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つよつよ脳筋令嬢は押しに弱い ~空気を読まない騎士様が、所嫌わず迫ってくる件~  作者: 六花きい


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15/49

15. なかなかの切れ味です


「ジョバンニ、今日は一日中拘束して申し訳なかったな」

「いや、君の役に立てたなら本望だ。明日明後日は非番だから、ゆっくり休むとするよ」

「え、二日間も非番……?」


 フレデリカとパトリシアに、急ぎ渡して欲しいものがある。


 聴取を終えた後、ジョバンニから何やら包みを手渡されたクルシュは、非番と聞いて身を乗り出した。


「魔力ギリギリだけど、頑張ればいけそうだ」

「何の話だ?」

「ジョバンニ、前回視察に来た時は慌しくて、あまり森を案内できなかっただろう? もし良かったら遊びにこないか」

「それは嬉しいが……では改めて連絡するよ」

「必要ない、今すぐだ」


 クルシュは嬉々として、ジョバンニの肩をガシリと掴んだ。

 少し眉を寄せて何事かを呟くと、ザァッと音を立てて馬車の床から青白い魔法陣が顕現する。


「何をする気だ!?」

「ユルグ辺境伯領に直行だ! ついでにこの包みも自分で渡すといい」

「待て、連絡もしないで突然行くなんてマナーに反する!!」

「そんなもの、誰も気にしない」


 自身も多少の魔力を内包するジョバンニ。

 だがクルシュの発する異様な魔力量に圧倒され、身体中からぶわりと汗が噴き出した。


[[ 転移 ]]


 イタズラが成功した子供のような笑顔を浮かべ、クルシュが宣うなり、二人の足元が沈みこむように床へとめり込む。


 一瞬、弾けるように馬車が眩く輝いた後、取り巻いていた光の輪が収束し……そして、二人の姿が消えた。



 ***



 疲れた……。

 とにかく濃くて、長い1日だった。

 大人一人を一緒に転移させるのは、実はかなりの魔力を要する。


 日中の疲れも相まって、魔力量はもう空っぽ。

 ユルグ辺境伯邸に着くなり力尽き、その場に倒れこんだクルシュを、ジョバンニが慌てて抱き上げた。


 いい歳をした成人男性が横抱きにされるなど恥ずかしいことだが、そんな事はもうどうでもいい。

 逞しい腕に優しく包まれ、その包容力を甘んじて享受する。


 幸せだ。

 もう、ずっとこのままでいい。

 今日の僕は頑張った。


 どの女性もアクが強すぎて飽食気味である。


 女性はしばらく御遠慮願いたい。

 そんなことを考えていると、聞き慣れた笑い声が近付いてきた。


「え、グレゴール卿!? ぶはっ、ちょっと二人とも何やって……あははは!」

「お兄様は友達が少ないから、寂しくなって攫ってきたのでは?」

「パトリシア、駄目よ。そんなこと言ったら可哀想だわ。お兄様は仕事でお疲れなんだから」


 前触れもなく訪問したにも拘わらず、まるで気にしていないらしく、二人の令嬢は大笑いをしている。


「な、ジョバンニ。言っただろう? 一度受け入れたら、家族同然だ。先触れなんて必要ないから、気が向いた時に来ればいい」


 少しホッとした様子のジョバンニを見て、クルシュは満足気に微笑んだ。


「でもお姉様……貴族令息が、横抱きにされて得意気にしてるってどうなの?」

「それよそれ! プッ、あははは! だめもう、可笑しい」


 いつもならその物言いを注意するところだが、妹達の無遠慮な無邪気さが、今のクルシュには堪らなく愛おしかった。


 ああ、これだ。

 癒される……。


「お前達……抱き締めてもいいか?」


 ジョバンニの腕から降り、ヨロヨロと妹達に歩み寄る。

 騒ぎを聞きつけてやってきたユルグ辺境伯が、可哀想な子を見るように愛息子へと視線を送った。


 あともう少しで妹達に手が届く、という所でパトリシアが鳩尾を一撃し、クルシュはぐったりと気絶する。


 ユルグ辺境伯家随一の怪力パトリシア……そのまま肩に担ぎ、「面倒臭いから部屋に放り込んできますね」と運んでいった。


「突然お邪魔することになり申し訳ありません」

「うちは全然構わないよ。だがグレゴール卿、もしや愚息が御迷惑をおかけしたのでは?」


 心配そうに問いかけるユルグ辺境伯に、ジョバンニは笑顔で答える。


「いえ、そんなことはありません。彼は素晴らしく優秀です」


 本当かなぁ、と疑いの視線を向けるフレデリカに目を留め、ジョバンニは思い出したように何かを取り出した。


「フレデリカ嬢、君に渡したいものがあるんだ」

「私にですか? ありがとうございます」


 紋の付いた包みのまま、そっと手渡す。

 フレデリカが組紐を解くと、何やら短剣のような物が出てきた。


 利き手に持つと、ひんやりとした冷たさが手に馴染む。


 緻密な彫刻が施された鞘から抜くと、灰色の剣身が冴えた輝きを放ち、ミスリルのようにも見え、一見して高価なものだと分かる。


「こ、こんな高そうな物、いただけません」

「いや、王都の屋敷から持ち出した物だから、気にすることはない。誰も使わないまま錆びるよりは、君に使って欲しい。大剣をいつも持ち歩ける訳じゃないから、いざという時のためだ」


 時間がなくて、持参したもので申し訳ないと語るジョバンニ。

 それでは遠慮なく、とフレデリカが御礼を言って受けとると、クルシュを部屋に放り込んできたパトリシアが、羨ましそうにジョバンニへと向き直った。


「あ――ッ!? お姉様だけずるい! グレゴール卿、私もお土産が欲しいです!」

「君には、これを」


 元気いっぱいおねだりするパトリシアに、ジョバンニは相好を崩しながら布袋を手渡した。


「これは……?」


 開けると、中には手袋が入っている。


「一日目の夜、君はあろうことか強弓を素手で引いていただろう」


 あれは、絶対にだめだ。

 いつも優しげなジョバンニが珍しく険しい顔をしたのに驚き、パトリシアは目を丸くした。


「下手をしたら指が飛ぶ。これは俺が十歳の頃に新調したきり、一度も使わずにしまってあったものだ。本当は君の手に合わせるべきだが、今回は時間がなかったので、間に合わせだと思えばいい」


 心配してくれているのだろう。

 間に合わせでも無いよりはと、時間がない中、自分のために急ぎ持ってきてくれたと知り、パトリシアが嬉しそうに頬を染める。


「元々の筋力がかなり発達しているようだ。強弓を矢の長さいっぱいに引き込むのであれば、絶対に(ゆがけ)を着けるべきだ。指の離れに少し練習が必要になるが、四つがけがいいだろう」


 手渡された弽は鹿皮を(なめ)して作られた物で、金糸が所々に施されている。


「袋の奥に、白い手袋のようなものが入っている。それが下掛けといって、弽の下に着けるものだ。どうしても時間がないときは、下掛けだけでもつけるといい。弦から手を守ってくれる」


 かなり高そうだが使う人もいないと聞き、パトリシアも遠慮無く頂戴する。


「グレゴール卿もお疲れでしょうから、湯浴みをしてゆっくりとお休みください。ほら、お前達もあまり引き止めないで解散だ」


 ユルグ辺境伯の言葉でその場は解散となる。

 明日は森を探索しましょうと、フレデリカが短剣を見つめ嬉しそうに呟いた。



***



「足元にお気をつけください」


 森のあちらこちらで木の根がせりだしているため、ジョバンニ、フレデリカ、クルシュの三人は足元に気を付けながら進んでいく。


 一緒に行きたいとパトリシアが駄々をこねたが、夜番のためユルグ辺境伯から許可が下りなかった。


「今日は一部しかご紹介できませんが、奥へ行けば行くほど大型の魔物や魔獣が出ます」


 そんなことを話しながら、フレデリカが先程から、虫笛のようなものを振り回している。


「フレデリカ嬢、それは……?」

「ああはい、これは、うなり笛です。魔物が好む羽音を出します」

「……うなり笛?」


 何を言っているのだろう。

 助けを求めてクルシュを振り返ると、諦めたようにちまちまと薬草を摘んでいる。


「それは、なんのために……?」

「はい、この森を知ってもらうには、まず出現する魔物を見ていただくのが一番かと思いまして」


 大丈夫、笛の音が届くのはせいぜい五百メートル四方です!


 ジョバンニは再度、ババッと勢いよくクルシュを振り返るが、やはり目を合わせず今度はキノコを探すフリをしている。


 ジョバンニが一人で慌てていると、獰猛なうなり声がして、ミシミシと草木が踏み潰される音がした。


「早速来たわね!? ……なぁんだ、熊だわ。貴方は今お呼びじゃないのよねぇ」


 ガッカリしたフレデリカに向かって、二メートルを越える大きな熊が、木の間から突進してくる。


「でも、切れ味を試すには打ってつけよね」


 ジョバンニが剣を構えるのを待たず、フレデリカは昨日もらった短剣を取り出し、突進してくる熊に向かって走り出した。


 ぶつかる直前右側に避け、熊の毛を鷲掴みにして身体を捻りながらフワリと背中に飛び移ると、そのまま剣身が見えなくなるまで、頚部背面に力任せにズブリと沈める。


 グォォォオオッツ!?


 延髄を正確に貫かれ、仁王立ちで叫んだ数秒後、ドォォンと音を立てて熊が地面に倒れ込む。


 フレデリカが伏した熊の頚部から短剣を引き抜くと、ぶしゃりと音を立てて血が吹き出した。


「なかなかの切れ味だわ! グレゴール卿、ありがとうございます!」

「う、うん……そうか。それは何よりだ……」


 そういう用途であげた訳ではないのだが、本人が嬉しそうなので良しとする。


「あ、お兄様。次の魔物が来ると邪魔だから、屋敷の解体所に転移させてください」

「そんなことだろうと思ったよ……」


 便利使いされるのは、いつものことなのだろうか。

 クルシュは諦めまじりに、転移用の魔法陣を起動し始めた。


「さあ、ジャンジャン行くわよ!」


 高らかに笑うフレデリカを横目に、血塗れの熊は青白い光を放ち、地面に飲み込まれていったのである。






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