13. 白銀の貴公子効果
アマンダの聴取後も、クルシュと書記官は引き続き事件現場と、サリード伯爵家での聴取が入っている。
本来であればグレゴール侯爵邸にジョバンニを送り、別行動となる予定だったが、王都の事件現場近くに美味しい店があるからと、一緒に昼食を食べることになった。
「今日は本当に助かりました。今回の事件は、白昼堂々と襲撃されたにも関わらず、全然情報が集まらなくて途方にくれていたのです。被害に遭った令嬢達は勿論のこと、事件現場でも何度か事情聴取をしたのですが、皆、口をつぐむばかりで」
書記官が悩ましげに溜め息をつく。
「最後に伺う予定のラウラ嬢は、本日の訪問で四回目です。やっと事件当時のお話を、少しずつ口にしてくださるようになりました」
いつもにも増して調査が難航しているらしい。
現場近くに馬車を停め、少し歩くと、可愛らしいレンガ造りのお店が見えてきた。
「ああ、この店か。お忍びで王太子と街を訪れた時に行ったことがある。『ジョシュア』の愛称で通しているから、そう呼んでもらいたい」
ジョバンニは街へおりる時、王宮の警備兵を装っているらしい。
野ウサギのシチューとパンを注文すると、店内の女性達から、チラチラと視線を送られるのが気になった。
「なんだか、見られていませんか?」
「ああ、僕も気になっていた」
書記官とクルシュが小声で話していると、数人の女性客が駆け寄り、「ジョシュア様、お久しぶりです!」とジョバンニに話しかける。
「ああ、リラ。久しぶりだな」
「スザンナ、結婚したのか。幸せそうでなによりだ」
まとわりつく女性達に声をかけ、ジョバンニはふわりと優しげな笑みを浮かべた。
「しばらく見ない間に、みんな綺麗になったな」
きゃあぁぁッと女性達から黄色い声があがる。
よく見ると他テーブルの女性まで、悶えている。
それを見ていた奥の女性達がおもむろに立ち上がり、クルシュ達の座るテーブルが、あっという間に囲まれてしまった。
立ち上がり、ひとりひとりに声をかけるジョバンニことジョシュアと、呆然とする男二人。
「そういえば、先日この近くで襲撃事件があったと聞いたが、みんな大丈夫だったか? もし見た者があれば、どんな小さな情報でもいいから教えて欲しい」
目撃情報が集まらないという話を思い出し、女性達に声をかけると、すぐに数人から声があがった。
「往来で前から来た馬車が道を塞いだんです。このままではぶつかると思った次の瞬間、馬車から黒ずくめの男達がおりてきました」
一人目がそう言って、ジョバンニに腕を絡ませる。
クルシュと書記官は遠い目をした。
あの女性は見たことがある。
初日の聞き込みで「何も見てないわよ、しつこいわね!」と、般若の如く、二人を怒鳴り散らしていた。
「襲撃にあった貴族の馬車はあっという間に囲まれ、中に乗っていた令嬢達が連れ去られるまで、わずか数分でした」
腕を絡めた一人目を牽制しながら、二人目が答える。
あの女性も見たことがある。
近くのパン屋で働くリラ。人気の看板娘だ。
「忙しいんだから、二度と来るんじゃないよ!」と言って、二人を追い出した挙げ句、大量の塩を撒いていた。
「ああ、でも、黒い男達の中に、一人飛び抜けて大きな男がいなかった?」
さらに三人目が思い出したように言うと、周囲の女性達は一斉に頷いた。
「いたいた」
「なんか、指示してわよね」
「……どんな指示を出していたか分かるか?」
ジョバンニが尋ねると、異国語なので分からないと口を揃える。
「そうか、みんなありがとう」
せめて単語を聞き取れれば、どこの国だか分かったのに残念だな、とジョバンニは独り言ちる。
黙り込んだジョバン二の肩に触れ、「ジョシュア様、今度私のパン屋にも来て下さいね」と、リラがおねだりしたところで、店主が割り込んできた。
「お待たせしました。ご注文の野ウサギのシチューとパンです。ほらほら、温かいうちに食べないと味が落ちちまうだろう。早く自分の席に戻れ」
女性客から解放されたジョバンニは、運ばれてきたシチューに手をのばし――放心している二人の男に気付いて首を傾げた。
「ん、どうした?」
事件が起きてから、早二週間。
現場に足を運ぶのは四回目だ。
初回と二回目は三時間。
そして三回目は、集まらない情報に業を煮やし、五時間も行脚して聞き込みをした。
……それを、わずか十分で。
この男、相当使える!
書記官は勢いよく席を立ち、ジョバンニの手を握った。
「グレゴール卿!! 今日は是非、このまま共に聞き込みをしましょう!!」
いざ、サリード伯爵家へ!
彼のほとばしる熱意が、これまでの苦労を物語っていた。







