07話 警鐘 中編 (改)
女性から貰った飴玉が溶けてなくなってしまった頃、僕らは本日の目的地である教会の前へと辿り着いていた。
「今日の参加者は僕らだけなの?」
ふいに湧いた疑問を口にしてみた。
「ええ、そのはずよ」
どうやら参加者は僕らを除いていないらしい。これならすぐに終わるかもなどと考えていると、父が扉を開けながら言う。
「さあ、神父様が中でお待ちのはずだ」
扉を通り抜けると、そこにはいくつもの木でできた椅子が置かれており、床には赤い絨毯が敷かれていた。そして、教壇の前には少し太り気味の神父が立っていた。
「到着されましたね」
神父は、僕らを一瞥した後に告げた。
「本日はよろしくお願いします」
父が頭を下げながら言ったので、僕と母も同じようにして続く。
「「よろしくお願いします」」
「うむ。では、席にお座りなさい」
神父はそう言って席に座ることを促した。僕らは指示に従い、一番前の席へと座る。すると、神父は僕らが全員座ったことを確認したあとに、祝詞を読み上げ始めた。
しばらくの間、退屈な時間を過ごしていたのだが、ふいに祝詞の声が鳴りやむ。どうやら退屈な時間が終わり、僕が動く時が来たようだ。
手順通りに、父から奉納金の入っている袋を受け取った後、立ち上がり、その場で一礼をする。そして、神父の下まで歩いていき、再度一例をしたあとに奉納金の入った袋を差し出す。
神父は、僕が差し出した袋の中を覗き見たあとに告げる。
「……確かに」
神父の声を聞いたあとに、僕は両親のいる席の場所へと戻ると、座らずに父と母に目くばせをする。それを合図にして父と母も立ち上がる。
「「「本日はありがとうございました」」」
僕らは、手筈通りに同時に一礼をした。これで後は外に出るだけだと思いながら顔を上げると、突如教会の扉が開け放たれて何者かが入ってくる。
「神父様助けて下さい。娘が木から落ちてしまって……」
どうやら、慌ただしく入ってきた人は、怪我をしてしまった娘の父親らしい。両手で五歳くらいの女の子を抱えながら、神父の下へと詰め寄る。
「お願いします。娘の怪我を治してください。奉納金ならあります」
そんな中でも神父は何も答えずに黙って成り行きを見守っている。神父が動こうとしないので、少女の父親は娘を最前列の席へと寝かせた後に、再度頼み込む。
「これで、これでお願いします」
少女の父親は、必死な顔をしながら袋を神父へと差し出した。そこで今まで動こうともしなかった神父がやっと動き出す。が、先に袋の中身を確認し始めていた。
神父の中には、治療の魔法の心得がある者もいるらしく、今目の前にいるこの神父もその一人らしい。ただし、その治療を受けるにはそれ相応のお気持ちとやらがいるとのこと。
父は、そんなことをするくらいならそこら辺で採取した薬草でも塗っておくと言っていたなと思い出しながらも成り行きを見守る。
袋の中身を確認し終えた神父は、投げるようにして袋を返した後にとんでもないことを告げる。
「すみませんが私にはお力添えできませんね。町の薬師にでもみせるといいでしょう」
「そんな……」
少女の父親は落胆したあとに、娘を抱えて渋々と教会の外へと出て行った。
「……私たちも行きましょうか」
母が外へと出ることを促したので、僕らも教会の外へと出ていく。
それにしても、あの少女の傷は酷かったな。左足の腫れ具合から見ても折れてるんじゃないかな。僕だったら治してあげられるのにな。そうか! 僕が治してあげればいいんだ。
そう思い立ってすぐに、僕は親子の下へと駆け出した。
「僕に、彼女を助けさせてください」
周りに他の人がいないことを確認しながら少女の父親に申し出た。
「えっ? どういうことだい?」
困惑する少女の父親の問いには答えずに、少女の患部に触れるようにして力を行使する。すると、少女の足の腫れは引いていき、体の節々にあった擦り傷も消えていった。
「……痛くない!? 治ってるよ!」
先ほどまで、痛さで泣いているだけだった少女が声を上げて喜び始めた。
「本当か? 本当に痛くないのか?」
「うん。お兄ちゃんのお陰で治ったみたいだよ。だから、もう自分で歩けるよ」
少女は、父親に降ろしてもらい立ち上がった。
「ああ、ありがとうございます。お陰様で娘が助かりました。そうだ、良ければこちらを受け取ってください」
そう言って父親は、先ほどの奉納金が入った袋を差し出してきた。
「そんな、いいですよ。僕が勝手にやったことですし、受け取れませんよ」
僕は断固として受け取らないという意思を示した。
「そうですか……。分かりました。それではもう一度だけお礼を言わせてください。娘を助けて下さり、本当にありがとうございました」
頭を深々と下げながら少女の父親は、お礼を言ってきた。そのせいか、少しだけ恥ずかしくなってしまったので、誤魔化すために少女に声をかける。
「そうだ。今日の朝、綺麗なお姉さんに飴をもらったんだよ。すごく美味しかったんだけどキミも食べるかな?」
そう言って、貰った飴玉の一つを差し出す。
「きれいなおねえさん……。あめ、もらうね。ありがとう、お兄ちゃん」
少女は、飴を受け取るが何故か食べずに僕の顔へと近づいてくる。そして、僕の頬に口づけをした。
「これは助けてくれたお礼だよ」
そう言って微笑んだあとに父親の手を握り帰るように促していた。父親は娘の大胆な行動に驚きながらも、僕に頭を下げつつ娘に引かれるようにして去って行った。
「まあまあ、今のは何かしら?」
後ろを振り向くと両親が立っており、母親がニヤニヤと笑っていた。
「えーと、お礼……かな?」
母の問いに対して返していると、両親の後ろから声が聞こえてくる。
「先ほどのことで尋ねたいことが出来たので、息子さんをお預かりしてもいいですか?」
いつから居たのかは分からない神父が、僕の両親に尋ねた。
「尋ねたいこと……ですか?」
母は心配そうな顔をしながら言った。
「大丈夫。少しお話を聞くだけですので、すぐに息子さんをお返ししますよ」
「それなら……まぁ……」
母は渋りながら了承した。その横では、父が複雑な顔をしたまま黙っていた。両親の言いつけを破って人前で力を使ってしまったから、そんな顔をしてしまったのだろうか。
僕は不安になりながらも両親を教会の外に残して、神父とともに中へと入っていった。
「先ほど使っていた力は、いつ覚えたものですか?」
どうやら、神父も力を行使していたところから見ていたらしい。
「えーと、いつ覚えたとかは正直よく分かりません」
「ふむ。そうですか……。世の中には、何も知らずに感覚だけで魔法を行使する人もいると聞きます。あなたも、そのような天才の一人なのかもしれませんね。どうです? 私のところで見習いとして働いてみませんか?」
「いえ、僕はそんな天才なんかじゃありませんよ。ただ生まれた時から力が使えたってだけですから」
「生まれた時から……ですか?」
「えーとですね。信じてくださるかは分からないんですけど、僕には前世の記憶があるんです」
「前世の記憶……ですか」
その言葉と共に神父の目つきが鋭くなる。どうやら、信じてくれるようだ。
「はい、記憶と言っても大したものではないんですけど……。その記憶では、色々な人を力を使って助けていたんです」
「そうですか。他には何か覚えていることはありませんか?」
「いえ、他には特にないです」
「そうですか」
「それでなんですが……。見習いの話は……」
「断るつもりなのでしょう? 大丈夫ですよ。さあ、これで話は終わりです。もう帰ってもいいですよ」
「分かりました。では失礼させていただきます」
僕はそう言ったあとに一礼をして、そそくさと教会の外へと出ていく。
「どうだったの?」
「何を聞かれたんだ?」
両親の下に姿を見せると二人が心配そうに尋ねてきた。
「力について少し聞かれただけだよ。あと見習いにならないかって言われたよ」
「見習い!?」
母が驚きの声をあげた。
「もちろん断ったよ」
「そうか」
「そう、なら問題はないのかしら」
父と母は、そういった後に胸を撫でおろした。
「それよりも、連続で緊張したせいかお腹が減ってきたよ」
「そうね、もうお昼の時間になるものね。作るまでに時間もかかることだし、何かお菓子でも買っていきましょうか」
「それなら、最近出来たばかりの焼き菓子の店があるぞ」
僕たちは、父が提案した焼き菓子を買った後に家へと帰宅した。
夕暮れ時、今日の晩御飯を楽しみにしながら一階にある居間で寛いでいると、家の扉からノックの音が聞こえてくる。父はご飯の下ごしらえを始めていた母に話しかけていたので、僕が返事をすることにする。
「いま開けます」
そう言って扉を開けると、何故か分からないけど昼間の神父と武装した大人たちが立っていた。
「この少年だ! 連れていけ‼」
僕が困惑していると、神父が大人たちへ命令を下した。
「え? なにどういうこと?」
訳も分からないまま、武装した人に腕を捕まれて引っ張られていると、騒ぎを聞きつけた父と母が慌てながら駆け寄ってくる。
「この騒ぎは何なんですか?」
「これは一体……何事か説明してください」
父は今にも殴り掛かりそうな剣幕で尋ね、母は困惑しながらも説明を求めた。
「この少年には、悪魔が憑りついている。故に聖なる炎による浄化の儀を行い、悪魔を払うことにした」
神父は両親を説き伏せるように言った。
(聖なる炎? 浄化の儀? 一体それはどういうものなんだろう)
「そんな……。うちの子に悪魔が憑いてるなんて、何かの間違えです」
「炎による浄化の儀だって!? 息子を殺すつもりですか? それにこんなに優しい子に悪魔なんてついてる訳がない!」
母は懇願するように訴えかけ、父は声を荒げながら言い放った。
「そんな……。炎で焼かれて殺されるの? そんなの嫌だ! 助けて! お父さん、お母さん!」
父と母に手を伸ばしながら叫ぶと、神父が忌々しそうに告げる。
「さっさと連れて行きなさい」
神父の声を合図に僕は強引に父と母から距離を離されていく。そんな僕に対して、父と母も必死に駆け寄ろうとするが、大人たちに制止されて身動きが取れないでいた。
「どうしてこんな酷いことをするんですか? 僕は悪魔付きなんかじゃないです!」
手を縄で縛られて、歩かされている中で神父に訴えかえた。すると、神父がこちらへと近づいてくる。
「前世持ちは、皆悪魔つきと呼ばれているのだよ」
「そんな……」
だとしたらこうなってしまったのは、僕が神父に言ってしまったせいではないか。
激しい後悔に襲われていると、神父が更に近寄り、口を僕の耳元へと近づけてきた。
「それに前世持ちは何かと都合が悪くてね……」
神父は小声で誰にも聞かれないように呟いた。僕は絶句してしまう。
「他の者が、悪魔に誑かされない様に口を塞いでおけ」
僕が何かを言うより先に、神父が先手を打って命令を下した。そして、僕は口は塞がれて、遠くの方で父の怒鳴り声と母の叫びが響く中、広場へと連れられて行った。