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つよつよ脳筋令嬢は押しに弱い ~空気を読まない騎士様が、所嫌わず迫ってくる件~  作者: 六花きい


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29. 隙あらば押してみる白銀の貴公子


 王太子御一行様が撤収してから早一時間。

 クルシュはあの後すぐ魔力切れを起こし、早々に眠りについてしまった。


 グレゴール侯爵にはこちらが申し訳なくなるくらい何度も頭を下げられたが、悪いのはすべて王太子である。


 もう二度と会いたくないと文句を言うフレデリカを気遣い、ジョバンニが気晴らしに温室へと誘ってくれた。


「今日は疲れただろうから、庭園はまた今度にしよう。温室ならゆっくりと座って楽しめる」

「ええと……二人で、でしょうか?」


 先程の王太子の一件もあり、男性と二人きりになることに抵抗を覚えるフレデリカへ、「君が良ければだけど」とジョバンニは遠慮がちに告げる。


 結局断りきれずに屋上へ上がると、見たこともない木々や花々で埋め尽くされ、エメラルド色の蝶が翔んでいた。


「素敵な温室ですね!!」

「うん、この温室もいつか君に見せたいと思っていたんだ」


 王太子の相手をした疲労感は拭えず、フレデリカはソファーに凭れながら、ぼんやりと蝶を眺める。


()()()()()……隣に、座っても?」


 いつのまにか呼び捨てされていることに気付き……でも嫌じゃない、と思う。

 フレデリカは王太子ウルドも同様に、隣へと座ったのを思い出し……逡巡したものの、コクリと小さく頷いた。


 三人掛けの大きなソファー。

 少し隙間を空けるようにジョバンニが腰を掛けると、布張りのソファーが柔らかに沈む。


「少しだけ、一緒に飲まないか?」


 度数もそれ程高くないから、明日に響くことも無いはずだ。


 ジョバンニはそう言うと、可愛らしい丸テーブルの上にワインクーラーを置いた。

 紫色のボトルを取り出して布で水滴を拭い、蝋封されたコルクにそのままオープナーを押し込むようにねじ込んでいく。


 グッと力を入れて引き抜くと、ポン、と小気味よい音を立ててコルクが抜けた。


「わぁ、良い香りがします」


 デザートワイン用の小振りなワイングラスへ、内側に香りが溜まるよう、ゆっくりと注いでいく。


 少し口に含むと、豊潤な香りと濃厚な甘さが咥内に拡がり、フレデリカはその美味しさに溜息を吐いた。


「美味しい」

「だろう? きっと気に入ると思った。新樽で熟成させているから、ワインから樽香がするだろう?」


 そう言われ改めて香りを確かめると、確かに木の香りがする。


「……先程は、済まなかった」


 ほうっと息を吐き、ワインを堪能しているフレデリカへ、ジョバンニが改めて頭を下げた。


「そもそも、たった二人で王都まで来させ、さらに護送しつつ囮役もなどと……無理を言うにも程がある」

「大丈夫ですよ、魔物に比べればこの程度。後方に捕縛者移送用の馬車も付くと伺っています。万が一に備えて狼煙もあるし、問題ありません」


 お気になさらずと微笑みグラスを傾ける。

 あまりの美味しさに、フレデリカは二杯目を注いだ。


 あっという間に一本終わり、二人は顔を見合わせ……次なるボトルを開け、またあっという間に一本終わり、次なるボトルを……。


「困りました! グレゴール侯爵家のワインはどれも美味しすぎて止まりません!」


 楽しくなってきたフレデリカに、同じくホロ酔いのジョバンニが向き直った。


「パトリシア嬢が怪我をしたのは残念だったが、今宵君と過ごせたのは僥倖だ」

「グレゴール卿は、またそのようなことを!」


 酔いも回り、冗談めかして笑うフレデリカに、ジョバンニもつられて笑みが零れる。


「俺であれば触れられても嫌じゃないと言ってくれたのは、本当に嬉しかった」


 爽やかに微笑むその姿は、まさに、白銀の貴公子。

 酒が入り、いまいち頭が働かないフレデリカは、ジョバンニをじっと見つめる。


「王太子と、少し似ているだろう?」

「……全然似ていません」

「ん?」

「似ていません。あんな、何を考えているのか分からないような冷たい眼じゃなく、グレゴール卿は、見ているだけで心が温かくなるような優しい眼をしていらっしゃいます」


 分かっているのかいないのか、酔いも回ってニコニコとご機嫌なフレデリカ。


「私は、グレゴール卿のほうがいいです」


 フレデリカのその言葉に、ジョバンニはヒュッと息を呑み込んだ。



 ***



 国中の令嬢が憧れる王太子よりも、自分のほうがいいと想い人に告げられ、ジョバンニはあまりの嬉しさで返答に窮し、言葉を失ってしまった。


 口元が綻ぶのを隠すように、慌てて手で顔下を覆う。


「ええと、それはつまり……?」


 自分を選んでくれた、という理解で良いのだろうか。

 酒気で頬の火照ったフレデリカが、ぼんやりと自分に向ける眠そうな目が可愛くて、ジョバンニは相貌を崩す。


 幸せな気持ちで続きを促すと、フレデリカはキョトンとした顔で問い返した。


「それはつまりと言いますと……?」


 フレデリカの口から答えを聞きたくて仄めかしたつもりが、なぜか疑問形で返される。

 今日の様子を見る限りかなりの好感触なのだが、もう一歩のところでいつも躱されてしまう。


 ジョバンニは顔を逸らしたまま、堪えるようにグッと眉間に皺を寄せた。


 そこはかとない生殺し感。

 フレデリカは今日も通常運転である。


「……少しだけ、分かってきた」


 ジョバンニはそう言うと、徐にワイングラスを取り上げ、自分の前にコトリと置く。


 取り返そうと慌てて伸ばしたフレデリカの腕を掴み、もう片方の手で、その腰を自分のほうへグッと引き寄せた。


「!?」


 酔いも進み、抵抗できないまま力無く、フレデリカはジョバンニの胸元へと、重なるように倒れ込む。


「え? ちょ……」

「嫌ならすぐにやめるから」


 そう言うと、ゆっくりと顔を寄せ、フレデリカの頬へ口付ける。

 そして、そのまま肩口へ――。


 チリ、と微かな痺れが走る。


 何をされたかよく理解出来ず、だがジョバンニの唇が触れたのを感じ、フレデリカは反射的に後ろへ飛び退き、距離をとった。


「なななにを!?」

「明日は王宮に行くだろう? ……君が素直じゃないから、虫除け代わりだ」


 ジョバンニはソファーの背凭れに肘を立て、頬杖を突いてうっそりと笑みを浮かべる。


 酒気を帯びて頬が上気し、フレデリカを見つめる眼差しが熱を孕んだ。


「少し暑いな」

「~~ッ!」


 ジョバンニはシャツの襟元を寛げ、ボタンを外していく。


「夜会の時もそうやって……思い出しちゃったじゃないですか!!」

「ん? どうした?」


 ボタンを二つほど外したところで、ジョバンニから凄まじい大人の色気がダダ洩れる。


 なおも微笑み、フレデリカに向かって身を乗り出したジョバンニの色気に耐えられず、耳たぶまで桃色に染めたフレデリカが勢いよく右手を振り上げた。


「え!? ちょ待っ……」


 鋭い音が、空を切る。

 ユルグ辺境伯家では、一、二を争う戦闘狂。


 比較的ダメージの少ない平手ではあるものの、高速で繰り出されたそのスイング――、ジョバンニは首がねじ曲がりそうな程の往復ビンタを、容赦なく食らったのだった。





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