08話 警鐘 後編 (改)
◆ ◇ ◆
夜の帳が下りる頃。
町の中央広場では、執行役の神父と棒に縛り付けられた上で、足元に藁などの可燃物を置かれた少年の姿があった。また、彼らを中心にして武装した男たちが円状に立っており、更にその周りを囲うようにして民衆が集まっていた。
「あんな小さな子が可哀想に……」
「あの子が悪魔つきってやつなのか?」
「娘を助けてくれたんだ。悪魔つきな訳がない」
民衆が囁く中で、少年に娘を救われた男が言い切った。
「そうなのか?」
「ああ、神父は金を見た後に俺を追い返した。なのに、あの少年は無償で娘を助けてくれたんだ。どうせ神父のでっち上げに決まっている」
民衆たちが騒めく中、中央の人物が動きを見せる。
「これより、聖なる炎による、浄化の儀を執り行う」
神父は声を高らかに上げて宣言した。そして神父は、少年の足元の可燃物に火を付けようとする。
「くそ…放せ……」
武装した男によって地面に押し付けられている少年の父親が言った。
「止めて!うちの子が……。うちの子が……。ウウウ……」
武装した男に制止されている少年の母親が泣き叫んだ。
「悪魔つきで、なかったのなら最後の時まで、肉体が残っているだろう」
神父は民衆を説き伏せる様に言ったあと、少年の足元に火を付けた。
「嫌だ……死にたくない……。死にたくないよ……。お父さん……お母さん……」
布で口を塞がれた少年が泣きながら助けを求めた。だが、救いの手は差し伸べられることはなく、無情にも神父が放った火が徐々に少年を包み込んでいく。
そんな最中、火の粉が音を立てて跳ね上がり、神父の裾へと燃え移る。
「くそっ!」
神父は慌てて振り払うが、何故か火は消えずに徐々に燃え広がっていく。
「熱っ! くそ、何故消えないんだ。みず、水はないのか。ええい、どけ、どけ!」
すぐ近くには水場がなかったので、神父は慌てながら民衆をかき分けて、一番近い水場へと走り出す。
「ハァハァ、あと少しだ……」
神父は、服の殆どを火に覆われていながらも、水場までの最後の角を曲がろうとしていた。
「あと少しだ……あと少しで……」
そう言いながら、神父は角を曲がったのだが、そこで出会い頭に誰かとぶつかり尻もちをついてしまった。
「グゥ……」
神父は、ぶつかったままの低姿勢で相手の顔を確認する。そこには、二つの月明かりを背にした男が立っており、ローブを目深く被っていたのだが、その顔を窺い知ることが出来た。
その男は、二、三十代ほどの容姿をしており、瞳は黒く濁っていて憎悪に満ちていた。
そんな男に対して、神父は問いかける。
「貴様は何者だ?」
神父は、自身についていた火がいつの間にか消えていたことは疎か、燃えていた服が無事であることさえ気づかずに、疑問を投げかけた。
だが、その答えは返ってくることはなく、神父はローブの男によって踏みつけられた。
◇ ◇ ◇
町の中央広場には、先ほどまで立ち上っていた炎が突如姿を消していた。
「一体何が起きたっていうんだ」
「神父も突然走り始めるし訳が分からん」
民衆たちが疑問を口にする中で、女性が地面に伏せて泣いていた。それは、息子を燃やされてしまった母親であった。かたや、父親はというと武装した男に取り押さえられたまま、己の無力さに苛まれていた。
そんな中で民衆の一人が声をあげる。
「おい、あれを見てみろよ」
「ん? あれはもしかして燃やされてしまった子供なのか? それにしては無傷に見えるんだが……」
民衆の一人が少年へと駆け寄り、確認する。
「息をしているぞ! 眠っているだけのようだ! それにしても、衣服まで燃えていないとは一体何が起きているというんだ」
その声を聞きつけて、少年の両親が駆け寄る。
「ああ、良かった」
「そうだな」
少年の両親は、喜びの涙を浮かべながら少年を抱きしめた。一方で民衆はというと……。
「奇跡だ。奇跡が起きたぞ」
「これはおとぎ話に出てくる聖人様ってやつじゃないか?」
「そうか。それであんなに若いのに治癒の力まで使えたのか」
「治癒の力……それってまんま聖人様じゃないか!」
「聖人様だ! 聖人様だったんだ!!」
町は先刻までとは打って変わり、賑やかさを取り戻していった。
◆ ◆ ◆
男は闇夜の中、高台の上に釣らされていた。
「く……くるしい。たすけて……くれ……」
たまに訪れる人影に呼びかけるも男を助けるものはいなかった。
「たのむ……から……わたしを……ここからおろしてくれ……」
男は暗闇の中で、懇願するも願いを聞き届けるものはいなかった。
その後も、何度も何度も人々に救いを求めるが手を差し伸べるものはいなかった。
「せめて……らくに……させて……くれ……」
男はせめてもと、いつ終わるとも知れない苦しみからの解放を懇願した。だが、その願いすらも聞き届けられることはなかった。
そんな中で、突如『グアーン、グアーン』という轟音が男を襲う。
「またか……。みみが……」
男の声は、轟音の中へとかき消されていった。