21. はいはい、王太子殿下
ユルグ辺境伯領で過ごしていたからだろうか。
久しぶりの王都は、行き交う人々で何やら忙しなく感じる。
「久しぶりだなジョバンニ。お前への容疑は晴れたぞ」
「何もしていないのですから、当然です」
数日ぶりに王宮へ戻り、王太子の元へと急ぐと、開口一番に笑えない冗談を言われてジョバンニの顔がひきつった。
王太子が重く見た事件に、クルシュが調査官として派遣される。
あのタイミングで容疑者となり、聴取に加わった挙げ句、対象者が悉くジョバンニと縁のある者だったなど……どこまで彼の手の内かは分からないが、いくらなんでも出来すぎている。
「そう、怒るな。結果的に良い方向に進んだ。さすがジョバンニだ」
「褒められている気がしませんが……」
「以前サリード伯爵邸で勤務していた下働きの娘が、相次いで失踪した事件は覚えているか? いずれも二十歳前後の平民だったため、家の事情で退職したとの説明に、調査は打ち切りになった」
物盗りの被害等はないため、これ以上の調査は無駄だと判断したのだ。
平民に時間を割いている暇はない。
ましてや下手に事件化して、雇い主であるサリード伯爵の顔を潰すことにでもなれば、大事になってしまう。
「だが二ヶ月前、失踪した娘のうち二人が貧民街で見つかった。野犬に喰われ、悲惨な状況だったらしい。しかもサリード伯の説明によれば、その二人は実家に帰ったはずだった」
なぜ貧民街にいたのか。
約二年もの間失踪したあげく、故郷の違う二人が同じ場所で仲良く死体になって見つかるなど、通常であれば考えられない。
「今回の襲撃事件ですが、異国語を話す男が指示を出し、ラウラ殿を『大事な依代』と言っていたようです。アマンダ嬢にも『隣の娘もスペアだから同様だ』と」
「依代か……。何の依代かは分からないが、ゴルドッド商会が絡んでいるとなると、慎重に事を運ぶ必要があるな」
正式な調書には書かなかった内容のため、口頭での報告となる。
婚約破棄を待っていたかのような、ラウラへの縁談。
伯爵家程度であればどうとでも出来るが、ゴルドッド商会は武器の取扱いもあるため、中央貴族だけでなく辺境に位置する地方貴族や、他国ともつながりが深い。
「厄介なことだ」
ウルドは椅子に深く腰掛け、天を仰いだ。
「今回被害にあった令嬢達について、保護するよう手続きを進めておけ」
「承知しました」
「あとは令嬢達の保護先だが……さてジョバンニ、我が国で最も安全な場所はどこかな?」
冗談めかして、ウルドはジョバンニに尋ねる。
一連の流れに、ジョバンニは諦めまじりの溜息をついた。
「先日、停戦協定を結んだクレスタ王国との国境近くに、とても治安の良い田舎街があるそうです」
治安を乱そうものなら、姉妹に鉄拳制裁をくらった挙げ句、魔物の餌にされかねない。
自ずと治安も良くなろうものである。
「森も近く空気も綺麗なので、養生するにはうってつけです」
ちょいちょい魔物は出るけど。
ジョバンニが嫌々答えると、ウルドはわざとらしく膝を叩いた。
「ああ、確かユルグ辺境伯領だったか! うん、ジョバンニがそこまで勧めるのであれば間違いない。是非ともユルグ辺境伯にお願いすることとしよう!」
はいはい、王太子殿下。
最初からそのつもりだったんですよね?
してやったりと微笑むウルドに呆れつつ、面倒ごとを押し付ける形になってしまったユルグ辺境伯家に、ジョバンニは心の中でそっと詫びるのだった。
***
数日後、王宮からの使者がユルグ辺境伯領に訪れた。
「え、我が領で、お二人の令嬢を?」
王妃の筆頭侍女までのぼりつめた才女ラウラ。
彼女自身は何ら問題がないが、彼女の父兄は問題しかない。
百歩譲ってラウラ嬢は良いとして、もう一人のアマンダ嬢は貴族主義で直情型の、とんでもない爆弾娘だとクルシュから聞いている。
「お父様、どうされましたか?」
父親の異変に気付いたフレデリカが、使者の後ろに回り込み、すかさず書状を覗き込む。
「あっ、コラ、無礼な!」
「ルアーノ子爵令嬢アマンダ……? どこかで聞いたことがある名前ねぇ。アマンダ……ん? アマンダ……、あ、ああッ!?」
ジョバンニに余計な事を吹き込んだ罪で、先日復讐リストに書き足した名前である。
「あのアマンダが我々の保護を得たいと!? 面白いわね! グレゴール卿の不遜な元婚約者とやらに、一度会ってみたいと思っていたのよ!」
高らかに笑うフレデリカに、ユルグ辺境伯は不安で堪らなくなるが、そもそも辺境伯家に拒否権などない。
「謹んで拝命いたします」
半ばヤケクソになりながらユルグ辺境伯は恭しく頭を下げ、書状を受け取ったのである。







