もあり、いざとなれば狼煙もあります。任務を請負った以上は命懸けでお守りする所存です」
「承知しました」
「皆様にも剣を渡しておきます。いざという時は、申し訳ないが一緒に戦ってもらいます」
そう告げて、クルシュは二人に短剣を手渡した。
囚われた場合は、自刃しろということね……。
保護するためと言いつつ、実質犯人をおびき出すための捨て駒のようだ。
「襲撃が予想されるポイントはふたつ。ユルグ辺境伯領に入る手前か、王都を出てすぐ」
ふと、クルシュが異変を察知し、窓の外に目を向ける。
「……つまり、ここです」
ドガァァンッ!!
王都を抜け、岩壁に囲まれた狭い道に差し掛かったところで、道を塞ぐように崖上から大きな岩が落ちて来た。
衝撃で車体がわずかに浮き上がる。
フレデリカは瞬時に馬車の扉を開けると、そのまま御者席に飛び込み、御者の後ろ襟を掴んで比較的安全な馬車の下へと放り込んだ。
同時にピンを引き抜いてシャックルを取り外すと、興奮状態になった馬が自由になり、見るまに遠くへ駆けて行く。
「フレデリカ、馬車の固定が終わったら戻れ!!」
「はぁーい」
緊迫感のある声で指示を出すクルシュと、のんびり返事をしながら馬車へと戻るフレデリカ。
開け放たれた扉を慌ててクルシュがを閉めると、ガガガガッ、という衝撃音とともに馬車が揺れた。
崖の上に潜んでいた襲撃者達から、大量の矢が放たれ馬車へと刺さったようだ。
遠距離戦が得意なパトリシアがいれば弓隊を潰せるが、残念ながら骨折のため領地静養中である。
行く手を塞ぐように正面からも襲撃者が現れ、すらりと剣を抜いた。
「くそ、聞いていたよりも随分多いじゃないか!」
十人はいるだろうか。
そしてその中に一人、飛び抜けて大きな男が交じっている。
「フレデリカ、あの大きな男がリーダーだ。タイミングは俺が指示するから、正面の敵を頼みたい」
「はぁーい」
フレデリカは頷いた後、馬車の底板を外して細身の剣を取り出した。
「フランベルジュ!?」
ラウラは驚いて声を上げる。
殺傷能力が高く、扱いにかなりの技術を要する双剣。
刀身に左右差があるが、小回りが効くため室内戦でも重宝する武器である。
「さて、行きますか」
こきりと首を鳴らすフレデリカを、ラウラとアマンダは信じられない思いで見つめていた。
王太子にお目通りするための同行ではなかったのか。
この状況でこの落ち着きようは、一体……。
二人の令嬢が息を呑んだ次の瞬間、フレデリカは反動を付け、馬車の天窓から外に躍り出た。
「あの馬鹿娘ぇぇッ! 待てと言ったのに、また勝手なことを!!」
地と水平になり、風を切るような速さで岩壁を駆けていく。
リーダー格の男が何やら叫ぶと、フレデリカ目掛けて、崖上から矢が一斉に放たれた。
「きゃあぁぁぁッ!? フレデリカ様!?」
迫る矢に思わずラウラが叫び声をあげる。
岩壁を駆けながら、フレデリカは上目遣いに、迫る矢の軌道を確認した。
ペロリと唇を舐め、反対側の岩壁に飛び移ると、逸れた矢が地面に次々と突き刺さる。
正面へと走るフレデリカの動きにあわせ、また大量の矢が放たれると、今度は避けることなく追ってくる矢を空中でまとめて掴んだ。
そのまま腕を振りかぶり、崖上の射手目掛けて、思いきり投げ返す。
飛んできた時とさほど変わらぬスピードで崖上に投げ返された矢は、数人の射手を射抜き、何人かはそのまま崖下に落下する。
ラウラとアマンダは馬車の中、震えながら息を殺して抱きあった。







