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03話 紅の花 後編 (改)

 ◆ ◇ ◆


 空一面が(くれない)に染まる頃。

 二台の馬車といくつかの馬が森林を駆け抜けていた。

 そのうちの一台の馬車――後方を走る幌馬車内では、武装した男たちが何やら語らっていた。


「まったく、今回ばかりは後方組で良かったぜ」


「まったくだな。あんな腕のいい剣士がいたんじゃ死んでたぜ」


「はははは、違いねえ」


 仲間がやられたばかりだというのに悲しむ者はなく、皆が後方であったことを喜ぶ者ばかりだった。


 一方最前列では、馬に乗り先陣を切る男がいた。そんな男の前を突如黒い影が横切る。


「うおおお」


 男は慌てて馬を止め、辺りを見回す。しかし、そこには何もいなかった。


「今のは何だったんだ……?」


 男が止まっていたことで前列を走っていたもう一台の馬車が追いつく。こちらは箱馬車になっており、その御者席に座る男が何事かと声を出す。


「どうした? なにかあったのか?」


「狼か何かが横切ったと思ったんだが問題なさそうだ」


「そうか、了解した」


 御者はそう言うと、連絡窓を開いて中の男に報告する。


「何かの動物が横切っただけのようです。すぐ出発いたします」


「そうか、万が一が起こらないようにしろよ」


「はい、了解しました」


 中の男は連絡窓が閉まるのを確認した後、目線を前へと戻す。そこには手足を縛られた『淡い水色の髪の女性』が横たわっていた。


「せっかく、ご注文の品が手に入ったというのに万が一があってはたまらんからな」


 男が呟き終える頃には馬車は再び動き始めた。




 不気味なほど静まり返る夜の森林の中で何やら陽気な男たちの声が聞こえてくる。


「俺たち今回も何もしないで報酬がもらえるのか。笑いが止まらないぜ」


「まったくだな。それもこれもあんたのお陰だ」


 囲うようにして暖を取っていた男たちは皆、一人の男を見つめた。その男はローブを羽織おり、頭には先がくたびれた三角帽子を被っていた。


「それにしても、魔法ってのは相変わらず、すげんだな」


 男たちの一人が褒め称えると、帽子を被った男が口を開く。


「魔法が凄いんじゃない。私が凄いのだ」


 帽子を被った男は、胸を張って答えた。そこへ、他の暖の様子を見て回っていた男が訪れる。


「隊長、お疲れ様です」


「おう、お前ら。まだ仕事は終わっちゃいないんだ。気を抜きすぎるなよ」


 今しがた訪れた隊長は、部下たちを窘めた後に、帽子を被った男に目を向ける。


「あんたの魔法は大したものだな。あの方が大金を叩いてるだけのことはある」


「当然だ。私にはそれだけの価値があるからな」


 帽子を被った男は誇らしげに言った。


「さて、眠り姫の様子でも見てくるか」


 隊長はそう言うと箱馬車へと向かう。


 現在、箱馬車の周りには隊長の指示の下、何人かの見張りがついていたのだが、中には誰もいない状態となっていた。それは、中の品に手を出す愚か者を警戒してのことだった。


 故に、品物の状態を確認するのもこの男しかいないのだった。


 隊長は扉を開けて馬車の中を覗き込む。しかし、横たわっているはずの女性の姿はどこにも見当たらなかった。


「ばかな! いないだと!? あの薬は最低でも数日間は眠ったままになる代物だぞ! それに外には見張りもいたはずだ。出口は扉一つしかないのにどうやって……」


 隊長はありえない現実を目の当たりにして混乱した。しかし、すぐに持ち直して部下に命令を下す。


「品物が消えた! 手分けして探せ! まだ近くにあるはずだ!!」


 男たちが霧散していく。隊長も松明を片手に捜索を開始する。




「どうだあったか?」


 隊長が大声で尋ねると部下の声が返ってくる。


 「こちらはまだ見つかりま……うわぁぁぁぁぁぁぁ……」


「どうした何があったんだ?」


 隊長が尋ねたその時、木々の合間から火柱があがるのが見えた。


「こんなところで火柱なんてあげるんじゃねえ! 火事になるだろうが!」


 隊長が怒鳴っていると、今度はすぐ近くで叫び声が聞こえてくる。


「た……たすけぇぇぇ……」


「おい、何が起きているんだ?」


 隊長は声が聞こえた方角を見つめながら状況報告を求めるが声が返ってくることも部下が姿を見せることもなかった。


「一体何が起きているっていうんだ……。そうだ、火はどうなってる?」


 隊長は思い出したように火柱が上がった方角に向き直ったが、そこには闇夜が広がっているだけだった。


「火が消えている……だと!? 目を離してからほんの一瞬で……か? 命令が聞こえたのか……それとも……」


 隊長が考え込んでいると、ふと何かの気配を感じて振り向く――が、そこはただただ闇が広がるばかりだった。


 隊長は額にかかる脂汗を拭うと、持っている松明で闇夜を照らそうとする。しかし、その闇が払われることはなかった。いつの間にか持っていた松明自体が消えてしまっていたからだ。


 そこで、隊長はおかしなことに気づく。今現在いるこの場所に明かりがまったくないことに。


 左右を見ても、上も見ても暗闇ばかり。そう、月明かりすらないのだ。


「なんなんだこれは!? 一体なんだっていうんだぁぁぁぁぁぁ……」



 静かな森林の中には男たちの姿はなく、馬車すらなくなっていた。ただその上空には、嘲け笑うかの如く月たちが輝いているのみだった。



 ◇ ◆ ◇



 二つの月明かりが差し込む屋敷の一室にて、ふくよかな体系の男が窓から町並みを眺めていた。


「今頃、あの女を輸送している頃か」


 男は、そう言うと下品な笑みを浮かべた。その直後、まるでシャンデリアが落ちたかの様な大きな音が鳴り響く。


「何事だ?」


 男は部屋の外で見張りをしている者に尋ねた。しかし、返事が返ってこない。


「私が聞いているんだ! ちゃんと返事をしろ!」


 男は横柄な物言いをしながら部屋の外へ出る――が、そこには誰もいなかった。その上、明かりすら灯っていない。


 男は明かりが灯っていないことに怒りながら、部屋にあるランプを取りに戻る。


「まったく、どいつもこいつもサボりやがって! 仕事をなんだと思ってるんだ!」


 今度はランプを持った状態で、男は廊下を突き進む。


「おい、どこへいった? 出てこないと給料は払わんぞ!!」


 男が怒鳴っても返事が来ることはなかった。男は不振には思わず、ただただ文句を言い続けながら階段の前へと到着した。すると、そこに階段を下りている最中の人影が見える。


「おい、待て。私を無視するな!」


 男は怒鳴りながら後を追う。


 一階へ下りると、やはり明かりも警備の者の姿もなかった。そこで、初めて男は異変に気づく――なぜ誰もいないのか。先ほどまで目の前を歩いていた男は何処へ消えてしまったのかと。


 男は恐る恐る辺りを見回す。すると、先ほどの赤髪の男が、食堂へと入っていくのを見つける。


「おい、そこのお前、まってくれ」


 男は怒るのではなく、懇願するように呼び掛けた。だが、反応がないので男は、後を追い食堂へと向かう。


「そういえば、あんな髪の色の者など雇っていたか?」


 男は独り言をいいながらも食堂へと入った。しかし、そこには誰もおらず、あるのは長いテーブルと椅子だけだった。


「か、隠れてないで出てこい!」


 男は虚勢を張りながら大声を出した。しかし、またしても反応が返ってくることはなかった。


 仕方がないので、男はテーブルの下を覗き込む。やはり誰もいない。


 男の背筋に汗が流れ、恐怖によって足が震え始める。


「これは夢だ……夢に違いない……」


 男は自分に言い聞かせるように呟きながら、目線をテーブルの下から戻そうとする。すると、閉めておいたはずの扉が勢いよく閉まる音が聞こえてくる。


「ヒィッ!」


 男は緊張しながら扉のほうを見た。その時、男は突如何者かに後ろから肩を掴まれる。


 男は声にならぬ声を上げながら、恐る恐る後ろを振り返く。そこには、ローブを目深く被った男が不気味に立っていた。


「……ッ!」


 男は恐怖で引きずった顔のまま硬直してしまった。



 ◇ ◇ ◇



 とある墓地に三人が佇んでいた。

 一人はローブを目深く被った男。一人は淡い水色の髪の女性。そして、最後の一人は体が薄く透き通った男性。


「そろそろ時間だ」


 ローブの男がそう言うと、透き通った男性が光に包まれていく。女性は、その光景を目に焼き付けるかの如く、瞬きもせずに見つめ続ける。そんな女性に向かって光輝く男性はにっこりと微笑えだ。


 やがて光が男性の全身を包み込み、輝きがより一層激しくなる――刹那、男性の口が何かを呟いたように動く。


 辺り一面を照らしていた光が収まると、そこには透き通った男性の姿はなく、微かな粒子だけが漂っていた。その粒子も程なくして姿を消す。


 女性は粒子があった場所を見つめ、誰に聞こえるともしれない声でポツリと呟いた。


「――また来世で会いましょう」


 泣きじゃくったあとのその瞳には、固い決意の光が灯っていた。



 ◆ ◆ ◆



 男は洞窟のような場所を彷徨っていた。

 かつてのふくよかな体はどこへやら、頬は骨ばり、足は棒のように細く、纏う服はボロ切れと化している。


 そんな男が角を曲がろうとしたところ、突如後ろから強い衝撃を受ける。その衝撃の正体は剣撃だったらしく、男の腹部から剣先が突き出していた。


 男は抵抗する間もなく地面に崩れ落ちることとなった。だが、男はそこで諦めなかった。立ち上がることも出来ぬ体となっても尚も這いずろうとする。しかし、頑張りも空しく、男は頭に強い衝撃を受けて意識を失った。


 男は再び目覚めると、やはりまだ洞窟の中だった。

 立ち上がろうとしても立ち上がれなかったので、男は渋々這いずりながら出口を探す。


 しばらく這いずっていると、明かりが見えてくる。出口だと思った男は、身を震わしながら喜んだ。だが、その明かりは何故か向こうから近づいてくる。男が不審に思った時にはもはや手遅れだった。


 その明かりの周りには巨人がいたからだ。巨人の一体が身の丈ほどもある剣を構える。それと同時に巨人は跳躍し、男を縦に切り裂く。


 男の体は真っ二つにされ、体液は飛び散り、心臓は二つに割れてしまう。そんな男は何が起きたのかも理解できぬまま絶命してしまった。


 いやな夢でも見たかの如く、男は目を覚ます。

 辺りを見回し状況を確認するが、やはり洞窟の中。男は再び出口を求めて歩き出す。

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