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つよつよ脳筋令嬢は押しに弱い ~空気を読まない騎士様が、所嫌わず迫ってくる件~  作者: 六花きい


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25. 怒れるクルシュ


 咆哮をあげたアルクトドゥスが腕を振り回しながら左右に動くので、うまく照準が定まらず、何度も何度もフレデリカの位置を確認する。


「くそ、頼むから当たってくれよ」


 クルシュがボールを持つように掌を向き合わせると、真ん中に青白い球が浮き上がった。

 膨大な計算式が、術式となって頭を駆け巡る。


[[ 座標指定 ]]


 クルシュが魔力を込めて呟くと、アルクトドゥスの両肩に、碁盤目状の枠が浮き上がった。

 電流のようにジジ……と音を立て、上下に細かく揺れ動く。


 本気の攻撃魔法を初めて間近で見たフレデリカは、魔力の密度に驚いたのだろうか、揺れ動く枠を凝視している。


[[ 断て ]]


 全魔力をのせて、低い声で唱えた瞬間、両の掌で包み込むようにしていた球が輝きを増し、倍以上に膨れ上がる。

 クルシュは歯を食い縛り、力を込めて押し戻すと、打ち鳴らすように両手を合わせた。


 パァンと音がなり、青白い珠が四方に離散する。


 アルクトドゥスの両肩に浮き上がっていた碁盤目状の枠は、ブンと大きく拡がり、次の瞬間一気に収縮した。


 瞬き程の時間の後、アルクトドゥスの両肩が、まるで重い刃を振り下ろされたかのようにストンと地に落ちるのが見えた。


 ガガ……グ、ガァアアアァァアアアアッッ!


 断末魔をあげ、フレデリカの腕を咥えたままドォンと地響きを立てながら倒れ、しばらく藻掻いた後動かなくなる。


 クルシュはフレデリカの元に駆けつけ、鞘に収まったままの自分の短剣を取り出すと、アルクトドゥスの口が閉じないよう短剣を立て慎重に挟み込んだ。


「剣は後でいい。腕を抜けるか!?」


 自分の両手に腰布を巻き付け、短剣がずれた場合もフレデリカの腕に牙が直接触れないよう、その間に自らの腕を差し込み隙間を作る。


「少しずつだ。痛かったらすぐに言え」


 アルクトドゥスの喉奥に刺した彼女の短剣から手を離し、フレデリカは慎重に腕を引いていく。


 その様子をパトリシアが心配そうに見守る中、続けてクルシュは自分の腕を引き抜くと、フレデリカを横抱きにしてヨタヨタと池に運び、袖を切り裂き、こびりついていた大量の血を優しく洗い流した。


 アルクトドゥスが横倒しになった衝撃で、下の牙に触れたのか二の腕が少し裂けた以外は、特に大きな怪我はないようだ。

 クルシュはフレデリカの傷を確かめた後、傷口を布で縛り、フレデリカに怒鳴った。


「なんでこんな危ない事をしたんだ!? 何かあったらどうするつもりだ!?」


 滅多に無いクルシュの怒鳴り声に、妹二人は驚いて目を見開く。


「腕がなくなったら、取り返しがつかないんだぞ!? 下手をしたら……死んでしまうではないか」


 最後のほうは少し泣き声混じりになってしまったが、本当に心配したんだとクルシュは怒った。


「でも侵入した異物を噛むことはできな……」

「そういう問題じゃないんだ! やむを得ないなら仕方ない。だが必要のない危険に身を晒すなと言っている」


 被せるようにして強い口調で諭すと、フレデリカはシュンとなった。


「だって……」

「ん?」

「だって、分からなかったんだもの」


 俯いて口を尖らせ、ぼそりと呟く。


 王都の御令嬢が黄色い声をあげるほど見目麗しい男性から、真剣に告白され、結婚を請われ、頻繁に花と手紙が届く。


 どうしたらいいか分からない、とフレデリカは再度呟いた。


「たくさんもらったから、お返しがしたかったの」

「お返し? 街で買うのでは、ダメだったのか?」


 フレデリカは肩を落としまま、しばらく答えに窮した。


「……だって、買うのは何か違う気がして」


 ジョバンニからのプレゼントや手紙が嬉しかったのだろう。

 ただ買うのではなく、どうせなら自分の力で得たもので、何か御礼をしたかった。


 そういうことだろうか。


「それに、グレゴール卿の好みも分からなかったから……どうせなら大きなものにしようと思って」


 何を喜ぶか分からなかったから、大きな魔獣を捕って、好きに加工してもらおうと思ったのだと。


「だからといって、冬越えをしようとする大型魔獣を狙うのは、いくらなんでもやりすぎだ。しかも思いつきで不十分な装備のまま向かった挙句、単騎で挑むのは危険すぎるだろう!?」

「……ごめんなさい」


 そんな理由だったとは思わず、クルシュは空を見上げ溜め息をついた。


 昔は今よりも魔物の出現頻度が低かったため、登校日は少ないながら、ユルグ家の子女も貴族の通う王都の学園へ行くことが出来た。


 現ユルグ辺境伯夫人であるノーラ・ユルグも、週に二回学園に通っていたし、クルシュ自身も本学園の卒業生である。

 本来ならフレデリカも通うはずだったが、ここ数年クレスタからの進攻に加え魔物の出現頻度が増えた為、クルシュが卒業する頃には学園に通うどころではなくなってしまった。


 家庭教師を招き、最低限の教育は与えたが、同世代の貴族と友人関係を築くこともさせてあげられなかった。


 ましてや年頃の令嬢がするような恋愛どころか、貴族令息との穏やかな交流すらなく、ユルグ辺境伯家の娘というだけで怯えられ、遠巻きにされてきたのだ。


 魔物と戦う日々の中、少しでも楽しく過ごせればと、暇な時間があれば釣りや川遊びなどに連れ出していたが……。


「もう、やったらダメだぞ」


 ジョバンニが喜んでくれるといいな?

 そう言うと、フレデリカはコクリと小さく頷いた。


「結局、お姉様を甘やかすんだから……」


 フレデリカの無事にホッとしつつ、いつもながら妹に甘い兄を、パトリシアは生暖かく見守っている。


 先程、フレデリカの腕を引き抜く際、牙に手をあて持ち上げた時に傷付けたのだろうか。

 落ち込むフレデリカの背をトントンと手の平で叩くたびに、赤いシミが拡がるのに気が付き、パトリシアは目を(すが)めた。


 魔力も使い果たし、起きているのも辛いはずなのに……優しく微笑むクルシュにパトリシアは溜息を吐く。


「それでは目的も果たした事なので、そろそろ帰りましょう! 魔獣は後から取りに来てもらえばいいし!」


 わざと元気な声を出し、パトリシアはクルシュを軽々と抱き上げる。


「うわっ、パトリシア! 何をするんだ!?」

「お疲れのお兄様は私が運んで差上げます!」


 お姫様のように抱き上げられるクルシュ。

 既視感にフレデリカは思わず吹き出した。


 すっかり元気を取り戻し、朗らかに笑うフレデリカと、クルシュを抱いて得意顔の怪力パトリシア。


 なにはともあれ、妹達が無事で良かった。

 ほっと息を吐きながら、クルシュは目を瞑った。



***



「只今戻りました!」

「あら、みんなお帰りなさい……!? あ、貴方達、街にお買い物に行ったのではなかったの!?」


 血塗れで片袖がないフレデリカと、魔力切れでグッタリした兄を腕に抱くパトリシア。

 笑顔で出迎えたユルグ辺境伯夫人は、三兄妹の姿に顔をひきつらせた。


「いつもの釣りスポット近くに討伐したアルクトドゥスがいますので、急ぎ回収をお願いします!」

「ア……アルクトドゥス……? どうして貴方達はいつもこうなの!?」


 絶命したアルミラージを持ち、フレデリカが報告する。

 夫人はガックリと肩を落とし、屋敷の者が回収をしに走っていく。


「あ、お母様。アルクトドゥスの毛皮と素材はグレゴール卿に差し上げますので、取っておいてくださいね!」

「グレゴール卿に、毛皮を?」


 駄目だ、この子に説明をさせると余計な混乱を招きそうだ。

 詳しい説明は、クルシュが元気になってからじっくり聞く事にしよう。


 夫人は諦め顔で、湯浴みの準備を命じた。






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