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つよつよ脳筋令嬢は押しに弱い ~空気を読まない騎士様が、所嫌わず迫ってくる件~  作者: 六花きい


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26. 代打フレデリカ


 グレゴール侯爵家に、ユルグ辺境伯家の馬車が乗り入れる。


 前回の夜会では招待客の安全のため、正門で移動用の馬車に乗り換えを求められたが、今回はそのまま乗り入れを許可された。


 連絡を受けたジョバンニが屋敷の前で出迎え、馬車から降りたクルシュと握手を交わす。


「急な申し出に快く対応してくださり、感謝する」

「こちらこそ、視察の際は大変世話になった」


 約半月ぶりの再開にしばらく談笑していたが、なかなか降りてこないパトリシアに気付き、「俺がエスコートしよう」とジョバンニが声を掛けた。


「お嬢様、お手をどうぞ」


 恥ずかしいのだろうか、想像していたよりも少し細長い指が扉の隙間から現れ、冗談めかして差し出したジョバンニの掌に、そっと置かれる。


 サラリと落ちる絹糸のような黒髪。

 ギシリと馬車が軋み、淡い水色のドレスに身を包んだフレデリカが現れた。


「フレデリカ嬢!?」


 てっきりパトリシアだとばかり思っていたジョバンニは、驚きと嬉しさで、乗せられた指を思わずキュッと握りしめる。

 指から伝わるジョバンニの熱に、フレデリカの頬が染まった。


「パトリシアは先日、フレデリカとの稽古中に脚の骨を折ってしまって、急遽フレデリカと交代になりました」


 接近戦の特訓がしたいと、パトリシアは無謀にもフレデリカに稽古をお願いしたのだが……。


 力加減を誤ったフレデリカの寸止めが間に合わず、稽古場の端まで投げ飛ばされた拍子に足の骨が綺麗に折れてしまった。


 今回は令嬢達の警護任務のため、パトリシアは泣く泣く諦め、代打でフレデリカが選ばれたというわけだ。


「ああ、そうだったのか。パトリシア嬢のことは残念だが、思いがけず君と会えてとても嬉しい」


 手を力強く握られたまま恥ずかしげもなくそう言われ、フレデリカは視線を避けるように俯いた。


「この後、私の親族も来訪する予定だ。夕食は立食形式にして、交流の場を設けたい。その後、君の時間を少しもらっても?」

「ええと……」

「あはは、ダメだと言っても誘いに行くよ。君に庭園を案内したいんだ」


 初めて会った時はみっともない姿を見せてしまったから、と恥ずかしそうに笑うジョバンニがあまりに爽やかで、到着して早々フレデリカは動揺しどおしである。


 ジョバンニに案内され応接室に入ると、グレゴール侯爵夫妻とジョバンニの弟妹が揃って立ち上がった。


 侯爵家全員でお出迎えなど、申し訳なくなるほどの歓待ぶりである。


「レノン・グレゴールだ。右から順に妻のクレア、長女のリリーベル、そして次男のシモンだ」


 さすがは侯爵家。

 美しい所作に、思わずフレデリカが溜め息を漏らす。


「本日は突然の来訪にも関わらず、快く御対応いただきありがとうございます。クルシュ・ユルグと申します。こちらは妹のフレデリカです」

「夜会の際は大変お世話になりました。本日はよろしくお願い致します」


 フレデリカが一歩前へ出てお辞儀をすると、ジョバンニが婚約を願い出た令嬢本人であることに驚き、グレゴール侯爵は警戒心を露わにした。


「おや、パトリシア嬢ではなかったのかな?」

「急遽変更となり申し訳ございません。先日妹が怪我をしたため、代わりに私が参りました」


 空気が変わったことに気付いたフレデリカは、素早く姿勢を整え、礼儀正しく返答する。


 現辺境伯夫人ノーラ・ユルグの娘と聞いて、どんな恐ろしい御令嬢かと戦々恐々としていたのだろうか。


 緊張しながらも一生懸命答えるフレデリカの姿に、これなら一考に値すると呟くグレゴール侯爵を、呆れたようにジョバンニが見つめている。


 と、急に部屋の外が騒がしくなり、執事が何やら耳打ちした。


「君達の荷物に、とても大きな箱があるようなのだが」


 持ってみるとかなり重く、武器の類いであれば迂闊に触って何かあってもまずいと、扱いに困り従者が相談したらしい。


 練習の成果もあり、無難に対応する姿を満足げに見守っていたクルシュだったが、箱の話題になった途端フレデリカが前のめりになったことに気付いた。


 必死にジョバンニへ目配せをするが、ジョバンニは終始嬉しそうにフレデリカを見つめているため、まったく気付く気配がない。


「おい、ジョバンニ。頼むから気付いてくれ」


 ジョバンニに向かって突如激しくウインクを始めたクルシュを目に留め、グレゴール侯爵が怪訝そうな顔をする。


 フレデリカは箱の中身について話したくて仕方がなく、そわそわと落ち着きを失くしていく。


 一匹、また一匹と、被っていた猫が逃げていった。


「その箱は、邸内に運んでも大丈夫かな?」


 ジョバンニにウインクを飛ばしまくるクルシュと、急に落ち着きをなくしたフレデリカに戸惑いながら、再度グレゴール侯爵が問いかける。


 話したくて我慢出来ず、フレデリカはついに被っていた残猫を全て脱ぎ捨ててしまった。


「いえ、あれはお土産です。森の、も、もが、もががッ」

「も、申し訳ございませんっ!!」


 我慢出来ず、元気一杯しゃべりだしたフレデリカの口を、クルシュは必死で押さえ込んだ。


(フレデリカ、大人しくするって約束しただろ!?)

(充分大人しかったじゃないですか!)


 侯爵御一家に聞こえないよう小声で注意をしたところで、ジョバンニが二人の間に割って入ってくる。


 ようやく協力してくれるのかとクルシュが期待の目を向けた途端、フレデリカの口を押えていたクルシュの手を外し、「いいから話してごらん」と優しく先を促した。


 空気を読まないジョバンニは、いつだってフレデリカファースト。

 フォローするかと思いきや、とんだ伏兵である。


「もし宜しければ外でご覧になりませんか? 侯爵家の皆様にお土産を持ってきたんです」


 自由になったフレデリカが嬉しそうに伝えると、それなら折角だからと屋敷から出て、馬車の近くに集まった。


 不測の事態に備え、念のため数名の護衛が前に出る。

 馬車から箱を持ち出しフタを開けると、中を覗いた護衛がヒィッと声をあげ、後ろへ飛びすさった。


 何事かと緊張感が走り、護衛が剣に手をかける。

 警戒する護衛達を手で制止したジョバンニが近付き、箱から中身をずるりと引き出した。


「きゃあッ」


 ジョバンニの腕が回らないほど、大きな顔が箱から覗く。


 侯爵夫人と長女のリリーベルが思わず悲鳴をあげ、グレゴール侯爵と次男シモンも驚き、一歩下がって距離を取った。


 ジョバンニはそのまま芝生の上に、四メートル近くもあるアルクトドゥスの毛皮を広げる。


「これはまた……見事な」


 グレゴール侯爵が思わず感嘆の声を漏らした。

 こんなに美しい状態の毛皮を見るのは皆初めてである。


 アルクトドゥスの出現頻度は稀だが、その大きさと狂暴性から、小隊を編成して討伐にあたる。

 討伐が終わる頃には身体中が傷付くため、このような美しい毛皮にはならない。


「ありがとうございます! 皮をなめして防腐処理も施してあります」


 フレデリカは誉められ、嬉しそうに告げた。


「とても状態が良いが……ユルグ領の兵士達が討伐を?」


 あ、その質問はまずい。

 クルシュが止めに入る前に、「いえ、兄に手伝ってもらい、私が」とフレデリカは元気に答えてしまった。


「ん、すまない。私の聞き間違えかな?」

「いえ、兄に手伝ってもらい、私が」

「……?」


 まさかの答えに動揺したグレゴール侯爵が、クルシュに視線を送る。


「こんな大きな魔獣をどうやって?」

「あ、はい。高さが足りなかったので木を駆け登り、立ち上がったアルクトドゥスが口を開いた瞬間に腕を……、も、もがっ? もがもが」

「申し訳ありません、フレデリカは緊張しているようで……こら、フレデリカ! そんな冗談を言ったらダメじゃないか!」


 再び口を抑えられ、モゴモゴするフレデリカ。

 ジョバンニはフレデリカの話を聞き、嬉しそうに眼を瞬かせている。


 冷や汗びっしょりのクルシュが誤魔化すように笑うと、侯爵夫人が「まあ、フレデリカ様は楽しい方なのですね!」と優しく微笑んでくれた。


 その場は一時和んだが、グレゴール侯爵は、ユルグ辺境伯家の人間であればやりかねない事を知っている。

 それに自身も魔獣や魔物の討伐経験があるため、後学のためにも聞いておきたい。


 後で邪魔者がいなくなったら、詳しく聞いてみるか……。


 到着後、僅か十五分でクルシュを邪魔者認定したグレゴール侯爵は、戯れる兄妹を眺めながら、眉間に皺を寄せた。






※その頃、ユルグ辺境伯家では


娘 「お姉様ばっかりずるい!」

夫人「仕方ないでしょう。当分は安静にしないと」

娘 「……それなら夜番はやらなくていい?」

夫人「車椅子で運ぶから、そこから射なさい」

娘 「ひ、ひどい」


それはそれ、これはこれ。

下がった戦力を補うため、久しぶりに夫人とペアを組んだパトリシアだったが、あまりのスパルタぶりに即刻ペア解消を父に願い出たのは秘密である。

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