24. うーん、どうしようかしら
「フレデリカ!! 今日の分、届いたわよ!」
夫人から声が掛かると同時に、バタン! と音を立ててドアが開き、フレデリカは階段を駆け降りる。
にやける家族を睨み付け、手紙と花束を鷲掴みにして自室に駆け戻り、そのままガチャリと鍵をかけた。
「まぁまぁ、グレゴール卿もマメなこと」
「警戒心の強い野生の獣みたいですね」
クルシュが揶揄うように例えると、違いないとユルグ辺境伯が笑う。
あれから毎日のように、フレデリカのもとへ届く手紙と花束。
花束といっても大仰なものではなく、ベッドサイドに飾るような、控えめで可愛いもの。
たまに王都で流行りの店からお土産も送られてくるため、女性陣のジョバンニに対する評価は連日ストップ高である。
「お前達をグレゴール侯爵邸に泊めてくださるそうよ」
グレゴール侯爵から届いた二通目の手紙を読み、夫人が驚いたように声を上げた。
「あの小心者が、よく許可を出したこと!」
グレゴール卿に説得されたのかしら?
断られても、受け入れるまでしつこく使者を送り続ける気だった夫人は、上機嫌に笑う。
どうせ我が家と縁続きになるのが嫌で、婚約も渋っているんでしょうけれど。
笑みを浮かべる夫人に視線を向け、ユルグ辺境伯が、一体お前は何をやらかしたんだと溜息を吐くと、二階でガタガタとベッドが揺れる音がした。
ジョバンニからの手紙を読み、毎度のことながらベッドの上で転げ回っているらしい。
「フレデリカ! 貴女ちゃんと御礼の手紙を書きなさいよ!! まったく……」
部屋に籠ったフレデリカに声をかけるが、聞こえているのかいないのか、何も返事がない。
「クルシュ、明日暇でしょう? フレデリカと街に行って、グレゴール卿にお返しする御礼の品を選んで来て頂戴」
困った時の兄頼みは、ここでも健在。
長いものにはぐるぐる巻かれる主義の男、クルシュは心得たように頷いた。
***
……太陽が眩しい。
どれくらい歩いただろうか。
ジョバンニに渡す、御礼の品を街へ見に行かないか?
クルシュはそう、提案したのに。
「確かこの辺りに巣穴があったはずなんだけど…」
普段身に付けやすい、革製品や小物などはどうだろうか。
クルシュはそう、提案したはずなのに。
店には入ったものの気に入る物が無かったのか、すぐさまUターンして目的地を変更したフレデリカ。
お薦めのスポットがあると自信満々のフレデリカに連れられ、ユルグ三兄妹はなぜか今、森にいる。
森の中をズンズン奥へ進み、いつもの釣りスポットから少し離れた地点にしゃがみこむなり、フレデリカは何かを探している。
巣穴? ……アルミラージか?
確かに王都で人気だが、それなら街に加工済みのものが売っているのでは?
フレデリカの意図を掴みかね、クルシュは首を傾げた。
一角獣アルミラージは、見た目はウサギに似て可愛らしいが、狂暴な肉食獣である。
白くてフワフワの毛皮はとても暖かく、襟巻きとして王都で大変な人気だが、素早いため討伐が難しく、市場にあまり出回らず高値で取引される。
あったあったと呟いて、フレデリカは発煙筒に火を点け、穴に突き刺した。
穴の先へと煙が入り込み、少し離れた別の穴から細い煙が立ち上る。
「パトリシア! 煙が出ている巣穴からアルミラージが飛び出してきたら、矢で射てくれる?」
複数の場所から煙が立ち上っているため、中心寄りの三つに狙いを定める。
パトリシアは矢を向けてじっと獲物を待った。
と、手前の穴から、白い一角獣がピョンと飛び出す。
ジョバンニにもらった弽はちょうどパトリシアの手に合い、柔らかく鞣した鹿皮が手に馴染み、より力を入れやすく、矢を引き込みやすくなっている。
ヒュ、と二本同時に矢を射ると、手前から飛び出したアルミラージの足と、奥の穴から上半身を覗かせたもう一匹の胸に刺さった。
一匹は即死。
足に刺さったもう一匹は、逃げようと踵を返したところをフレデリカに捕まり、急所を刺され絶命する。
「腕をあげたなパトリシア! そしてフレデリカは相変わらずの安定感だ」
戦いは妹達に任せ、のんびり眺めていたクルシュに、フレデリカは仕留めた二匹のアルミラージを放り投げた。
「お兄様、そこの池で血抜きをお願いします」
相変わらず便利遣いしてくるが、アルミラージは肉も美味い。
ついでにいうと、角もかなりの高値が付くため、余すことなく使える優秀な魔獣である。
「フレデリカ、あまり離れ過ぎるなよ!」
目的を果たしたはずが、遠ざかるフレデリカを不思議に思い、クルシュは声をかけた。
何も考えていないパトリシアは、今晩のおかずにするのだと鳥を射落とし、クルシュに向かって元気良く放り投げてくる。
「お兄様――――!!」
一心に水辺で魔獣の下処理をしていると、嬉しそうな叫び声が聞こえ、フレデリカが手を振りながらクルシュの元へと駆けてきた。
なんだ、小さい子供のような真似をして……まったく大きくなっても甘えん坊だな。
そんなことを思いながらハンカチでゆっくり手を拭いていると、駆けてくるフレデリカとは別の質量を感じさせる砂ぼこりが、彼女の後ろから舞い上がるのに気付いた。
「……ん?」
ドドド……と地響きを立てながら、フレデリカの後ろから黒い塊が迫ってくる。
「「ア、アルクトドゥスッ!?」」
クルシュとパトリシアが同時に叫ぶ。
滅多にお目にかからない熊の古代種だが、グリズリーの倍近い大きさがあり、腕の一振で数人の頭が吹っ飛ぶ程の威力がある。
「お姉様、危ない!」
パトリシアが慌てて矢を射るが、硬い皮膚に弾かれてしまう。
今日は街で買い物の予定だったため、護身用の弓しか持ち合わせておらず、対魔物の強弓は屋敷に置いてきてしまった。
ガアァァァッ!!
アルクトドゥスは、フレデリカに襲いかかろうと、立ち上がり咆哮をあげる。
フレデリカはジョバンニにもらったお気に入りの剣を構え、真横にあった木を足場に飛び上がり、大きく開いた口に勢いよく腕を突っ込んだ。
口が閉じられなくなったアルクトドゥスは、大きく頭を振ってのけぞるが、フレデリカが咥内に腕を突っ込みざま、剣をその喉奥に突き刺したため振り払えない。
フレデリカはもう片方の手で頬肉を掴み、肩口ギリギリまで深く腕を差し込むと、そのまま最奥を剣先でえぐった。
グァアアアァァアア……ガ……ガァァッ!!
喉に血が溜まり苦しいのだろう。
ゴポリ、ゴポリと音を立てて、咥内に入れ込んだ腕の隙間から、血が泡になってこぼれ落ちる。
ブンブンと腕を回し、顔を振り、何とかしてフレデリカを落とそうとするが、喉奥に深く剣を刺しているため振るい落とすことが出来ず、怒り狂って木に体当たりを始めた。
思ったより肉が厚く、致命傷にならなかったようだ。
咥内から喉奥に侵入する異物を噛むことはできないが、引き抜く際に腕を噛み千切られる可能性があるため、フレデリカは腕を突っ込んだまま、動けなくなってしまった。
かといって現状維持のまま、振り回すアルクトドゥスの腕が当たろうものなら、身体が引きちぎれてしまうだろう。
アルクトドゥスの腕を避けながら、次の一手を探るべくフレデリカが下を見遣ると、必死に術式を練り始めたクルシュと目が合った。







