05話 暗闇の箱庭 後編 (改)
私の目線は『淡い水色の髪の女性』から動かすことが出来ずにいた。その女性はまるで水そのものではないかと思ってしまうほどに髪に潤いがあった。
そんな女性は誰かと逸れてしまったかのように辺りを見回していた。私が釘付けになっていると視線に気づいたのか、女性がこちらに話しかけてくる。
「すみません。ローブを目深くかぶった男の人を見ませんでしたか?」
「いえ、見ていないけど……」
声をかけてきた女性の肌があまりにもキメ細かかったので圧倒されてしまった。
「そうですか。お忙しいところありがとうございました」
女性は一礼をしたあと、再度辺りを見回しながら歩いて行く。
彼女も綺麗になれる薬を服用したのだろうか。私も今以上に綺麗になってみせると意気込みを新たにする。と、そこで既に少女が何処かへと行ってしまっていることに気づく。
仕方ないので町の人に場所を尋ねながら、一人で目的の店へと向かった――のだが、なんと店は既に閉まっていた。
窓は中が見えないようにカーテンが閉められており、入り口も鍵が閉められていた。
どうやら、お昼時なこともあってか昼休憩に入ってしまったようだ。仕方がないので、昼食などを取りつつ時間を潰すことにする。
昼食を取った後は、他にも何か美容に関するものはないかと町中を散策してみたが、これといった物はなかった。
「いけない。そろそろ向かわないとまた閉まってしまうわ」
散策に夢中になりすぎるあまり、時刻はまもなく日没になるところだった。慌てて本来の目的である薬師の所へ向かうと、店はまだ開いていた。
「良かった。まだ開いてるわ」
扉を開けて中に入ると、中年の男が声をかけてくる。
「いらっしゃい。お嬢さん本日はどうしたんだい?」
「服用するだけで綺麗になれる薬はあるのかしら?」
「おや? お嬢さんも噂を聞きつけてきたんですか?」
「ええ、そうよ」
「そうでしたか。最近は遠くのほうから聞きつけてこられる方がいるんですよ」
「それより、本当に薬はあるの?」
「ええ、ええ、ちゃんとありますよ。調合には少し時間をいただきますけどね」
「そう、なら調合をお願いするわ」
「分かりました。ところでお嬢さんも遠くのほうからお一人でこられたのですか?」
「ええ、そうよ。それよりも早く調合をしてくれないかしら」
「なるほど……。それでは調合をしてきますね」
薬師はそう言うと奥へ入っていったのだが、何故かすぐに戻ってきた。
「そうそう、お嬢さん。美容目的で来られる方が多いので、試作品でこんな物を作ってみたのですが、試してみませんか?」
薬師は、瓶に入った錠剤を見せてきた。
「こちらは?」
「血の巡りをよくして、顔色をよくしたりするものです」
「そうなの? 折角だしいただくわ」
私は水とともに一錠受け取り、飲み込む。
「どうですか? 効いてきましたか?」
薬師は返した容器を持ちながら、尋ねてきた。
「どうかしら。見ないと分からない……」
私が言いかけている途中で薬師が思い出したように鏡を持ってくる。
「おっと、そうでした。鏡を忘れていました。どうですか?」
「……」
返事をしようにも声を出せなかった。それどころか体の自由さえ聞かなくなっていた。そんな私の異変に気づいてか薬師が、目の前で手を動かしながら尋ねてくる。
「お嬢さん、どうしましたか? 返事をしてください」
しばらくすると薬師は呼びかけるのを止めて、入口へと向かっていた。そして、何故か鍵が閉まる音が聞こえてくる。
私は騙されたのかもしれない。そう思い、必死で動こうとするが何一つとして自身の意思では動かせなくなってしまっていた。これでは、まるで人形のようではと思った矢先、薬師が戻ってくる。
「今日は上玉が二体か。何て素晴らしい日なんだ」
男は下卑た笑みを浮かべながら私を見つめた。
◆ ◇ ◆
二つの月が夜空に輝く頃。
男は人形を抱えながら店の奥へと入っていく。その足取りはとても軽く、まるで子供が新しい玩具を買ってもらってはしゃいでいるようにも見えた。だが、男の顔は無邪気な少年のような笑みとは程遠いい、とても醜悪な笑みを浮かべていた。
男は店の奥にある物置部屋に着くと人形を置き、一部の床を弄り始めた。すると、窓のない物置部屋に下り階段が現れる。
男は人形を置いたまま、先に灯りを点けるべくランプを持って階段を下りていく。下まで辿り着くとそこには扉があり、その横にはウォールランプがあった。
男はろうそくに火を灯したあとに扉を開けて中へと入っていく。
扉を通り抜けた先は一つの部屋になっていた。そこでは、いくつかの人形が椅子に座り、お茶会をしているように飾り付けられていたり、装飾のある寝具に寝かされたりしていた。
男は部屋の壁に灯りを点けたあと、壁際の長椅子に座っている少女のような人形を眺める。
「やはり美しいな。これは早く着飾ってあげねばならんな。明日にでも見繕ってやるとするか」
他の人形と比べてみすぼらしい人形に向かって男はぼやいた。その後、男は物置部屋に置いたままの人形を抱えて再度地下の部屋へと訪れた。
「ここに座らせるか」
男はそう言うと、お茶会をしている人形の隣の席へと今しがた運んだ人形を座らせた。
「ふむ、これは素晴らしいな。それに着飾らくても十分に美しい恰好をしているではないか」
男は人形の外装を脱がせたあと感嘆の声を上げた。と、その時、男は何者かに右腕を掴まれる。男は、すぐさま掴んできた手を辿るようにして正体を確認する。その手の主は隣に座らせていた着飾った人形だった為に、男は驚きのあまり声を出す。
「な、なぜ動いている!? 私の秘薬は完璧のはずだ! 動けるはずがないのだ!!」
男は動揺しながらも、掴んできている人形の顔を覗き込む。その人形には意思のある光は灯っておらず、男は安堵してため息をついた。
だが、次の瞬間。男を掴んでいる人形の顔や体が見る見るうちに朽ちていく。
「ヒィィ!!」
男は驚きのあまり腕を振りほどきながら、尻もちをついてしまった。そんな男に対して、部屋に置いていた全ての人形が朽ちながらも立ち上がり、徐々に男へと迫っていく。
「来るな……こっちに近寄るな……」
男は及び腰になりながらも部屋から逃げ出して扉を閉めた。だが、その扉も中から開けようとしているのか、物音が聞こえ始めて男は慌てて階段を駆け上がる。
「ハァハァ、あいつらは一体何なんだ……。それにしても、この階段はここまで長かったか?」
男が疑問を感じ始めて少し経つと、ようやく出口に辿り着く。
「ここまでくれば……。あとは扉さえ閉めてしまえば……」
そう言いながら、男は這いずるようにして地下から顔を覗かせた。だが、そんな男の前に突如、ローブを目深く被った男が現れた。男は何が起きているのかも把握しきれないまま、顔を踏みつけるようにして蹴落とされる。
「……あっ!」
男が声を出した時には、既に体は後方へと落ちている最中だった。そして、男の姿は深い深い闇の底へと消えていった。
◇ ◇ ◇
「おい、こんな所に扉があったぞ」
店の中を捜索していた一団が、物置部屋で地下へと下りる階段を見つけて先へと進んでいく。
「何なんだこの部屋は……。おい、大丈夫か?」
呼びかけられた女性が目を覚ます。
「う、うーん。……動ける? 私助かったの……?」
声をかけられた女性たちが次々と目を覚ましていく。そんな中で中高年の女性が目覚めたばかりの女性へと声をかける。
「連絡が来ないと思ったらこんなの所にいたなんて……」
「母さん? なんでこんな所に?」
親子は会話を交わしたあとに抱きしめ合った。
そして、今起こされようとしている一人の少女の手には、小瓶とメモが握られていた。
「こんな少女まで……。キミ、大丈夫か?」
「う、うーん。あれ? 私助かったの……? ん? これは……手紙と……薬?」
目を覚ました少女は手の中の物に気づき、折りたたまれた紙切れを開く。
『薬だ。母親に使うといい』
少女は助けてくれたであろう何者かを思いポツリと呟く。
「ありがとう……」
◆ ◆ ◆
暗い闇の中に一人の男がいた。
「おーい、助けてくれ」
男の声に誰も反応するものはいなかった。
「くそ、動けさえすれば……」
男は動けないことにいら立ちを覚えた。
「ここから出してくれ」
男の声は誰にも届くことはなかった。。
「おーい、おーい」
男は諦めきれず呼びかけ続けた。だが、男の声は静寂の中にかき消されていった。
「頼む……頼むから出してくれ……。俺が悪かったから……」
男は、ついには縋るように呼びかけ始めた。と、その時、暗闇の中に誰かの足音が響いてくる。
男は助けが来たのかと思い、声を張り上げる。
「おーい、ここだ、ここにいるぞ」
男の声に反応するかのように複数の声が聞こえてくる。
男は返事がきたと思ったらしく、声に生気がこもっていく。
「おーい、さあ、早く助けてくれ!」
『ギィィィィ』という軋むような音とともに天井の隙間から徐々にあかりが広がっていく。
「た……たすかった……」
男は安どのため息をつきながら、あたたかな光を見つめた。
【お知らせ】
次回の投稿は、スピンオフ作品『無月の朝にはのんびりと』の『2話 夢の箱』を挟んでからとなります。
今後からは、『前編』→『後編』→『スピンオフ』と基本的には、この流れで投稿していく予定です。