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3. 御存じない……?


 ――先の夜会から、はや一ヶ月。

 巨大な城を見上げて、ジョバンニは息を呑んだ。


 こ、これは………!?


 森を挟みクレスタ王国と隣接し、常に侵攻と魔物の脅威にさらされているユルグ辺境伯領。


 領土である広大な森を背に堅牢な城壁が張り巡らされ、カラミンの街を一望できる巨大な城が、高台に(そび)え立つ。


 魔物からカラミンの街を守るように建てられたこの城は、堅固な要塞となっていた。


 なお、領土防衛のための私兵を抱えているため、何年かに一度視察と称し、王都から数名の検査官が派遣されるのである。


 近衛師団に所属し、王族の護衛を本来業務とするジョバンニにはまったく関係のない仕事のはずだったが、先だっての夜会の一件が原因だろうか。

 ユルグ辺境伯たっての希望により、検査官の一員として急遽参加することになった。


 自領の騎士で構成されている騎士団は、一国の戦力にも匹敵すると聞くが……?


 検査官達の後ろでジョバンニが思案していると、ギギ……と低い音をたてながら、門扉が開く。


「ようこそお越しくださいました。わたくしは従者のハルフトと申します」


 筋骨隆々でまるで騎士のような風体のその従者は、上背のあるジョバンニが見上げるほどに背が高い。


「屋敷内を移動するための専用馬車がございますので、そちらにお乗り換えください」


 筋肉で盛り上がり、パツパツになったお仕着せに身を包み、ハルフトは恭しく頭を下げた。



***



 事前に通達していた検査項目を再度書面にて提示し、検査官達は早速仕事に取り掛かる。


 通常は数日かかる工程だが、「どんなことをしてでも今日中に終わらせ、夜にはこの領を脱出しよう!」という謎の決意表明とともに、何故か目を血走らせ、みな何かに追われるように書類へ向かう。


 一人の検査官とともに、森の入口近くを訪れたジョバンニだが、森と城とをつなぐ裏門から少女が入ってくるのを目に留め、歩み寄った。


 十代半ばくらいだろうか、可愛らしい令嬢が飾り気のない平民のような服を着て、一メートルもあろうかという見たこともない大きな魚を抱えて歩いてくる。


「お嬢さん、はじめまして。随分と大きいがそれはなにかな?」


 そんな大きい魚がいることに驚き、さらに少女がソレを軽々抱えていることにも驚かされる。

 ジョバンニは少女の顔を覗き込むようにして、にっこりと微笑んだ。


 ……見目麗しく、剣技も優れ、将来が約束された侯爵令息。

 しかも嫡男である。


 声をかければほとんどの女性は顔を赤らめ、少し甘い言葉をかけようものなら、世の令嬢達は例外なくしなだれかかるのがデフォルトのジョバンニだったが、少女は何故か目を丸くして驚いている。


「え、魚を知らない……?」


 可愛らしい声で呟くと、突然後ろを振り返り、後から入ってきたもう一人の少女に声を掛けた。

 

「お姉様! この方、魚をご存知ないそうです!」

「まあ、魚をご存知ないなんて、一体どこの田舎から……」


 違う、魚は知っている。

 そのような意味ではなく、その大きい魚は何の魚かという質問で……。


 動揺するジョバンニが後ろの少女を見遣ると、何やら見覚えのある顔が目に入る。

 先日の夜会で会ったばかりの令嬢、確かフレデリカという名前だったか。


「改めまして、ジョバンニ・グレゴールと申します。先日の夜会では……いや、ま、待て! それは一体なんだッ!?」


 夜会での失態を挽回すべく、ジョバンニが改めて挨拶をしようと視線を下げたところで、フレデリカが大きな剣を背負い、後ろ手に何かを引きながら歩いていることに気付く。


「いや、そうじゃなく先日は……駄目だ、気になって仕方ない! それは一体なんだ!?」


 大の男二人でも持ちあがるか分からないような大熊を、これまた大きな台車に座らせるように乗せ、驚くことに一人で引きながら歩いてきたらしい。


 少女の服にはまるで染物のように血が染みつき、行儀良く台座にお座りする大熊の口元からはベロリと長い舌が垂れ下がり、一目で絶命していると分かる。


「え……、うそ、熊もご存じないの?」

「なんだか見覚えがあるのよねぇ……」


 魚を抱えた少女が驚愕のあまり、目を見開く。


 この方、大丈夫かしら?

 姉妹の目がまるで不審者を見るような目つきに変わる。


 怪しい雲行きに、ジョバンニの頬を冷や汗が伝った。


 魚も熊も知っている。

 だが聞きたいのは、そこではない。


「いや、ちがッ……そうではなく、それはなんだと聞いている!」

「「だから熊でしょ!」」


 今度は姉妹同時。


 数年前、王都近くに出現した魔物の討伐に赴き、「誉れ高き騎士様」と町娘達に称賛されたのは誰だったか。


 この前の夜会からずっと、色男がかたなしである。

 と、その時、姉のほうがジョバンニを指差した


「あ、この前の露出魔」

「ちがぁあぁあああうッ!!」



***



 あいつ、全然仕事しないな……。

 可愛い女の子二人を見つけて、楽しそうに戯れるジョバンニを、検査官は呆れ顔で眺めていた。






妹「お姉様、この方、露出魔なのですか?」

姉「そうよ、見せられたわ」

妹「えっ、何をですか!?」

姉「そう、ナニを、よ」

妹「……(蔑むような目)」


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