14. 伯爵令嬢ラウラ、非公式の聴取
さすがは白銀の貴公子。
ジョバンニ効果はすごかった。
あの後も立っているだけで街娘や令嬢達が群がり、彼の見た目か人柄か、皆一同に好意的で、あっという間に目撃情報が集まった。
「グレゴール卿、ラウラ嬢の聴取にまでご協力いただき申し訳ございません」
欲しかった情報で調書が埋め尽くされ、ホクホクの書記官はご機嫌で声を掛ける。
どうしてもと頼まれ断りきれず、引き続き聴取に同席することとなったが、サリード伯爵家とはアマンダの件で因縁がある。
聴取に差し障りがないよう、クルシュが認識阻害の魔術をジョバンニにかけ、冴えない中年にカモフラージュしてくれた。
今から聴取するのは、サリード伯爵家の長女ラウラ。
デビュタントで国王夫妻に拝謁した十六歳の時に、王妃殿下付きの侍女として抜擢されて以降、これまでずっと王宮に勤め忠を尽くし、独身のまま王妃直属の筆頭侍女にまで上り詰めた才女である。
王妃殿下付きの近衛騎士と恋に落ち、めでたく婚約を結んだのはつい三ヶ月前。
筆頭侍女の職を辞し、結婚式までの半年間、実家であるサリード伯爵家で過ごす予定であった。
そんな折での襲撃事件、そして婚約破棄である。
一見冴えないぼんやり眼鏡のクルシュだが、対外的にはユルグ辺境伯嫡男であるため、屋敷に着くなりサリード伯爵自ら不機嫌な顔で出迎えた。
「今日はあちこちで派手に騒いでいたようですが、早急に片を付けてもらわないと、こちらとしても困ります」
「いやぁ、申し訳ありません。すぐでも終えたいのですが、上からの命令で仕方なく」
監視役がいるのだろうか、街での様子が筒抜けらしい。
婚約破棄して早々、結婚相手を金満老人にすげ替える気満々のサリード伯爵に、クルシュは調子よく言葉を返した。
何を企んでいることやら。
のらりくらりと躱したクルシュは、本題へと入る。
「それでは、聴取中は人払いをお願いいたします」
***
部屋に入ると、ラウラが軽く一礼する。
今でこそ言葉を返してくれるようになったが、最初は取りつく島もなかった。
「見慣れない方がいらっしゃいますが」
認識阻害で見知らぬ中年になっているジョバンニを一瞥し、警戒した口調でクルシュに問いかける。
魑魅魍魎がうごめく王宮で、筆頭侍女にまで上り詰めた彼女に、中途半端な嘘は通用しない。
「ラウラ嬢、今から見たことは内密に願います」
クルシュが小声で告げると、当然そのつもりです、とラウラは頷く。
声を潜めた事に気付いたのか、不意に扉の向こうで人の気配がした。
クルシュとジョバンニの視線が絡みあう。
聴取中、誰も部屋に近付かないよう言付けたはずなのに。
クルシュはパチンと指を鳴らし、ラウラを起点に四人を囲む形で防音壁を作った。
「これは……!?」
空気の流れが変わった事に気付き、ラウラは驚きの声をあげる。
「魔術師様、だったのですか……?」
目を瞠るラウラの前で、見慣れない中年の男に向かってクルシュが軽く手を振ると、認識阻害が解けてジョバンニの姿に変わった。
「グレゴール卿!?」
「ラウラ嬢。僕は魔術師ではありませんが、多少の心得があります」
突如現れた顔馴染みにラウラは思わず声を上げ、慌てて自分の口を手で覆った。
防音壁を張ったので声が漏れる心配はありません、とクルシュは事もなげに宣うが、それがどれほど凄いことかを本人は分かっていない。
稀少な魔術師はどの国も、喉から手が出るほど欲しい人材だ。
さらには辺境伯家の嫡男……少なくとも下っ端調査官として聞き込みをするなんて、通常はあり得ない。
「グレゴール卿だったのですね」
「認識阻害をかけました。防音壁の外からは今でも、地味などこにでもいる中年男性に見えていますよ」
使い方次第では恐ろしいことになるが……気を取り直し、ラウラはコホンと咳払いをした。
「つまり、防音壁の中にいる間は、何を話しても屋敷の人間に聞かれる心配はない。そういうことですね?」
探るような物言いに、クルシュは頷く。
「それで……? グレゴール卿はなぜこちらに?」
見知った顔に少し安心したのか、表情が少し柔らかくなる。
同じ王宮勤めのため、ラウラとジョバンニは交友があった。
「知らぬ仲ではないし、王宮でも世話になったからな」
そう言ってジョバンニが照れくさそうに笑うと、「グレゴール卿は相変わらず真面目ね」と、ラウラは優しい微笑みを浮かべた。
「承知しました。グレゴール卿がいらっしゃるのなら、信頼してお話しいたします。但し非公式のものとさせていただけますか?」
ここでもジョバンニ効果は顕在だ。
記録に残さないほうがよさそうだと、クルシュが目配せをすると、書記官は心得たように頷いた。
高位貴族が絡む案件は、こういったことがよくある。
宮中の奥深くまで手が伸びている場合、記録の改竄や証拠隠滅の恐れがあるため、公式な書類には残さず、決定的な証拠を押さえるまでは内々での口頭報告になることも少なくないのだ。
「馬車は一台。道を塞いだ後、五人の男達が馬車から降りてきました。統率された動きを見る限り、寄せ集めの物取りなどではございません」
ラウラはきっぱりとした口調で言い切った。
「その中に一際背の高い男がおり、異国語で指示を出していました。指示を受けた者が、片言ですが我が国の言葉で、『抵抗したら殺す』と脅しました」
今まで聞いた内容と合致している。
「私達を乱暴に馬車から引き摺り降ろしたのを見て、指示役の男が怒鳴りました。『大事な依代を傷付けるな。隣の娘もスペアだから同様だ』と」
一呼吸置いて、ラウラはジョバンニを見つめた。
「依代というからには、使い途があるのでしょう。これで終わりではないはずです。婚約破棄も済ませたため、お相手に御迷惑をかける懸念もございません」
驚いたことに今回の一件を重く考え、ラウラ自ら婚約破棄を申し出たようだ。
「指示役の男は所作からするに、恐らく貴族出身の軍人でしょう」
「大きな話になりそうだな……ラウラ嬢とアマンダ嬢の両名を保護できるよう、何とかして手を打とう」
ジョバンニは力強く頷き、クルシュと書記官もまた、神妙な面持ちで視線を交わした。







