11. 子爵令嬢アマンダの聴取②
「そんな……!? 婚約話はすべて断っているのでは? 思いを寄せる方などと、嘘はお止めください!」
まさか断られるとは思っていなかったのだろう。
アマンダは怒りの表情を浮かべ、ジョバンニへ詰め寄った。
「本当だ。嘘じゃない」
珍しく強い口調で宣言する様子を見る限り、とても嘘には見えない。
誰だ!?
この愚直な男を射止めたのは、一体誰なんだ!?
クルシュと書記官は、ワクワクと目を輝かせながら、固唾を呑んで見守った。
……調書を書く手はとうに止まっている。
「嘘に決まっています! だってジョバンニ様が特定の女性と懇意にしている噂なんて、聞いたことないもの!!」
下世話な話に、はっと口をつぐむが、もう遅い。
ジョバンニは短く息を吐いて、正面からアマンダをじっと見つめた。
「本当なんだ。実は先日、当家で主催した夜会でこの飾り紐を貰ったんだ」
これがその時受け取った飾り紐だ。
そう言ってジョバンニは胸ポケットから素早く飾り紐を取り出し、一瞬だけチラっと見せて、またささっとしまった。
クルシュは思わず、ブフォッと吹き出し、何の音かと驚いた書記官が、不思議そうに辺りを見回す。
クルシュの位置からは、見覚えのある飾り紐がバッチリ見えた上、すべての経緯を知っている。
あれってフレデリカのストールに付けていた飾り紐だよな……?
え、気になる女性って、まさかのフレデリカ!?
某令息を懲らしめるため、両端に石をくるんだストールを投げた、という話は聞いている。
ジョバンニの下半身に巻き付いたそのストールの飾り紐を、大事に胸ポケットへしまっていたらしい。
面白すぎる展開にクルシュは手で口を押さえ、必死で笑いを我慢するが、ぶくく…と変な音が漏れてしまう。
これはまずいと慌てるクルシュを、書記官は怪訝そうに見つめた。
元婚約者に会う前、勇気が出る御守り代わりだと嬉しそうに胸ポケットを叩いていたが、案外可愛いところがあるようだ。
「その後、彼女の家に泊まり、早朝から共に汗を流した。二日目の夜は屋敷を抜け出し、ふたりで夜空を眺めた仲だ」
視察でユルグ辺境伯家に泊まり、朝稽古で汗を流し、クルシュの夜戦を観に外出しただけの話なのだが……。
思いもよらぬ事実に、アマンダは驚愕のあまり目を見開く。
ジョバンニはその時の様子を思い出したのか、少年のように眼を輝かせながら、なおも語った。
「一日目は本当に素晴らしい夜だった。鍛えあげられたしなやかな肢体が夜空にきらめき、ああ、今までの常識を覆されるほど素晴らしいものを見せてもらった……!!」
夢見がちな乙女のように頬を上気させて語るジョバンニに、アマンダは絶句する。
我慢出来なくなったクルシュは、腹がよじれるほど笑い転げ、肩を震わせた。
嘘じゃない、嘘じゃないけど……!!
見目麗しく、将来有望な侯爵嫡男。
高位貴族にしては珍しく、愚直で優しい男だ。
きっと家族も大切にするだろう。
婚約破棄されたとはいえ、これだけ条件が整った男なら美しい令嬢達が他にいくらでもいるはずなのに、射止めたのはよりによってウチの脳筋フレデリカ。
なぜあんな野生児を好むのかは正直理解に苦しむが、兄から見れば可愛い妹。
嬉しい限りである。
「嘘よッ! 一体誰なの!? 本当ならどなたが御相手か教えていただけますか!?」
被っていた猫は、すべて逃げていったらしい。
ジョバンニの妻に収まるはずだったアマンダは完全にアテが外れ、ギリリと臍を噛んだ。
「ちょっと、貴方さっきから何がそんなに可笑しいのよ!?」
ついには無関係のクルシュにまで、噛み付き始めた。
アマンダの豹変ぶりに、ジョバンニは困ったように眉を寄せている。
ここらで助け船を出したほうが良さそうだ。
「いや、すまないね。僕はジョバンニと酒を酌み交わす仲なのだが、彼の言っていることは本当だ」
涙が出るほど笑ったため、乱れた息を整える。
「彼の想い人は、僕の妹だよ」
得意気にクルシュが言うとジョバンニは照れたように頭を掻いた。
アマンダと書記官は口をあんぐりと開け、固まっている。
事件についての欲しい情報は大体もらったから、もう記録する必要はないだろう。
「自慢の、妹なんだ」
そう告げるなり、クルシュはニコリと笑った。







