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2.間違いなく渡しました


(SIDE:ジョバンニ)


 つい先ほどの悪夢のような出来事を思い出し、ジョバンニは溜息をつく。


 あの後ベテラン衛兵達の機転により、近くに立てかけてあった麻布で気を失った令嬢を荷物のごとくくるみ、誰の目にも触れないよう密やかに撤収した。


 冤罪を主張するジョバンニを、若い衛兵はゴミを見るような目で睨んでいたが、件の令息が目を覚まし、無実を証明してくれた。


 無事、身の潔白を証明できた……と、思いたい。


 加えて令嬢がユルグ辺境伯家の長女フレデリカであることも判明し、全てを秘密裏に済ませ、グレゴール侯爵家の面目は保たれた……と、思いたいのだが。


 申し訳程度に頭を下げる息子ジョバンニの言い訳を聞きながら、グレゴール侯爵は頭を抱えていた。


「つまり――」


 机の上で指を交差させ、キラリと光る眼鏡の奥から鋭い眼差しで問いかける。


「悲鳴を聞き、駆けつけたはいいが、あの体たらくだったと」


 確かにあれは酷かった。反論できる余地がない。


「目撃者がいないに等しいのは、不幸中の幸いだが――よりによって倒れていたのが、あのユルグ辺境伯家の令嬢だった、と」


 あの『ユルグ辺境伯家』であることが最大の問題なのだとでも言いたげに、グレゴール侯爵はこれ以上ないほど眉を寄せる。


「敵国であるクレスタに隣接し、頻繁に魔物が出る危険な領土を一手に任されるユルグ辺境伯。その令嬢に無礼を働くなどと、あってはならない」


 ユルグ辺境伯が治めるカラミンの街の近くには広大な森があり、頻繁に魔物が出ると聞く。

 また、常に敵国からの侵略が危ぶまれる要所でもある。


 無礼を働かれたのはむしろ自分のほうなのだが……眉をひそめたジョバンニを、グレゴール侯爵はひと睨みした。


「もうよい。何もないことをせいぜい祈っておけ」


 出ていけと手を振られ、ジョバンニは覚束無い足取りで、部屋を後にしたのである。



***



(SIDE:ユルグ辺境伯)


 おそい……。


 貴族達を乗せた馬車が次々と帰路に着く頃、夜会の途中で姿を消した娘を、ユルグ辺境伯はイライラしながら待っていた。


 要所を守るユルグ辺境伯家が王都に呼ばれることは滅多にない。

 今回の夜会は、長年小競り合いを繰り返してきたクレスタ王国との停戦を祝うものだった。


 クレスタ王国の王女が極秘に来訪し、我が国の王太子との顔合わせを目的としていたが、ついては建国以来、防衛に当たっていた我がユルグ辺境伯家も招き、禍根なきようにしたいとのことだった。


 自由に育てすぎたのか、魚釣りや魔物狩りばかりして遊び呆けている長女に、婚約者でもできれば儲けもの。


 前回のお見合いで初対面のご令息を相手に揉め事を起こし、こっぴどく叱ったので、貴族の集まる夜会で問題を起こすことはないだろう。


 そんな気持ちで連れてきたのが大間違いだった。


 フレデリカは貴族令息には目もくれず、開始早々、軽食コーナーで食べ漁り、そしてユルグ辺境伯が挨拶のため側を離れた一瞬の隙をついて会場を抜け出し、誰かを追いかけて行ってしまった。


 ひととおり挨拶を終えた後、慌てて探し回り、やっと遠目で見つけた時には誰かに襲いかかった挙げ句、麻布にくるまれてどこかに拉致される姿だった。


 そしてそれっきり戻ってこない。


 先程侯爵家の侍従から連絡を受け、少々遅れるが責任をもって馬車まで送るとのことだった。


 勝手に帰る訳にもいかず、かといって聞くのも憚られ、半刻以上待ちぼうけをしていると、不意にコンコンと馬車をノックする音が聞こえた。


「お父様お待たせ致しました!」


 元気いっぱい、可愛らしいワンピースを着たフレデリカが、エスコートを受けながら意気揚々と馬車に乗り込んでくる。


「一体お前は何をして……!?」


 そんな服着てたっけ!?


 見たことのないワンピースに身を包み、擦り傷だらけの腕を惜しげもなく出している上、化粧もすっかり落ちて風呂あがりのようである。


 よいしょ、と呟いて、夜会で着ていたはずのドレスを無造作にどさりと置いた。

 新調したはずのドレスは、所々破け裾には泥がついている。


「お父様聞いてください! 以前お見合いした令息がまたしても無礼を働いてきましたので、追いかけたところ転んでしまい、侯爵家に保護していただいた次第でございます!」


 改まって話す時は、大抵言い訳と相場は決まっている。


「少々汚れてしまいましたので、湯浴みをさせていただきました! 見てください、この可愛いワンピース!!」


 得意気に話すフレデリカに、怒る気力も失せる。


「……なるほど?」


 見聞きしたのとだいぶ違うが、もう考えるのは止めよう。

 そんなことを考えながら、そっと窓の外を見た。


「気に入った令息がいたら、話しかけろと言ったはずだが?」

「そうですね、話はあまりできませんでしたが、出会いはそれなりにありました」


 色々露出されていましたが。

 なんなら目が合うなり気絶しましたが、意志疎通はできました。

 話したというか、叫んだというか、まぁ結局言葉を交わしたわけですし、出会えたも同然です。


「……そうか」


 ユルグ辺境伯はゆっくりと目を瞑り、疲れきったように顔を手で覆った。


 王太子とクレスタ王国の王女……初顔合わせは無事に終わった。

 派手な美しさはないが、慎ましやかで野に咲く花のような王女だった。

 あの方なら、きっと王太子の良き支えとなってくれるだろう。


 そういえば十七歳と言っていたか。

 フレデリカと同じ年齢だな。

 そうか、それであの落ち着きか。

 慎ましやかで野に咲く花のような……(以下、繰り返し)


 ユルグ辺境伯の溜め息と、フレデリカの鼻唄を乗せて、馬車はゆっくりと動き出した。




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